インドで日本人をダマし続ける「コルカタの詐欺師」その全手口

毎回、アジアの日常を切り取った躍動的な写真を届けてくださる、ナショナルジオグラフィック写真賞作家・三井昌志さん。今回の無料メルマガ『素顔のアジア(たびそら・写真編)』ではなんと、「あるインド旅行者家族から届いた相談メール」に返答する形で、当地で頻発する詐欺の手口を紹介。更に、「旅行中の家族が現地トラブルに巻き込まれた時どうすべきか」について、具体的事例をあげながら解説しています。

コルカタの詐欺師ラージ

インド東部の都市コルカタには、日本人旅行者に親しげに話しかけてきて「ガヤの近くの実家に一緒に行こう」と誘ってくるラージという詐欺師がいます。家族ぐるみで親しく付き合って信用させて、何日も後になってからあの手この手でお金をだまし取る(16万円も取られたという旅行者もいた)という狡猾な手を使ってくるのです。僕がこの「コルカタの詐欺師」についてブログに書いたのは2012年のことですが、この詐欺師は懲りることなく、警察に捕まることもなく、今もなお日本人旅行者を騙し続けています

この「コルカタの詐欺師」の現在について詳しく知ることになったのは、数日前に一通のメールを受け取ったからでした。差出人は今インドを旅している日本人旅行者の母親Aさんで、「息子がコルカタの詐欺師に騙されて行方不明になっている」という内容でした。文面が切実だったので、すぐに返事を書きました。

母親Aさんからのメール 1

三井様のブログを拝見し、初めてメールさせて頂きます。実は、インドへ行った息子と連絡が取れなくなり、色々とネットで検索をしていたところ、三井様の2012年のブログに行きあたりました。「コルカタで実家へ行こうと誘う詐欺師がいる」と言う記事です。息子からの連絡で、まさにそのような事を言っていたのです。

日本人の奥さんがいるインド人で名前はラージ」。野田に住んでいるが、ラマダンで実家に帰って来た。と言うことで、すっかり信用してしまったようです。6月10日にラージさんの実家に到着したようです。6月13日のLINEを最後に全く連絡がつかなくなりました。私が送ったLINEに既読もつきません

ラージさんの実家は田舎で、ネット環境が悪く、家畜を殺して村中で食べるような田舎だそうです。トイレも外(自然? の中)でするような電気もあまり使えないようなところなので、連絡が出来なくなるかも…と言っていたので、暫くは連絡が無い事を気にもしていなかったのですが、さすがに既読が付かないので、ラージさんの奥さんに聞けないか? とネットで野田に住んでいるインド人ラージと結婚している女性」と検索したら、「詐欺師」と言う書き込みが複数出てきたのです。

インドの大使館へも問い合わせていますが、ラージさんの実家の場所がわからないので、困っています。千葉県警へも連絡して、野田に住んでいる奥さんの連絡先を調べて貰っていますが、情報が少なすぎてわからないようです。

三井様がご存知のインドの情報がございましたら教えて頂けないでしょうか? 三井様のブログでは、その詐欺師はガヤの実家へ行こう」と誘っていると書かれていましたが、ガヤと言うところは、とても田舎ですか? どんな事でもいいので、教えて下さい。宜しくお願い致します。

三井氏の返答 1

Aさん、はじめまして。写真家の三井です。息子さんの状況はわかりました。大変ご心配だと思います。心中お察しします。

状況から見て、息子さんが「ガヤの実家詐欺師に騙されている可能性は高いと思います。息子さんのこれまでの経緯は、僕がブログに書いた事件と酷似していますし、他にも同様の詐欺師に引っかかったという人は何人もいるようですから、息子さんと一緒にいる人物はおそらく旅人を騙す詐欺師でしょう。

もし、その「ラージ」という人物が詐欺師であるなら、日本人と結婚しているというのも嘘でしょうし、ラージという名前も偽名でしょうから、その線で日本の警察に捜査を依頼しても犯人に行き当たるのは難しいでしょう。インド大使館も現地警察も同様で、「ラージ」「ガヤ」「実家」といった断片的な情報だけで(しかもそれが本当だとは限らない)息子さんの行方を知ることは難しいと思います。

ワラにもすがる思いで僕にメールをしてくださったのはよく理解していますが、残念ながら僕が持っている情報はブログに書いてある以上のものはありませんので、いま息子さんの行方を捜す助けにはなれそうにありません。申し訳ありません。

しかし、僕が知る限りでは、この詐欺師は被害者の命を奪ったり、怪我をさせたりといったことまではしていないようです。ガヤの実家(と言っているだけで、本当にガヤなのかはわかりませんが)に仲良くなった日本人を連れて行き、そこで家族ぐるみで歓待しすっかり安心させたところで、「実は家族が重い病気で20万円必要なんだ」といった作り話をはじめ金をだまし取るというのが典型的な手口です。基本的には相手の善意につけ込む狡猾な手口なのです。

