震災後移住 米男性「世界一」の暮らし満喫

東日本大震災直後の2011年5月、宮城県石巻市の離島の網地島に移り住んだ米国人がいる。リック・ミッケルソンさん(39)。震災の被害に心を痛め落ち 込む日々を送ったが、島民の支えを受けて島に溶け込み、地域活動に取り組む。「世界で一番の楽園」と島をついのすみかと決め、島暮らしに夢を膨らませてい る。
浜が熱気に包まれた。1日に網地島であった「雷神宮祭」。大漁や海上安全を祈願するみこし渡御で、ミッケルソンさんは約20人の男衆とみこ しを担いで海中を進んだ。「リック、大丈夫か?」。仲間から声を掛けられ、ミッケルソンさんは息を弾ませながら笑顔で返した。「大丈夫です」
米国ミシガン州出身。04年に来日し、久慈市内の高校で外国語指導助手(ALT)を務めた。同市の病院で看護師をしていた美智枝さん(39)と結婚後、夏休みに網地島を訪れた。
美しい海、澄み渡った青空。ペンションで住み込みのアルバイトをし、島民の優しい人柄に触れた。すっかり島のとりこになった。
08年に帰国し、ゲストハウスを開く夢をかなえようと模索したが、ここだと思える場所にはついに巡り合えなかった。「網地島に行こう」。夫婦で島への移住を決断した。
島に移り住もうとした矢先、震災が発生した。島では震災による死者はいなかったが、水産業の施設などが被災した。移住はしたものの、ミッケルソンさんは一時、何もやる気が起きず家に閉じこもりがちとなった。
知人の勧めでがれき処理に携わったり、畑仕事をしたりするうちに少しずつ前を向けるようになった。今は農事組合法人「網地島エーベ」の理事を担い、島内の 約10カ所に点在する畑計約60アールで、サツマイモやジャガイモ、タマネギ、トマトなど約10種類の無農薬野菜を育てる。
「みんなが元気になってほしい」と、野菜は主に島民向けだ。「島のおばあちゃんたちは干し芋作りが上手。レシピを学び、一緒に作りたい」。程よい甘さの干し芋を島の名物として島外に発信したいとも思う。
島の人口は約400。自宅をリフォームし、ゲストハウスとして観光客らを迎え入れる夢を描く。漁港近くに購入した古い家を工房として活用し、ものづくりやヨガを楽しむのもいい。
「島の人たちは全員がファミリー。夫婦の未来は明るい」。魅力ある島で、島民と共に暮らし続ける。