テレビ業界「ジリ貧」視聴率競争、消耗する制作現場の実態

● 視聴率競争が激化するなか 朝の時間帯に起きた「異変」

「血に飢えた視聴者」――。テレビ局の制作現場でよく聞かれる言葉だ。何をやれば高視聴率が取れるのか。確固たる方程式はなく、解明する術がない……。日々、悩み続ける彼らには、視聴者が「吸血鬼」に見えるらしい。

インターネットが急成長し、メディア激変の時代を迎えるなか、視聴者のテレビ離れが言われて久しい。視聴率の低迷はテレビ局にとって死活問題である。民放の屋台骨を支えるのは、スポットCMなどを通じてクライアントに「視聴率を売る」ことによってもたらされる収益だからだ。事業の多角化も進んでいるとはいえ、テレビ局が売上を伸ばすには、基本的に番組の視聴率を上げ、広告単価を上げるしかない。

それが以前よりも難しくなった今、テレビの現場にはこれまで以上に「視聴率至上主義」が蔓延し、様々な試行錯誤が行われている。企業にとっては目先の利益を追求することも大事だが、なかにはそれが高じて、テレビマンのモラル低下、ひいては番組の質低下を招いている、本末転倒な事例も見られる。

視聴者を「吸血鬼」呼ばわりする現場の空気が、悩み深い状況を物語っていると言えよう。

長年にわたってテレビの現場を見続け、そこで働くテレビマンの声を聞いてきた筆者は、こうした現状に強い危機感を抱いている。テレビの現場で今、何か起きているのか。その実態をお伝えしよう。

はじめに、意外性や場当たり的なことが視聴率に大きな影響を与えることがわかるエピソードを1つ。各局がニュース・情報番組でガチンコ勝負をする朝の時間帯で、ある「異変」が起きたのをご存じだろうか。

東京エリアでこの時間帯、20年以上も民放4位に甘んじていたテレビ朝日が、業界トップをうかがうまで視聴率を伸ばしているのだ。実はその立役者は、かの有名な時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』だという。

同社の朝のニュース・情報番組『グッド!モーニング』(午前4時55分~8時)は2013年9月にスタートした。以前同社は、この時間帯に新聞記事紹介の先駆的番組として知られた『やじうまワイド』などの「やじうまシリーズ」を約30年放送していた。不振が続き、何をやっても視聴率が取れない状況を打破するため、慣れ親しんだ番組タイトルと決別した。

それでもしばらく『グッド!モーニング』の視聴率は鳴かず飛ばずだった。そこで同社は『グッド!モーニング』が始まる前の午前4時台に、ライバルの日本テレビやTBS、フジテレビが放送しているのと同様に生番組を放送することを検討した。

番組の視聴率は、直前の番組から引き継ぐ視聴率に影響を受ける。少しでも高い視聴率で次の番組の放送になだれ込むことに越したことはない。早朝とはいえ、1日の助走となる時間帯は重要だ。ライバル局は生番組でニュースを流し、早起きの視聴者を引き付け、その後に放送される番組の人気につなげている。

● 再放送の『暴れん坊将軍』に 威信をかけた生番組が負ける?

テレビ朝日はといえば「ひまネタ」中心の収録番組だった。これを改善するための新番組案だったが、予算や人繰りなどの都合で生番組の計画は実現しなかった。そこで浮上したのが『おはよう!時代劇』(2015年3月スタート)と名付けた時代劇の再放送だった。この番組編成が示されたとき、「冗談だろ!?」と半ば呆れた声が局内に轟いたという。

ところが、大方の見方に反してこれが当たった。布団の中で『暴れん坊将軍』の勇姿を見た高齢者は、布団を出てもそのまま『グッド!モーニング』を見続けるという流れができたのだ。

時代劇の視聴率が他局を押しのけて堂々のトップになることもある。この時間に生番組を制作しているライバル局にとっては、おカネをかけて時代劇の再放送に負けるという、最も屈辱的な事態に陥った。時代劇からの視聴率を引き継いで、『グッド!モーニング』は主戦場となる朝7時台に10%を超える視聴率を記録する日もある。この時間帯は日本テレビの『ZIP!』、フジテレビの『めざましテレビ』の両巨頭が高視聴率を誇っているが、万年4位が首位レースに加わることとなり、大きな異変として一目置かれている。
不思議なことに、時代劇ならなんでもいいというわけではないらしい。『暴れん坊将軍』でないと効果がないというのだから、テレビというのはわからないものである。局として番組内容全体の強化に取り組んだ成果はあるものの、「この意外性がテレビの醍醐味だ」と多くの業界人が口をそろえる。

とはいえ、テレビ業界を取り巻く厳しい環境では、「意外性が醍醐味」などと悠長なことは言っていられない。『暴れん坊将軍』はテレビ朝日にとって、怪我の功名で生まれた成功事例。こうした手法に頼ってきた(頼らざるを得ない)制作現場の体質そのものを変えないと、彼らにとって真の競争力は身に着かないだろう。

● 鉄板は「うどん」と「スズメバチ」 場当たり感は夕方の時間帯にも

「場当たり感」は、主婦層が主な視聴者となる夕方のニュース・報道番組でも見られる。朝と共に各局横並びの激しい競争を繰り広げているため、「報道の質重視」という建前とは裏腹に、視聴率が最優先される。各局とも2時間程度で、「ニュースゾーン」で落とした視聴率をグルメ情報などの「企画ゾーン」で取り戻し、番組全体として視聴率を維持するという戦法を取ってきた。