「助けてくれないか」という申し出を断られた場合、あるいは「警察に駆け込むぞ」などと抵抗された場合には、被害者のスマホや所持品を奪って家に軟禁するということもあるかもしれませんが、それも脅しであって、本気で暴力に訴えることはないと思われます

詐欺グループにとっても、もし暴力に訴えればインド警察が本気で捜査することになり、それ以上詐欺行為を続けられなくなるばかりか、逮捕される危険を冒すことになるので、被害者をできるだけ穏便に(可能であれば、被害者が騙されたと思っていない状態で解放したいはずです。

ですから僕の予想では、息子さんはしばらくすれば犯人グループと別れて、どこか他の町からAさんに連絡してくると思います。もちろん、すでにいくらかのお金を取られてしまっている可能性は高いですが、それは勉強代だと思って諦めるしかありません。

息子さんが無事かどうかわからない状況でただ待つというのは大変つらいことだと思いますが、今は息子さんが連絡してくるのを待つ以外にできることはないように思います。先ほども申し上げたように、日本の警察も、大使館も、インドの警察も、今ある情報だけでは動きようがありません

今後、息子さんとLINEで連絡が取れたときに、息子さんがまだラージ氏に騙されているようでしたら、彼が詐欺師である可能性が高いこと、一刻も早く彼と縁を切って安全な場所に逃れなければいけないことを伝えてください。

そして、この事件が無事に解決したら、簡単でいいので、事の顛末をメールでお知らせください。僕も自分が大好きなインドで日本人旅行者が詐欺に遭うという悲しい出来事は少しでも減って欲しいと思っていますし、そのためにブログ等で情報を共有して、注意を喚起したいと思っていますから。

母親Aさんからのメール 2

唐突なメールにお返事いただきありがとうございます。先程、8日ぶりに息子から連絡がきました。パラナシと言う街に移動したそうです。ラージさんの実家の最寄り駅は「PAHARPUR」という駅だそうでとても田舎でネットがつながらなかったとの事でした。

息子に、ラージさんが詐欺師であるかもしれないことを伝えました。まだ被害にあっている実感はないようでした。でも、野田に奥さんがいることや、実家に連れて行くこと、等々、被害に遭われた方々の状況に酷似していることを伝え、URLも送り、ラージさんの奥さんの名前を聞いたところ、ネットに出ている名前と同じ(ネットではレイコ、息子が聞いた名前は、佐藤れいこ)だったことから、自分で検索して詐欺師だと納得したようです。

それに、ラージさんだけでなく、サダムというインド人も一緒だと言うので、余計に心配になりました。息子は、「悲しいけど詐欺師なんだね。明日離れます」と言ってくれました。このことを知る前は、これからも行動を共にして、一緒にネパールか中国に行く予定だったようです。今は、無事に二人から離れてくれることを祈るばかりですが、離れると伝えたことで、二人の態度が豹変するのではないかと心配しています。

インドの大使館の方も、色々と対応してくださって、コルカタの領事館へ連絡してくださり、情報をくださいました。コルカタの領事館ではラージさんに関する情報があるようで、あまり素性の良くない人のようです。との連絡が入りました。無事に二人から離れることができましたら、またお知らせいたします。ご連絡本当にありがとうございます。メールを頂いて、救われました。ありがとうございます。

三井氏の返答 2

こんにちは。三井です。息子さんと連絡が取れたんですね。無事が確認できて本当に良かったです。Aさんもほっとされているところでしょう。Aさんからの情報によって、息子さんが騙されていると理解し、ラージ氏らと別れることに決めたのは賢明な判断です。

心配されているように、「離れると伝えたことで、二人の態度が豹変する」という可能性は十分にありますし、そこで「だったら今までの宿泊費やガイド代を払え」と言ってくるかもしれませんが、そこはうまく交渉して最低限の手切れ金を渡すことで解決されるのがいいと思います。

バラナシは外国人旅行者がとても多い街ですし、日本人宿もあります。もし誰かに頼らざるを得ないときには、そういうところで日本人の協力を得るのもひとつの手でしょう。

ちなみにガヤはビハール州にある比較的大きな町ですが、その近郊の村が「とても田舎でネットがつながらないということはあり得ません。それは息子さんが外部と連絡を取れなくするために詐欺師がついた嘘です。実際には、ビハール州の農村でも(貧しくはあるけど人口密集地域でもあるので)携帯通信網は整備されているので、インドのSIMカードさえ持っていればいつでもインターネットに接続することができます。しかし息子さんはWifi環境しかなかったので、その嘘を信じてしまったのでしょう。そういう「現地を知らない旅行者には見抜けない嘘」を重ねていることからも、ラージ氏の正体が「親切を装って旅行者に近づく腹黒い詐欺師」だということがわかります。

