「羊を数えたら眠れる」という大いなる勘違い
日本人の睡眠時間は世界で突出して短く、ミシガン大学の2016年の調査では「100カ国中最下位」にランクされました。日本人に限った調査では、「睡眠時間が6時間未満の人は、全体の約40%を占める」という報告もあるのですが、「6時間未満睡眠」はアメリカでは「短時間睡眠」の域に入る数値。睡眠とパフォーマンスの関連性が続々明らかになっている今、決して無視できる数字ではないでしょう。
そんな中、「睡眠とは、単に長く眠ればいいというわけではなく、質が熟睡度や疲労回復に大きくかかわっています」と明かすのは、『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』を上梓したスタンフォード大学医学部教授の西野精治氏。「やってしまいがちな行動」が、実は眠りの質を下げていると指摘します。
日本人の睡眠偏差値は世界最低
日本人の睡眠事情が浮き彫りになった「平日の実際の睡眠時間」と「平日の理想的な睡眠時間」をヒアリングした調査があります。
東京やニューヨーク、上海、パリなど世界の主要都市を対象に行ったこの調査で、「眠りたい時間と実際の睡眠時間の差」が最も大きかったのは東京の1.62時間でした。都会に暮らす人ほど、「眠りたいのに眠れていない」実情が浮かび上がったデータです。
しかし、だからといって忙しい毎日、睡眠時間を増やすのは現実的ではありませんし、睡眠時間を確保しても眠りの質が悪ければ熟睡度は下がり、十分な疲労回復効果を得られません。
皮肉にも、よかれと思ってやっているのに、実は眠りの質を下げてしまっていることは意外とたくさんあります。
そこで、今回は特にちまたで睡眠によいとされる「5つの行為」をピックアップしたいと思います。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
①睡眠時間は「90の倍数」分がいい
「睡眠時間は90分単位がいい」このような説をよく耳にします。
「睡眠は90分サイクル。90分の倍数ごとに浅いレム睡眠が訪れ、そのタイミングだとすっきり起きられる」からと、「6時間後」や「7時間30分後」に目覚まし時計をセットする。一見理にかなっているように思えますが、実は科学的にはほとんど根拠がありません。
スリープサイクルは個人差が非常に大きい
なぜならスリープサイクルは個人差が非常に大きく、睡眠の1周期は人によって90~120分と幅があるから。睡眠周期が「100分の人」であれば、90の倍数分起きたところで深いノンレム睡眠のタイミングで目覚めて、「寝起き最悪」ということもありうるのです。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
目覚めをよくするには、目覚まし時計を20分間隔で2つの時刻、セットするといいでしょう。初めの時刻のときは小さい音のアラームにしておくと、そのときに浅いレム睡眠であればすんなり目覚め、逆にノンレム睡眠中であればスルーして次のタイミングでスッと起きられるはずです。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
②「22時~2時」のシンデレラタイムに眠る
「夜10時~午前2時の間に眠ると成長ホルモンが盛んに分泌され、肌の新陳代謝が促進されて美肌効果が得られる」
そのためこの時間帯をシンデレラタイムと呼ぶそうですが、欧米ではまったく知られておらず、日本でだけ広まった科学的根拠のない都市伝説です。
「寝始め90分」を深く眠れると成長ホルモンがたくさん出るのですが、いつも決まった時間に眠ればこの「寝始め90分」は深くなります。
つまり、いつもと同じ時間に眠るのであれば、明け方など極端に明るい時間でないかぎり何時に寝てもよく、むしろいつも21時に寝ている人が22時にずらしたところで、それが定着しないかぎり、成長ホルモンの分泌は促されません。
統計的に見れば、この「22時~2時に眠っている人」が多いため、「この時間に眠るといいらしい」と説が広まったのだと思われます。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
③翌朝早いから「早寝」する
睡眠研究者らによる、興味深い「脳と眠気」に関する報告があります。
それは「いつも寝る時刻の直前から2時間前あたりまでが、最も眠りにくい」というもの。毎日午前0時に眠る人は、「22時~0時までの2時間が最も眠りにくい」ということになります。眠気は、通常就寝する時刻に向かって「徐々に増していく」わけではないのです。
「1時間早く眠る」のは睡眠禁止ゾーンへの進入
入眠直前の「脳が眠りを拒む時間帯」は「睡眠禁止ゾーン」と呼ばれています。現段階では「日中長時間覚醒を維持するために、蓄積する睡眠圧に対抗するようなシステムが人体には存在し、それが入眠直前に最高に強くなり、その後急速に弱まって脳が睡眠モードになる」ため、このゾーンが存在しているという説が有力です。
次の日の朝が早いからといって「1時間早く眠る」のは睡眠禁止ゾーンへの進入です。いつもどおりの時刻に寝て睡眠時間を削ったほうがすんなり入眠でき、眠りの質も確保できるでしょう。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
④「靴下」を履いて眠る
「足が冷たくて眠れないから、靴下を履いて寝る」
気温が下がってくるとそんな人も多いかと思うのですが、これも実は「眠りの質」を下げる行為。
深部体温が下がるには手足からの熱放散が欠かせない
人は、体の中の体温「深部体温」が下がると眠くなるのですが、深部体温が下がるには手足からの熱放散が欠かせません。
靴下を履いたまま眠ってしまうと足の表面から熱が逃げにくくなってしまい、深部体温もスムーズに下降せず、その結果、眠りの質が悪化する、というわけです。
足が冷たくて眠れない人の場合、日頃の運動などで体質改善を図っていただきたいところですが、応急措置としては風呂桶などにお湯をため、そこに足湯をして足を温め、寝る直前まで靴下を履いて保温するなどして「冷え性」対策と良眠習慣を両立してほしいと思います。
(画像:『マンガでぐっすり! スタンフォード式 最高の睡眠』より)
⑤「羊を数える」と眠くなる
「眠れないときは、羊を数えると眠くなる」
小さいとき、こう言われた人も多いのではないでしょうか?
しかし、日本語で羊を数えるのはまったく無意味で、むしろ逆効果とさえいえます。
この説は英語圏が発祥とされていて、英語で羊は「sheep」ととても言いやすく、また睡眠は「sleep」なので、それで脳を睡眠モードに切り替える効果があるといわれています。
ところが日本語のヒツジはとても言いづらく、ヒツジが1匹、ヒツジが2匹などと数えていると、逆に目が冴えてしまいます。
なので日本語で数えるのは逆効果。英語圏では「sheep,sheep,sheep……と数えるように」と教えられています。
ちょっとしたことで脳はすぐに眠りを拒否する
マウスを使った実験では、「別のマウスの飼育に2週間ほど使用したケージに新しいマウスを入れると、そのマウスは不眠が誘発される」ことが判明しました。寝室や寝具といった「睡眠環境」がいつもと変わるだけでも、脳は敏感に反応し、眠りに影響が出てしまうのです。
このように、脳はささいなことで刺激され、入眠に不向きなモードに変わってしまうので、何の気なしに取った行動が眠りの質悪化を招きかねません。
また、眠りに関しては非常に個人差の影響が大きく、たとえば今でも「人間にとってベストな睡眠時間」というのは割り出すことができていません。「この方法で熟睡できる」と言われていることでも、残念ながら万人に当てはまるとは限らないのです。
睡眠の俗説を鵜呑みにすることなく、起きがけの感覚を注視することが、本当に自分に合った「熟睡度が高い最高の睡眠習慣」の確立につながると思います。