もはや他人事じゃない…「夫婦で梅毒」あなたならどうする 原因は自分か、妻か

梅毒なんて、昔の病気じゃないの?その認識こそが過去のもの。現在、日本全国で梅毒が大流行。夫が、妻がふとした弾みでもらってきて、家庭内が修羅場と化す。病は治るが壊れた絆は戻らない。

手のひらに発疹が……

「701番の方。相談室にご案内します」

川村哲也さん(56歳、仮名)は渡された受け付け番号をじっと見つめた。自分の番号までまだ5人ほど控えている。

(早くしてくれ……)

川村さんがいたのは、JR西国立駅から徒歩9分のところにある多摩立川保健所だ。ここでは毎週土曜日10時~15時までHIVおよび梅毒の検査を無料で行っている。川村さんはこの検査を受けにきたのだ。

発端はその前日の金曜日のことだった。自宅へ帰り、手を洗うときに、手のひらに発疹ができていることに気づいた。よく見ると腕にもポツポツとある。妻に見てもらうと背中にもできていた。特にかゆみなどなかったため、気づかなかった。

「何かしら」と訝しがる妻を「最近働きづめだったからちょっと疲れて、蕁麻疹が出たのかもしれない」と安心させたものの不安は募る。ベッドに入り、スマホで調べると手のひらに発疹ができるのは梅毒の可能性があるとある。

(まさか……)

思い当たる節がないではなかった。実は2ヵ月前にペニスにしこりのようなものができたことがあった。なんだろうと思ったものの1週間もすると自然に治ったので、ただの吹き出ものだと思い込んでいたのだ。

ネットの情報によると陰部にしこりができるのは梅毒の初期症状だという。

(最近好い仲になったあの子が持っていたのか?)

すぐに受検できるところはないかと調べると保健所なら即日で検査してくれるところがあることがわかった。しかも、多摩立川保健所は、13時以降は予約不要で先着順で検査してくれるとある。そこでさっそく国立まで出かけることにしたのだ。

妻には土曜日だけどやってる皮膚科の病院があるみたいだからと嘘をついて出てきた。

「706番の方」

ついに自分の番がきた。

部屋に入ると医師らしき白衣の男性と年配の女性が座っている。

「お待たせいたしました」

神妙な面持ちの男性医師。

「検査をしたところ、梅毒検査で陽性反応が出ました。ただここですぐに結果を出すことはできません。判定保留ということになります。また1週間後にいらしてください」

頭が真っ白になった。

「梅毒だった場合、どうなるんでしょうか」

昨日、スマートフォンで見た鼻が欠けた男の画像が頭を駆け巡った。

「まだ第2期の段階ですから、しっかりと薬を飲めば治ります。ただ感染したと思われる日以降で、他の女性と性交渉をしたことはありますか?」

「妻と何度か……」

「でしたら奥さんと一緒に病院に行っていただくことになります」

泣き崩れる妻の顔が目に浮かぶ。

「妻にも伝えないといけないでしょうか」

「必ず伝えてください。梅毒は大変感染力の強い病気です。奥さんにもすでにうつっていると考えるほうが自然です」

帰り道、何も考えられずに歩いていると携帯電話が鳴った。

「病院はどうでしたか?」

心配する妻からのメールだ。妻はまだ何も知らない。しかし、どう伝えればいいというのか。まず浮気がバレることは避けられない。その上、病気までうつしているかもしれないのだ。

キスだけでうつることも

こんな「悲劇」が今、日本各地で起きている。厚生労働省の発表によると、昨年、発覚した梅毒患者は5820人にのぼり、1973年以来44年ぶりに5000人の大台を超えた。

また今年1~3月の届け出数は1407人で、昨年同時期を上回るペースで増加しているのだ。

性感染症を専門とするプライベートケアクリニック東京の尾上泰彦院長はこう警鐘を鳴らす。

「梅毒患者は’11年頃から増加の一途を辿っています。’15年には2690人、’16年には4575人、と過去最悪のペースで増加している。

ただ、この数字はあくまでも氷山の一角に過ぎないと確信しています。梅毒が判明した場合、医師は保健所に届ける義務がありますが、日々の業務に追われて、届け出ることを敬遠する医師も多いのです」

セックス時に粘膜や皮膚の小さな傷から感染する梅毒。その感染力は、HIVなど他の性病と比べ非常に強い。1回の性交で感染する可能性は、15~30%と非常に高く、コンドームをしても覆っていない部分の皮膚から感染することもある。

また口に病変部分がある場合、オーラルセックスだけでなく、キスやコップの使い回しだけでうつることもあるのだ。

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戦後、爆発的に増えた梅毒だが、投与薬(ペニシリン)の効果もあり沈静化していた。それがなぜ近年になって増加しているのか。

ときわ会常磐病院(福島県いわき市)・ナビタスクリニック(立川・新宿)で内科医として勤務する山本佳奈氏はSNSや出会い系サイトの普及により、性交渉のハードルが下がったことが要因の一つだという。

「帝京大学ちば総合医療センター産婦人科の鈴木陽介医師の研究によると、都道府県別に、ある3つの出会い系アプリの人口あたりの利用率と、人口あたり新規梅毒発症者数との相関関係を調べたところ、出会い系アプリの利用率が高いところでは、梅毒の患者も多くなるという、相関関係が見られたのです」

なぜ「一穴主義」の俺が!?