とにかく息子さんが無事で良かった。彼が無事にラージ氏と離れることができたら、またご連絡ください。

母親Aさんからのメール 3

お返事が遅くなり申し訳ありません。息子は、無事に詐欺師と離れ、今はネパールにおります。詐欺師との出会いから離れるまでの経緯をお知らせ致します。

コルカタのニューマーケットのバスターミナルに到着し、安宿があると言うサダルストリートへ向かう途中に「サダムと名乗る自称24歳の男に声をかけられたそうです。

サダムに安宿を紹介してもらい、チェックイン後に一緒に街へ出かけた所、近くに友達がいるからと「ラージを紹介される。ラージは、ラマダンの終わりに開かれるパーティーに参加するため、日本から一時帰国しているとの事で、一緒にラージの実家に行こうと誘われた。ラージの奥さんは日本人で、千葉の野田市に住んでいると言っていた。奥さんの名前は「佐藤れいこ』」。

ラージは、家族のために洋服屋で洋服等を買っていたので、何の疑いも無くラージの実家へついて行った。ラージの実家の最寄駅は「AHARPUR」と言う駅。ラージの実家と言っても、両親は現在コルカタに住んでいるので、従兄弟の家にお世話になると言うことで、連れて行かれた。

そこで、バイクを借りる事になり、従兄弟がバイク屋を紹介してくれることになった。従兄弟に、バイクを借りるのにデポジットが必要だと言われ、クレジットカードで支払うことになった。何故か2回カードを切った(1回目:\182,185-、2回目:\132,499-)。

金額が大きかったので、驚いてラージに確認すると、1か月後には返ってくると言われた。従兄弟にカードのレシートを要求すると、後で切ったものしかくれないので、最初に切った方も欲しいと言ったら、最初に切った方は、間違えてバイク屋に全部渡したので後でもらってくると言われた。

従兄弟は、信用できない感じだったので、ラージに、あいつは怪しい。本当にお金は返って来るのかと聞いたら、2か月後には返ってくると言われた。さっきは1か月後だったのに何故2か月後か問いただしたら、ケースバイケースで遅くとも4か月後には絶対返って来る。もし、返って来なかったら、自分が日本に帰ったときに返しに行くと言われた。

従兄弟の家にお世話になる予定だったが、従兄弟の事が嫌いだったし、家も臭かったので、嫌だとラージに言ったら、ラージの実家に、ラージのお母さんの姉だか、妹だかが住んでいるのでそこに泊めてもらおうと言うことになり、その家に10日程お世話になった。

ラージのお母さんの姉or妹はとても優しくて良くしてもらった。ラージの実家はリアルインディアン的生活で、インフラ整備が出来ていなくてトイレも外で済ますような状況で、電気もままならず、インターネットもつながらなくなり、外との連絡が取れなかった。

10日間お世話になった後、ラージとサダムと3人でインドを観光した後、中国に渡る予定で、ガザを出て、パラナシへ移動。そこでネットが繋がり、詐欺師ではないかと母(私)に言われる。最初は大丈夫と言っていたが、母からの情報と、自分の置かれている状況が似ていた事、送られたURLを見て、目の前にいる人物とネットで詐欺師と言われている人物が同じだったことから、認めざるを得なくなり、離れる決意をする。

しかし、ラージには悪い印象が全くなく、自分が信用していれば、ラージは自分を騙したりしないのではないかと思ったり、自分の中でかなりの葛藤があった。しかし、バイクのデポジットの件といい、詐欺と認めなければならないと思い、翌日離れることにした。

早朝、黙っていなくなるつもりだったが、どうしてもラージの事を悪い人と思えず、悶々とした気持ちのまま離れるのも嫌だったので、ラージに「詐欺なのか?」と問いただした。詐欺だとは認めなかったが、離れると言っても怒る事も無く、驚くほどすんなりと離れられた

しかし、逆にそれが恐ろしくもあり、逃げるようにネパールに入った。ネパールに入ってからも、ラージから「必ず返すから」と連絡が入る。どこから返金されるのか? と聞いたところ、カード会社から返金されるとの事。

と言うのが、息子から聞いた話です。

息子と連絡が取れなくなって、インドの大使館へ連絡をして、やり取りをする中で、ラージがサーフ・ラージ・カーンと言う逮捕歴のある人物だと知らされました。デリーのインド大使館から、コルカタの領事館へ連絡が行き、コルカタの領事館が警察に打電して、ラージの家に行って日本人がいないか確認したそうですがいないとの返事だったそうです。日付からすると、息子たちがガザを出た日と警察が行ったと言う日が同じ日でした。

