広告と販売の因果関係、永遠の謎を解き明かす最新研究・調査

デジタル広告の浸透を背景に、マス広告も含む広告全体において効果を可視化・数値化することが、より強く求められるようになっています。広告と販売実績の因果関係を解き明かす調査・研究の最前線では、いま何が可能になってきているのでしょうか。

変化する生活者 変化する企業コミュニケーション

スマートフォン(スマホ)の爆発的な普及は、生活者の消費行動と購買プロセス、とりわけ購買意思決定プロセスの変化を先導し、メディアの役割・機能 を変容させ続けている。スマホの普及によって「いつでもWebにつながっている状態」が実現したことにより、「AISASモデル」で表されるような購買プ ロセスが高速化して、購買意思決定や購買プロセス行動に大きな変化が生じている。広告コミュニケーションのプランニングに従事する者は、そのような変化や 生活者発の情報拡散、いわば、「情報の対流」をも視野に入れたプランニングが求められている。

企業においては、広告を「投資」として捉え、その効果を測定・管理しようとする経営意識もますます高まってきた。その傾向は精緻なデータが完備され ているデジタル広告に端を発し、テレビ広告においても同様の計測・管理を行い、出稿計画を最適化することにより投資効果を最大化したい、という声を多くの 広告主から聞くようになっている。

さまざまなメディアで「若者のテレビ離れ」が言われ、若者のみならず生活者の余暇時間(可処分時間)がスマホを眺める時間に侵食され続ける現在にお いて、テレビを中心に広告を投下してきた広告主の関心は「私たちの広告は生活者に届いているのか?」というプリミティブな問いに立ち返っている。また、 「生活者を動かしているのか?」という疑問の声も聞くようになった。

こうした流れを受けて、広告会社からはコミュニケーション・プランニングの精度検証、メディア企業からは媒体価値の検証の依頼が増えている。変化す る生活者の情報行動を読み解き、プランを遂行する広告会社や広告代理店は自社のプランニングの確からしさの証明を求めている。曰く、「届いている、動かし ている」と。

そのような潮流から、先の広告主のニーズも相まって、現在における「広告効果計測」について、新しいデータ収集手法の開発を含めて、新しい広告効果計測が求められていることを痛感している。

シングルソースパネル×Logデータ 広告効果計測の取り組み

当社では、5万人超のアンケートパネルから購買履歴データを収集して、マーケティングデータとして広告主に提供してきた(サービス名:SCI)。さ らに、2013年5月より、本アンケートパネルからテレビやインターネットの利用履歴を「Logデータ」で収集することを開始した。「インテージ・シング ルソースパネル(i-SSP)」(図表1)という本システムは、(1)同一個人(シングルソースパネル)、(2)テレビやインターネットの利用状況を「Logデータ」で収集、という2点を最大の特徴としている。

図表1 i-SSPが収集する消費者データ
5万人超の大規模アンケートパネルから購買履歴データを収集し、マーケティングデータとして広告主に提供する。

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広告認知、ブランド認知、購入意向、さらには購入有無などを計測する広告効果測定については、従来は調査対象者による「自記式アンケート」を用いて 行われてきた。しかしながら、テレビCMなどの広告素材を調査対象者に提示するアンケートでは、「実際には見ていないものを見たことがある/あるいはその 逆」という形で広告接触と認知にギャップが生じる事象が発生することはよく知られており、この事象は当社が実施した検証調査においても確認されている。調 査対象者の記憶と自己申告による「自記式アンケート」においては、累積した記憶や印象の影響を多く受けてしまうことがある。さらには、調査対象者に購買に 至ったトリガーを尋ねた際も、理由を問われた脳は事実とは異なるストーリーを組み上げてしまう「作話(さくわ)」という事象も発生する。そうしたさまざま なバイアスをできる限り排除し、事実に即した広告効果の測定を行うことを目的として、「Log」によるデータの収集を核とするi-SSPが誕生した。