前出の尾上氏は観光客の増加も要因ではないかと推測する。

「アジア系旅行者が増加している影響も無視できません。例えば中国では毎年40万人(’13年)が梅毒に罹患しているというデータもある。彼らが日本に旅行で訪れて風俗を利用し、菌を蔓延させている可能性は否定できません」

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次に紹介するケースでも観光客との性交渉が感染のきっかけだった。吉原の60分1万円のソープで働いていた佐川ゆり子さん(23歳、仮名)が経験談を明かす。

「昨年1月、アマゾンで買える検査キットで梅毒に感染していることがわかりました。2ヵ月ほど前、全身に赤い発疹が出ましたが、1週間ほどで消えたので、蕁麻疹かなと思っていたんです」

発疹が出たあとも、病院には行かずに働き続けていたと語る佐川さん。

「確かにうちのお店は観光客の方も多く利用されていました。ただ週5日で働いていたので、感染源が誰なのかはわかりません。知らないまま働いて自分もお客さんにうつしていたんです」

梅毒がやっかいなのは、佐川さんのケースのように症状が出ても症状がひいてしまう点だ。

「梅毒は、早期に発見すればするほど治療もたやすく完治します。ですが、早期の段階で専門医の診察を受ける人はなかなかいない。

梅毒は感染後3週間の第1段階においては、性器にしこり、ただれができるなどの異状が見られますが、痛みがなく、治療しなくても2~3週間で症状が消えるため、そのまま放置する人が多い。

また感染後3ヵ月の第2段階においては、手のひらや足の裏など全身に発疹やブツブツができますが、こちらも治療しなくても3ヵ月~3年で消えてしまうために、自然に治ったと見過ごされやすいのです。

ところがその後、症状はなくとも、梅毒は体内でどんどん進行しており、最悪の場合、命も奪われることになりかねません。そこまで行かなくとも、脳梅毒といって、精神障害のような症状が出て、人格を奪われる事態を招くこともあります」(前出・尾上氏)

また若手医師による誤診断も感染拡大を招いている。

「梅毒は過去の病気といわれていたこともあり、梅毒の診断経験がない若い医師は発疹などの症状が現れても、すぐに梅毒を疑うことは難しいのが現状です。私も実際、既往歴のある患者さんを診るまでは教科書でしか見たことがありませんでした。

梅毒の皮膚症状は湿疹やアトピーなどといった症状と見分けるのが難しいのです。医師も、梅毒を疑って、検査をすることが大切です」(前出・山本氏)

気づかぬうちに感染して人にうつす――こうして梅毒は爆発的に蔓延していくのだ。

ただもちろん、すべてが夫から妻への感染というわけではない。大手メーカーに勤務する後藤大輔さん(53歳、仮名)は自身が梅毒にかかった時のことを苦々しく振り返る。

「私は結婚してから浮気したことがない『一穴主義』です。確かに風俗を利用したことはありますが、3年に1回程度。基本的には妻とだけセックスをしてきたんです。

そんな私の下半身に異状が見つかったのは、1年前のことでした。亀頭の部分に赤いシコリのようなものができたんです」

気になった後藤さんは近くの泌尿器科を受診したところ、梅毒検査で陽性反応が出た。確かに風俗を利用したが、1年も前のこと。時期的に考えても、そこで感染したとは思えない。

突然の妻の動揺

一方で最近の妻の様子が気になっていた。風呂に行くときも携帯電話を手放さず、休日も外に出ていることが多くなった。これはもしかしたら妻にうつされたのかもしれない。後藤さんは賭けにでることにした。

「家の玄関に入るなり、『今日、病院に行ったら梅毒だった。お前からしかうつる可能性はないんだけどな!』と怒鳴りつけました。

妻は最初は『風俗かどこかでもらってきたんじゃないの。それを私のせいにしてなんのつもりなの』などと逆ギレしてきたんです」

しかし、妻があきらかに動揺しているのを後藤さんは見逃してはいなかった。「そんなわけないだろう!携帯をチェックさせろ」とスマホを取り上げると、妻はついに観念して泣き崩れた。

「ごめんなさい、出会い系サイトで知り合った男性と3ヵ月メールのやりとりをするうちに、会うことになって……」

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後藤さんの心の中は妻に裏切られたという思いでいっぱいになり、ふつふつと怒りがわいてきた。かろうじて妻にも受診を勧める一方で、離婚しようか、一時は本気でそう考えた。

後藤さんは続ける。

「18歳と16歳の娘のことを考えると、家族がバラバラになるのはよくないと思い直したんです。

ただ妻が知らない男と生でセックスしたと思うと割り切れない気持ちになります。妻が不潔に思えて、もう二度とセックスする気にはなりません」

社会が性におおらかになるとともに、私たちを試すように感染を拡大し続ける梅毒。今や治る病気であるとはいえ、刹那的な快楽の代償はあまりにも大きい。

「週刊現代」2018年8月4日号より