カード会社に支払いを止めるにはどうしたら良いか聞いたのですが、本人でないと答えられないとのことだったので、一般論でいいので、どういうやり方があるか教えて欲しいと聞いたところ、ケースバイケースで一般論はないと言われました。

ただ、本当に詐欺にあったと言うなら、被害届を出せばいいのではと言われました。被害届は何処に出すのか聞いたところ、自分で調べろと言われました。そこで、何度か相談していた千葉県警へ連絡したのですが、どこで出したらよいかは大使館に聞いて下さいと言われ、大使館に相談したところ、カード会社と良く相談した方が良いと言われました。

ただ大使館からのメールには「よくありますカード犯罪のうち、スキミング被害ネットでの不正使用については、どこで犯罪に巻き込まれたか分からないため、被害届自体の提出を求められないこともあります。今回につきましても、身に覚えのない請求とのことでカード会社に根気強く説明することが慣用かと思います」との返事もあり、今後どのように対応したら良いのか解らなくなりました。

スキミングされていないとは限らないので、カードを止める事は必須なのでしょうが、カード会社にどのように説明したらベストなのか、今日、弁護士さんに相談に行く事になっています。長くなってしまいましたが、現在までの経緯です。

今後、被害者が出ないように、少しでもお役に立てれば幸いです。

人柄で判断してはいけない

今回のメールのやり取りから言えるのは、「インドの観光地や大都市で日本語で親しげに話しかけてくる男たちの多くは、何らかの下心を持った怪しい人間だ」ということです。ラージ氏のような狡猾な詐欺師かもしれないし、法外な値段で土産物を売りつけてくる悪徳業者かもしれません。

もちろんインドにも信用できる日本語ガイドはいるし、まっとうな商売をしている人もたくさんいます。けれど、そういう人たちは路上ですれ違った旅行者に「いま何時ですか?」とか、「安くて良いホテル知ってるよ」とか、「俺には日本人の奥さんがいてさぁ、つい懐かしくなっちゃって」などと声を掛けることはありません。「観光地で日本語で話しかけてくるインド人はとりあえず無視する」というのが、インド初心者にとってもっとも無難な対処法です。

ときどき「本当に親切な人と親切を装った詐欺師を見分ける方法はありますか?」と聞かれることがあるのですが、僕はいつも「そんなものはない」と答えています。天才的な詐欺師というのは、誠実な印象を相手に与える術を熟知しているし、実際に話してみるととても魅力的な人物であることが多いのです。相手を引き込む話術に長け、嘘で作られた魅力的な物語を自分自身で信じ込むことができる。そういう「根っからの詐欺師」の嘘を見破るのはきわめて困難です。まずはそのことを肝に銘じておくべきです。

ラージのような「天才的な詐欺師」や「生来の嘘つき」に騙されないために、我々がやるべきなのは相手を人柄で判断しないこと」だと思います。温厚そうな表情や、誠実そうな眼差し、波乱に富んだ半生を語る口ぶり。それだけを見ると「こんないい人が嘘をつくはずがないと思ってしまう。しかし、それが落とし穴なのです。

難しいことかもしれないけど、「この人は嘘をつくような人物ではない」という第一印象を疑ってみることが必要なのです。そのうえで「見た目に表れる人柄」ではなくて、「客観的な事実を手がかりに判断を下しましょう。つまりその人物が現れた状況を冷静に振り返ってみるのです。

多くの外国人旅行者が訪れるコルカタという大都市で、初対面の人が自分を選んで親切にしてくれる理由があるのか。他でもない自分をわざざわ実家に招待して歓待してくれる必然性があるのか。その出会いは本当に偶然なのか偶然を装った計画的なものではないのか。

これは前にも書いたことですが、大都市や観光地で「無償の親切」を受ける可能性はきわめて低く、「親切を装った詐欺師」に出会う確率の方がはるかに高いというのが、残念ながらインドの現実です。

もし、インドでごく普通の人々の親切心に触れたいのであれば、コルカタやデリーやバラナシやジャイプールではなくて、「地球の歩き方」に記載がないような田舎町に行くべきです。それが難しいのであれば、「現地の人の親切は額面通りに受け取らずに疑ってかかる」という態度を貫くべきでしょう。

安全な日本とは違って、インドは魑魅魍魎の世界です。性善説で乗り切れるほど甘くはありません。簡単に人を信じてはいけません。

でも、あなたがインド旅に慣れ、誰もが行く観光地や大都市を離れることができれば、きっと「本当のインド」が見えてくるはずです。外国人を騙す悪い輩(それはインドという迷宮における門番のごとき存在なのです)を軽くあしらえるようになれば、実はインド人の大半が親切で温かい人々だという事実に気付くことでしょう。