なぜ「タモリの生き方」は憧れの的なのか

いくつものしがらみにとらわれて、身動きできないビジネスパーソンが多い。それだけに、気楽な人生を送っているかに見える、タモリの生き方は「憧れの的」として映る。まわりに「毎日が楽しそう」と思わせる生き方のコツとは――。

■「これでいいのだ」と肯定的に受け入れる

日本の代表的なエンターテイナーとして、今も「ブラタモリ」などのTV番組で活躍しているタモリ。いつも肩肘張らず、飄々とした姿は、ビジネスパーソンにも根強い人気がある。しかし、タモリは早稲田大学第2文学部で西洋哲学を学んだ「哲学青年」という別の顔も持ち合わせ、自分自身の人生に悩み、考え抜いた末に到達したのが、「自由気ままに生きる」という人生哲学なのだ。

多くの芸能人の言動をウオッチし、『タモリ学』『笑福亭鶴瓶論』などの著書もあるコラムニストの戸部田誠さんは、「タモリは『自分で何かを規定し、決定し、意義付け、存在していかなければならない』のが、人間の『自由』なのだといいます。そして、哲学者のキルケゴールの『人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である』という言葉を引き合いに出し、それゆえ人間は『不自由になりたがっている』というのです」と語る。

たとえば、社会の慣習や価値観といった「しがらみ」に身を委ね、自由を放棄するという代価を払って、不安から逃れる。しかし、タモリはそうしたしがらみを拒絶し、何ものにも縛られない自由を得る道を選んだわけだ。それだけに、しがらみで身動きが取れないビジネスパーソンには、タモリの生き方が魅力的に見える。そこで、戸部田さんと一緒に「タモリ語録」から自由かつ気楽に生きていくヒントを探していこう。

(1)「意味をずーっと探すから、世界が重苦しくなるんだよ」

「あれこれと考え、物事に意味付けすることを、タモリは否定します。意味に束縛され、生き方が制約されてしまうからです」(戸部田さん)。そうした考え方が端的に表れているのが、タモリが父とも恩人とも仰いだ漫画家、赤塚不二夫への弔辞だ。

「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、そのとき、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひと言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と」

ビジネスパーソンの人生は山あり、谷ありだ。時には、不本意な異動があるかもしれない。だが、「左遷しやがって」と上司を恨んだり、「出世はもう無理だ」と落胆したりしても、何も始まらない。それなら、「これでいいのだ」と現実を受け入れて、明日から何をすべきかを考えたい。

(2)「やったことはすぐ忘れる。それが大事」

タモリは挫折して落ち込んでも、すぐに立ち直る。「こんなつまらないことにこだわっていたのか」と気づくと、かえって楽になるからで、「同時に、打たれ強くもなる」という。

「人間にとって一番恥ずかしいことは立派になることだと、タモリは揶揄しています。世間では、反省したり、夢や目標を持ったりするのが『立派な人間』です。しかし、反省したところで、同じ状況が2度と起こるはずはないし、夢や目標が実現できなければ、自分を責めることになり、絶望にもつながる。それだけ弊害が大きいわけです」(同)

仕事の失敗も同じで、「後悔、先に立たず」だ。「次の仕事で取り返せばいい」と、気持ちを切り替えよう。

■話してもダメ、離せばわかる

(3)「友だちなんか、いなくたっていいじゃないですか」

とはいえ、タモリも、友人をつくることを否定しているわけではない。「人間関係は、ベッタリではなく、ほどよい距離を保っていたほうがうまくいくと見ているのです」(同)。相手のことは、「話せばわかるじゃなくて、離せばわかる」ともいう。

たとえば、社内のある派閥に誘われたとする。派閥に入れば、ポスト争いなどで恩恵を被ることもあるが、ボスへの忠勤にも励まなければならない。ボスが失脚すれば、努力や期待が裏切られるかもしれないのだ。

(4)「緊張できるような仕事ができるっていうことを幸せに思うことですね」

アイドルから本番で緊張しないための秘訣を聞かれたタモリは、そう答えたという。「仕事は自然体で引き受け、淡々とこなすのがタモリ。『笑っていいとも!』の司会に抜擢されたときもそうでした」(同)。ただし、「ヤル気のある奴は去れ」がタモリの持論。下手なヤル気があると周囲が目に入らなくなり、仕事に支障をきたすからだそうだ。

若手社員が大型プロジェクトのリーダーに抜擢されたら、「失敗したらどうしよう」と、ひるむかもしれない。しかし、タモリのように「大きな仕事を任されて幸せ」と喜び、気負わずに取り組むべきなのだ。

(5)「すべてのジャンルで入門編はありえない」

住まいでも、ファッションでも、食べ物でも、若いうちから最高級のものに接することをタモリは勧める。「頂点を極めれば、視野が広がるし、精神的な余裕もできるので、寛容になれるということなのです」(同)

担当する仕事が商品開発でも、営業でも、普通なら「小さくても、まずは実績を上げないと」と考えがちだ。だが、思い切ってそのジャンルのトップを目指してみよう。その後の人生観や仕事のスタイルも大きく変わるだろう。

厳しい芸能界で揉まれながらも、長寿芸人となったタモリの人生哲学を参考にして、ビジネス社会をぜひタモリのように軽やかに、そして、いつまでも生き抜きたい。

(ジャーナリスト 野澤 正毅 写真=読売新聞/AFLO、毎日新聞/AFLO)