■相手の長所をフォーカスする練習を積む
ストレスで最も多いのは、人間関係に関するものではないでしょうか。特に上下関係が厳しくウエットな日本の組織では、威圧的な上司と、言いたいことが言えない部下の間で、いまだにミスコミュニケーションが起こりがちです。
ヒトなど霊長類には「ミラーニューロン」という神経細胞があります。他者の行為をあたかも自分の行為であるかのように脳が捉え、共感能力に発展させる能力です。
先ほど「メタ認知」を鍛えることで、自分自身を理解できると述べましたが、それを発展させることで、他者への理解力はかなり進みます。大切なのは、相手のいい面を探すということです。
そもそも自分も含めて、100点満点の人間など存在しません。短所と長所は常に表裏一体で、あなたが苦手と思うその人の欠点は、反転すれば長所に転じることもあるのです。「しつこい」人は「粘り強い」人でもあり、「ヘラヘラ軽い」人は「周囲への気配り」をしているのかもしれません。「口うるさい」人は「努力家」の表れなのではないでしょうか。相手の長所をフォーカスする練習を積んでから、僕は「苦手なタイプ」がほとんどなくなりました。
■「ストレス=悪いこと」という考え方を変える
もう1つ気をつける点、それは他者をジャッジしないということです。例えば、どう考えても思考が明晰でない上司、やり方が強引すぎる同僚、何度仕事を教えても覚えない部下に対して、「あいつはアホだ」「強引すぎる」「君はバカか」というのは、あなたの勝手な価値判断(ジャッジ)です。
せいぜいあなたが言っていいことは、「私には理解できないところがあるのですが」「そのやり方は力強いけれど、僕には無理だ」「どこがわからないのか、教えてくれるかな」といった自分の疑問や率直な思いだけです。相手の人格ではなく、行為に関してのみ言及する、これは人間関係を円滑に行ううえでの大前提です。
ストレス=悪いことと思いがちですが、実はこれを味方につけることで、高パフォーマンスを引き出すことができることをご存じですか。
ストレスを感じると脳内でノルアドレナリンが放出され、副腎髄質からはアドレナリンが分泌されます。イライラや不安感が強すぎるとうつ状態や、トラウマなど深刻化する場合もありますが、うまくアドレナリンを活用することで、仕事や勉強に活かすこともできます。その好例が「タイム・プレッシャー」です。
■「ストップウォッチ」が最高の集中状態を引き起こす
僕は子どもの頃からストップウオッチを傍らに置いて勉強をする癖がありました。「このドリルを5分で片づける」と自分で決めて一気に集中するのですが、終了後の爽快感は相当なものです。ドリルを終えること、そのものが脳にとっての最高の報酬になるからです。
大人になったいまではストップウオッチがなくても様々な仕事を短時間で仕上げられるようになりました。「タクシーの移動時間20分で原稿を一本仕上げる」といった具合で、この「タイム・プレッシャー」がなければ、現在の僕の仕事は回っていないでしょう。
「タイム・プレッシャー」には、仕事の効率化を図る以上に、最高の集中状態「フロー」を引き起こすメリットもあります。
過集中とも呼べる状態で時間を忘れるほど没頭し、素晴らしい成果を出す、それが「フロー」の状態です。トップレベルの芸術家やアスリートなら頻繁に経験していることです。ちなみに「フロー」の進化系には「ゾーン」という状態もあり、こちらは例えるならフィギュアスケーターが、自ら滑った軌跡が光り輝いて見えるなどの常人には味わえない境地です。トップアスリートでも一生で数回しか経験できないといわれており、非常に貴重な経験です。僕たちは「ゾーン」までは味わえないかもしれませんが、「フロー」状態は訓練で生み出すことができるのです。
ただしここでも大切なのは、あくまで自ら負荷をかけることです。他者からのプレッシャーは新たなストレスにしかならないということです。
■なぜ私は毎朝1時間、走り続けるか
最後にご紹介したいのは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク」機能を味方につけることです。
私たちの脳は、通常、読み書き、計算などのときに活動しています。ところが、何もせずにボーッとしているときにこそ活動する回路があることが近年わかってきました。それが「デフォルト・モード・ネットワーク」です。
これはいわば脳のアイドリング機能で、瞑想や禅を行っているときなどに活発化し、脳のメンテナンスを行うと考えられています。自分でも意識に上がってこない心の整理をしたり、新しい気づきを得たり、ストレスを解消したりといったことを行ってくれている、非常に大切な機能なのです。
とはいえ禅などはなかなか日常生活に取り込むことが難しいですよね。そこで皆さんに提案したいのが、散歩やランニングです。実際に僕も毎朝1時間ほどランニングしているほか、仕事と仕事の間の移動はなるべく歩くようにしています。公園の緑などを眺めながら無心に歩くと、「あの人の言った意味はこういうことだったのか」「自分の心はこういう感情にあったのだな」といったことが、思うともなく整理されていくのだから面白いことです。
■なぜボーッとしている時間が必要なのか
現代人はちょっとした隙間時間でもつい携帯電話を取り出しがちですが、ぜひ、日常的にこの「デフォルト・モード・ネットワーク」を働かせることを心がけてみてください。必ずや、ストレスから解放される心地よさを感じるはずです。
▼なぜ、何もしないでボーッとしている時間が必要なのか?
●仕事をしているとき、脳の回路は【活性化】
・上司は本心では怒っているのでは?
・納期までにスケジュールは間に合うだろうか?
→ストレスがたまりがち
【デフォルト・モード・ネットワークがストレスを消し去るメカニズム】
●何も考えていないとき、脳の回路は【アイドリング状態】
・あ! あの人がああいうことを言ったのは、こういう意味なんだな
・あ! あの件、自分は気にしていたけど、本当はそんなこと気にしなくていいんだよな
→デフォルト・モード・ネットワークが活性化
→ストレスが消えていく———-
茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心の関係を研究。『すべての悩みは脳がつくり出す』など著書多数。———-
(脳科学者 茂木 健一郎 構成=三浦愛美 撮影=横溝浩孝 写真=iStock.com)