日本以上のブラック労働でも悲壮感はない、中国のある事情

苦悩なくして得られる成功など無く、PPTのみに頼って得られる富も無く、また天から降ってくるハイテクもない。卓越したものを追及するためには、無数の苦しく思索に耽る深夜を過ごし、72時間連続で働く執着心が必要であり、また真相を大声で言う勇気が必要だ。

(中略)10年間、DJIは業界のトップに立ち、グローバルな空撮の新時代を切り開き、世界を改造する無限の可能性を示してきた。我々の経歴が証明するのは、駆け出しの若者が他者に迎合せず、日和見的に投機せず、ただまじめに物事を行えば、必ず成功できる、ということだ。 フランク・ワン

世界一のドローン企業、DJIの創業者フランク・ワンの言葉だ。1980年代末の日本では、「24時間戦えますか」をキャッチフレーズとした栄養ドリンク「リゲイン」のCMがヒットしたが、その3倍の72時間である。真摯(しんし)かつ猛烈に働けば必ず成功するという信念は、かつての日本を彷彿とさせる。DJIだけではない。「工作狂」(中国語でワーカホリックの意)は決して悪い意味ではなく、できるビジネスマンの必須条件のように扱われている。

がむしゃら精神が称賛されている中国では、日本の働き方改革は理解できないものなのだろうか? 中国メディアにも「労働方式改革」(働き方改革の中国語訳)に関する記事は散見されるが、「安倍政権の支持率低下につながるのでは」といった関心が主で、中国の労働環境を省みるような記事は見られない。

がむしゃら労働は途上国ゆえの現象なのだろうか? 本稿では中国人はどのように働いているのか、そしてがむしゃらな長時間労働があってもなぜそこに悲壮感がないのかを考えてみたい。

●「中国人は仕事をさぼる」は遠い過去の話

中国といえば、少し前までは「仕事をさぼる人ばかり」の世界だった。社会主義国の常だ。今でもそうした人はいる。80年代、90年代に中国で働いていた元日本企業駐在員に話を聞くと、「すぐにさぼるから、どうやって働かせるかに知恵をしぼった」と口をそろえる。トイレに行く回数まで制限する。遅刻すれば罰金、皆勤賞ならば賞金といった労働管理制度を取り入れて、ようやくまじめに働かせることができたのだ、と。

それが今では180度転換している。「中国人は勤勉に働くから、高度成長を達成した」。これが現在の中国の自画像だ。日本駐在の中国人からは「日本人は働かないですね。メールを送ってもなかなか返事が来ません」とあきれられることもしばしば。30年前と完全に立場が入れ替わっている。

中国の変化、その背景にあるのは民間企業の拡大だろう。都市部のオフィスワーカーが増え中産層を形成していくが、彼らこそががむしゃら労働の担い手だ。特に中国民間経済をリードするIT企業の長時間労働は有名だ。

「996工作制」という言葉がある。午前9時から午後9時まで、週に6日間働くという意味だ。2016年9月、クラシファイドサイトの「58同城」(58.com)が全社員にこの長時間労働を言い渡したとのリーク情報が広がった。残業代もつかない、違法労働ではないかとの告発だ。58同城は否定したが、この後、996工作制は中国IT企業の仕事ぶりを示す言葉として定着していく。

●IT企業の平均退社時間は21時50分以降

18年4月、広東省深セン市の南山ソフトウェア産業基地を取材した。テンセント、百度、マンゴーTVなどの大手IT企業、そして無数のコワーキングスペースとベンチャー企業が集まる区画だ。午後10時と遅い時間だったのだが、まさにこの時間が帰宅ラッシュのようで、ビルからぞろぞろと人が出てくる。タクシーで帰宅する人が多く、スマホアプリで呼ぶと「60人待ち」と表示されたほどの混雑ぶりだった。

中国地図サービス大手「高徳地図」(Autonavi)が17年に発表した「2016年度中国主要都市交通分析報告」では、マップアプリの位置情報を基に主要IT企業の平均退社時間を推定している。トップは通信機器大手のファーウェイで21時57分。以下、メッセージアプリのテンセント、ECのアリババ、ポータルサイト・ゲームのネットイース、ECのJDドットコムと続く。平均退社時間はいずれも21時50分以降。996工作制の午後9時よりも遅いわけだ。