i-SSPでは、テレビについては対象者に名刺サイズ程度の専用端末を貸与して、テレビを視聴している際の音声情報を用いて視聴データを収集してい る。フィンガープリンティング技術を採用することにより、リアルタイム視聴だけでなく、タイムシフト視聴も判別できるため、タイムシフト視聴時のテレビ CMの視聴状況なども分析できるようになった。インターネットについては、PC、スマートフォン、タブレット端末を対象としており、事前に専用のプログラ ム(アドインソフト)をインストールしてもらうことで、閲覧したURLや検索ワード、広告接触のデータ収集を行っている。サイト内の広告接触については事 前にタグを設置することで計測が可能。また、スマートフォンについてはアプリケーションの利用状況も収集している。

これらの収集データを活用することにより、購買意志決定プロセスにおいて、テレビやインターネットにいつ、どのくらい接触したのか、さらには購買履歴データと紐づけて分析することにより、広告接触と購入との関係性を分析することを実現している。

広告は届いているのか?生活者を動かしたのか?

広告の効果測定については、(1)到達、(2)心理・態度の変化、という2つの視点からアプローチしている。到達については、リーチ(到達率)、お よびフリークエンシー(到達回数)を確認することにより、プランニングの精度を検証することができる。本検証において最も注目されている分析視点は、テレ ビとインターネットを組み合わせたキャンペーンにおけるクロスメディアのリーチを測定するパターンである。i-SSPがシングルソースでデータを収集して いることから、テレビとインターネットの広告施策の到達状況を精緻に把握することが可能となる。テレビでは届けにくいターゲットに対してインターネットを 用いることで、どの程度リーチを上積みすることができたか、といった分析(インクリメンタルリーチ分析)に有効である(図表2)。

図表2 テレビとインターネットを組み合わせたキャンペーンにおけるクロスメディアのリーチを測定
5万人超の大規模アンケートパネルから購買履歴データを収集し、マーケティングデータとして広告主に提供する。

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また、テレビCMにおける放送後の「実測視聴率(アクチュアルGRP)」もプランニング精度確認のための重要な情報ではあるが、性×年代別、F1、 F2といったシンプルなメディアターゲットではなく、戦略ターゲットに則した切り口を準備することで、「アクチュアルGRPは低いものの戦略ターゲットの 含有率は高かった/あるいはその逆」といった形で、より実践的な到達状況を検証することが可能となる。購買履歴データをはじめとしたパネルデータを活用す ることで柔軟に戦略ターゲットの設定ができることも、検証精度を高めることにつながっている。

次に「心理・態度の変化」においては、「購買」の前に「中間指標」を設定して検証を行っている(図表3)。広告 が購買に寄与していることは明らかではあるが、一方で、「広告認知」にはじまり、「銘柄認知」「商品特性の理解」「購入意向」、さらには長期的な「ブラン ディングやロイヤリティの醸成」など、広告がもたらす効果は「購買」だけではない。そのため、i-SSPではキャンペーン前後にアンケートを行い、「認 知」をはじめとした各中間指標を計測することによって、「購買」だけに留まることのない広告効果検証を行っている。

図表3 中間指標の測定(銘柄認知/イメージ形成・商品理解)
キャンペーン前後にアンケートを行い、広告の接触状況により、その変化率(リフト値)を計測する。

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「購買」への効果検証については、i-SSPパネルに紐づいた購買履歴データを用いることにより、購入日時・価格・個数・場所などを用いた事実ベー スの詳細な分析を可能にしている。そのため、当該キャンペーンの広告接触有無を軸として、ある一定期間中の購買履歴を検証することで、「ノンユーザーから ユーザーへ」という変化や、「1回あたり購入個数の増減」「購入頻度の変化」など、ロイヤリティの変化やLTV(顧客生涯価値)の増加を検証する場合もあ る。このように「購買」をゴールとした分析においても、キャンペーンの目的と照らし合わせて、短期的効果の検証のみならず、中長期を見据えた検証を行うこ とも少なくない(図表4)。「シングルソースパネル」という絶え間なくデータを収集していることが、このような期間を縛らない分析を可能にしており、広告の長期効果を検証する際に有効となっている。