企画ゾーンには視聴率の取れる「お決まり」ネタというものがある。意外かもしれないが、その代表格は「うどん」と「スズメバチ」だ。

前述した『暴れん坊将軍』と同様、理由はよくわからないものの、うどんの名店を紹介すれば視聴率が伸びるので、全国の話題のうどん店を探し、何度となく食リポを流す。スズメバチは駆除業者の密着モノが中心となるが、怖いもの見たさなのか、毎回高視聴率を獲得できる。企画のネタに困ると安直にうどんやスズメバチに手を出すといったことが、民放の夕方のニュースで繰り返されている。

業界には昔から「柳の下にドジョウ3匹」という格言がある。他局が放送し高視聴率を取ったネタを真似しても、3回くらいは同様の高視聴率が取れるという意味だ。これはニュース・情報番組だけでなく、バラエティやドラマにも当てはまる。テレビをつけて「どこを見ても同じようなことしかやってない」と感じるのは、テレビ局がこの考え方に染まっているからだ。
他局を真似し、視聴率が取れれば同じネタを繰り返す――。こうした「お手軽な」姿勢は、やがてニュース現場の記者やディレクターにも影響し、人気取り優先のネタ選び・取材が幅を利かせ、ニュースの意味も分からぬ人たちが伝え手となってしまった。

その結果、ニュースの価値判断を自らできないという状況が深刻になっている。テレビは速報性が重要なのに、速報よりもある程度視聴者が知っているニュースを優先するという、本末転倒な価値観が幅を利かせている。

● 忙しいのに「休め」の大合唱 テレビ局にも労基署の目

こうした制作現場の危機を克服するために、現場はせめて将来を担う若手・新人をきちんと教育するべきだろう。しかし、これさえままならぬ事情がある。今のテレビ業界の最大の課題は、社員に「休みをしっかりとらせる」ことだ。昨年、社会問題になった電通社員の過労自殺を受け、労働基準監督署はテレビ局に目を付けた。

このため局側は「休め、休め」の大合唱だ。このタイミングで労基法違反や、社員・派遣スタッフの過労死など起きようものなら、会社は社会的に大きなダメージを受ける。業界はダラダラ就労の代表格と言われてきただけに、局内に「テレビ局だって休める」などの貼り紙を掲げた局もある。一生懸命働く社員よりも休む社員の評価や査定が上がるという、「矛盾」が吹き出しそうな状況だ。

地上波で生番組が増え、インターネットでの生番組配信が本格化するなか、より多くの働き手を確保できなければ、会社は成り立たない。しかし、若者のテレビへの憧れはすっかりなくなり、人手は集まらず、「視聴率至上主義」でただでさえ疲弊している現場は、出口の見えない消耗戦を強いられている。

現場の状況に追い打ちをかけるように、インターネットの台頭をはじめとする構造問題の影響で、足もとでは不況でもないのに広告枠が売れない。民放テレビ局の主な収入となっているスポットCMの売上高は、この第1四半期、在京5局のうち「独り勝ち」と言われる日本テレビを含む4局が前年割れとなった。そのため、番組予算削減の検討に入った局もあるという。

こうした事態は2年連続で起きている。それでも昨年は夏以降、スポンサーの広告出稿が急速に回復し、なんとかやり過ごした。しかし関係者によると、「今年は10月クール以降も好転する兆しがない」という。
● このままだと、誰もテレビを 観なくなるのではないか?

どこを向いても真っ暗闇なテレビ業界が再生するためには、どうすればいいのか。その解の1つは、極めてシンプルなことではあるが、社会に楯突く刺激的なメディアに戻ることだ。

テレビ草創期、政治家は表情がそのまま映るテレビを恐れた。「テレビは新興メディアだ」と新聞からバカにされたが、その新興メディアはこれまでの慣例に囚われず、新しいことに次々と挑戦し、視聴者の大きな関心を呼んだ。

しかし今、テレビはミスをしないこと、権力から文句を言われないようにすることばかりを気にしている。安倍首相が森友・加計問題の国会答弁で連発した「印象操作」という言葉は、テレビ局幹部にとって聞き慣れた言葉だった。

安倍自民党はことあるごとにテレビ局にクレームをつけ、「報道内容が政権に悪い印象を持たせるような表現になっている」と局側に指摘してきた。選挙前に自民党から「バランスがとれた報道を求める」との文書を送り付けられた局もある。報道への圧力ともとれる文書を、テレビ局側は黙って受け取るだけだった。

こんなメディアを視聴者は面白いと思って観るだろうか。テレビ業界はかつて、シャンパングラスのタワーに例えられた。宴会場の天井近くまで積み上げられたシャンパングラスの上からシャンパンを注ぐと、最下段のグラスにまで同じシャンパンで満ち溢れて潤うという意味だ。

テレビが刺激的なメディアであった時代、視聴率が多少悪くてもおカネは十分入ってきた。しかし、世の中の経済構造が変化し、個人の価値観が多様化し、ネットメディアが急成長する時代となり、お金の「出し手」は必ずしもテレビを魅力的なメディアとは思わなくなっている。

当時と今を単純には比較できないが、「暴れん坊」くらいでないと、もはや誰もテレビを見ないのではないだろうか。

(テレビ業界ジャーナリスト 池 恵子)