長時間労働は辛くないのだろうか。社会問題化していないのだろうか。北京市のベンチャーキャピタルで働く郭さんに話をうかがった。名門・清華大学卒の24歳。IT業界と並ぶ長時間労働で知られる金融業界に身を投じたエリートだ。

「働き方改革ですか。うーん。確かに中国の生活はストレスフルですが、長時間労働だけが問題じゃないんですよね」

中国には働き方改革は必要ではないのか? そう質問すると、郭さんは首をかしげた。

「最大のストレスはマイホームでしょうね。中国では結婚前にマイホームを買っておくのが当たり前という観念があるのですが、なにせ不動産価格はすごい勢いで上がっていますから、大変です。購入してもローンの返済が大変だったり。房奴(住宅ローンの奴隷)なんて言葉もあるほどですよ。中国のホワイトカラーは成果報酬が一般的です。成果を上げれば、年終奨(旧正月前のボーナス)も翌年の給料もがらりと変わる。だから必死に働くんですよ」

働いた分だけ見返りがある。長時間労働が一般的でも悲壮感がないのはこのためではないか。中国では前年比10%の昇給などざらにある話だ。民間企業では年功序列の観念もなく、ロケット出世も珍しい話ではない。

また仕事の仕方も関係していそうだ。5月、激務で有名なアリババグループの本部を訪問したが、敷地内で見かけた社員たちの顔は生き生きとしていた。長時間労働で疲れないのだろうかと広報のCさんに尋ねると、「確かに仕事時間は長いかもしれませんが、辛く感じられないのは、無駄な残業じゃなくて有効な残業だからかもしれませんね」と回答。激務とはいえ、意味のない書類作りや会議を省く合理化が徹底されているという。コアの業務に集中でき、そこで成果を挙げれば収入アップにつながるというわけだ。

●ブラック労働でも悲壮感はない

そして、国有企業も成果主義を拡大し、民間企業に寄せていこうとしている。5月25日に発表された「国務院による国有企業給与決定メカニズムの改革に関する意見」では、成果主義の大々的な導入を指示している。のほほんとした社会主義的世界が残っていた国有企業にも、激しい競争を導入しようという狙いだ。

見返りがあるからがむしゃらに働く。もし、そうした働き方が辛くなったとしても、中国では転職も容易だ。終身雇用制の日本では転職は大きな決断となる。会社に背くことは難しく、ブラックな環境でも受け入れざるを得ないことが多い。また、会社に逆らえずに違法行為に手を染めたという偽装問題も終身雇用制が原因の1つだとされている。

一方、中国民間企業は転職が前提だ。新卒から定年まで同じ企業に勤めることはかなり珍しい。転職者の多くはより良い待遇を求めてのものだが、今の働き方が辛い、仕事に失敗して居づらくなった、上司と合わないといった理由でも、容易に転職先を見つけることができる。本当に辛い時には脱出する道が残されているわけだ。

がむしゃらな働き方では「ワークライフバランス」が保たれないという問題もある。例えば、子育てをどうするかは大きな課題だ。中国では両親に頼るのが一般的なパターンだ。両親はがむしゃらに働き、祖父母が孫の面倒を見る。三世代での子育てだ。

中国の幼稚園では送り迎えを担当しているのは、大半が祖父母の世代である。故郷を離れて就職した場合でも、子どもを故郷に送って両親に育ててもらったり、あるいは子どもの面倒を見てもらうために両親を呼び寄せたりするケースも珍しくない。中国の定年は男性が60歳、女性が55歳と早い。まだ若く、子どもの面倒を見る体力が残っている点も大きい。さらに一人っ子政策の影響で、祖父母世代4人に対し、子ども世代は2人、孫世代は1人という逆ピラミッドになっているため、人手をかけられるという事情もある。

日本と同等か、それ以上のブラック労働が横行する中国だが、そこに悲壮感は漂っていない。がむしゃらな労働が収入に直結する、転職が容易、大家族制など、日本とは異なる中国社会の事情が背景にあるからだ。

もっともこの状況がずっと続くわけではないだろう。個人業績が収入に結び付くのは中国の経済成長が続いているためだ。成長がストップしデフレになれば、金銭面で報いることは難しい。核家族化が進む中、三世代の子育てがいつまで続けられるかも未知数だ。

中国もいずれ働き方改革に取り組む時代が来るのではないか。そのとき、日本の先行事例は成功例として捉えられているのか、それとも失敗例として教訓になるのだろうか。