図表4 広告接触(クロスメディア)×購買リフト

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発展的な取り組みとして、i-SSPパネルのメディア接触状況と購入履歴データを用いて、広告を中心とした各種マーケティング施策の「売上」への貢献度分析も行っている(図表5)。 テレビ広告や交通広告などの広告コミュニケーション施策、店頭での値引きなどの各種マーケティング施策別の売上貢献量を算出することにより、広告の投資効 果を測ろうとするものである。一時的な分析ではなく、プランニングの見直しを行った際、前回との比較を行うことで、見直しによる効果を把握し、次回のプラ ンニングに生かすような活用が行われている。

図表5 売上の要因分解

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効果測定を困難にする変数計り知れないクリエイティブの力

先の章で、「実際には見ていないものを見たことがある/あるいはその逆」と回答する「作話」の話をした。テレビCMの出稿量やフリークエンシーはご く少量なのに、認知では図抜けたスコアを記録するキャンペーンが存在することも事実である。その背景には広告効果測定を困難にしている「クリエイティブ」 という変数の存在がある。

当社ではこのクリエイティブという力について、「表情解析」というソリューションで可視化する試みに取り組んでいる(図表6)。 表情解析とは、文字通り、広告を視聴している対象者の表情の変化を計測することにより、広告作品の持つパワーを把握するサービスである。広告素材を見たと きの関心の有無や強弱、ポジネガ反応などを把握することができるため、クリエイティブ的な側面からの成功要因の読み解きや、次期クリエイティブの制作のヒ ントに活用している。また、最近では出稿前のチェックに利用することで最後のブラッシュアップに用いている企業もあり、その活用は広がっている。

図表6 表情解析
5万人超の大規模アンケートパネルから購買履歴データを収集し、マーケティングデータとして広告主に提供する。

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効果計測を難解にするほどのクリエイティブも広告の魅力

巻頭特集のタイトルが「永遠の謎を解き明かす」とあるように、広告効果を測定することは謎めいた生活者のココロを測ることに他ならない。広告主への 報告会において、「最適なフリークエンシーは3回かな?7回かな?」という質問を受けることも多い。そのような時は「会った回数が恋を決めてくれるのな ら、毎日会う努力をすればいい。毎日会っていても恋が成就しないのは、会うこと以外の何かがあるからです。広告もまたしかり」と答えるようにしている。

Logデータが収集できるようになったことで、リーチやフリークエンシーという到達状況(=メディアプランニングの精度)の検証は、戦略ターゲティ ングを用いた精緻な検証や認知ギャップの特定など、新しい地平を切り拓いたように感じている。また、心理・態度変容といった中間指標については、意識レベ ルではあるがシングルソースパネルから把握することができるようになった。さらには、クリエイティブ評価についても表情解析のように言葉を介さないノン バーバル型のリサーチ手法が実用化してきており、i-SSPの接触Logデータと組み合わせることにより、「接触量×表情反応」というアプローチも実現し ている。広告効果計測の世界はマーケティングのデジタル化やニーズに呼応して計測技術の進展もまた著しい。一方で、スマホのアプリ内広告の計測やOOH、 口コミ効果の計測など、課題も多く存在している。今後も貪欲にさまざまな技術を取り入れながら、広告効果を解明していきたい。

その一方で、一人の広告のファンとして、「クリエイティブ」や「アイデア」という変数で生活者のココロをわしづかみにしてしまい、効果計測を難解にする魅力的な広告の登場を待ち望んでもいる。

インテージ MCA事業本部(Media, Communications & Analytics)
クロスメディア情報開発部長
田中 宏昌(たなか・ひろまさ)

1992年電通リサーチ入社。一貫してコミュニケーション・プランニングを目的としたシングルソースパネルデータの開発とデータ活用に従事する。2014年インテージへ。i-SSPを中心としたコミュニケーション領域のサービス開発を担当する。

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Posted by takahashi