ボーッと生きてると人生がうまくいく理由

イライラしたり、体調不良も多い――。ストレスは目に見えないだけに、正体不明な化け物のようだと怯えていないだろうか。ストレスの実態を知り、行動法を学べば、誰もがよりストレスフリーな生活を手にすることができる。

■私もストレスに振り回されていた

人間の生活は、日々ストレスと無縁ではいられません。かくいう僕も若い頃はずいぶんストレスに振り回されてきたものです。当時の僕は神経質で人見知り。自分の理想の生き方と、現実との狭間でも悩み、イライラしたり体調不良も多かった記憶があります。

しかし、30代を過ぎた頃でしょうか、脳科学と出合いストレスのメカニズムを知ることで、自分のメンタルをだいぶコントロールできるようになりました。ストレスの実態を知り、行動法を学ぶことで、誰もがよりストレスフリーな生活を手にすることができるのです。ここではいくつかのステップにわけて解き明かしたいと思います。

まず基本的なおさらいです。なぜ人間はストレスを感じるのでしょう。人間の脳はストレスを感じると、ノルアドレナリンやドーパミンといった神経伝達物質が過剰に放出され、前頭前野の機能が低下します。

■「異常なし」の体調不良の原因とは

前頭前野は脳の進化の中でも比較的新しい領域で、記憶や感情のコントロール、洞察力や判断力といった高度な機能を果たしています。ここが低下することで、前頭前野よりも進化的に古い扁桃体などの脳領域が活発化し、動物としての本能的な恐怖や不安感、衝動性などが強まってしまうのです。

動物にとって一番のストレスは何でしょう。それは生存を脅かす危機的状況です。

肉食獣に襲われる(自分より強い相手に威圧される)、テリトリー争い(社内での権力争い)、メスをめぐるオス同士の戦い(恋愛をめぐるもつれ)などに対して、僕たちは一番のストレスを感じるわけです。そんなとき、血中内ではストレスホルモンであるコルチゾールが強まり、心拍数や血圧の上昇、食欲の低下などが起こります。「どうも最近めまいがする」「食欲がわかない」「夜眠れない」といった身体的不調を感じるのはそのためです。僕自身も若い頃はよく健康診断でひっかかったものの、再検査すると何も異常は見つからない。つまりストレスからくる不調だったんですね。

▼ストレスは脳の2つの部位が生み出していた!
【前頭前野】
記憶や感情のコントロール、洞察力や判断力など高度な機能を果たす
<前頭前野の機能低下>
・やる気のなさ
・思考力・判断力の低下、興味・関心の減退
→扁桃体の活動にブレーキをかける機能が低下


【扁桃体】
本能的な恐怖や不安、悲しみなどの情動に関わる領域
<扁桃体の過剰活動>
・悲しみや憂鬱
・不安、焦燥などの症状が出現

さて、メカニズムはわかりましたが、どうすればストレスをコントロールできるのでしょうか。最初のキーワードは「メタ認知」です。

僕たち人間は、今日着ている服や髪形がどうなっているのか、鏡を見て確認することができますよね。しかし、自分がいまどういう感情を抱き、どのようなことを考えているのかなどの、内面に関することは鏡に映し出すことができません。そのような状況を、あたかも第三者の視点から眺めるように、把握できる能力を「メタ認知」と呼びます。

■「暇すぎる=ストレス」の人もいる

「メタ認知」は前頭前野の働きですが、これが結構難しい。僕もこれができるようになるまでだいぶかかりました。子どもの頃からアインシュタインに憧れ、彼のような立派な学者になりたいと願ってきた僕は、当時の「ありのままの自分」や「何者でもない自分」を認めることができなかったのです。

人間関係に不器用な自分も許せなかった。つまり、「こうあるべき」という理想や義務感が強すぎる間は、自分自身を冷静に見つめる「メタ認知」ができないということです。例えば、本当はほかにやりたいことがあるのに、「せっかく大企業に就職できたのだから」と自分にいい聞かせている人もいるかもしれません。

人によってストレスを感じる環境は多様で、一概に「忙しい=ストレス」とは限らず、なかには「暇すぎる=ストレス」の人もいるのです。自分がどのような状況下でストレスを感じ、反対にどのような環境では一番くつろげるのか、「メタ認知」を働かせることができるようになると、自分でも気づかなかった意外な一面が見えてくるかもしれませんよ。

▼なぜ自分自身を「幽体離脱して上から見る」と、冷静になれるのか?
【気づいている領域】
●怒っている自分


【気づいていない領域】
●自分の表情、しぐさなど
●他人の表情、しぐさなど


【「メタ認知」をすれば冷静になれるメカニズム】
興奮しているな、イラついているな、目が吊り上がって、目の前にいる人に声を荒らげているな
→恥ずかしいな、みっともないな
→冷静になれる!

■相手の長所をフォーカスする練習を積む

ストレスで最も多いのは、人間関係に関するものではないでしょうか。特に上下関係が厳しくウエットな日本の組織では、威圧的な上司と、言いたいことが言えない部下の間で、いまだにミスコミュニケーションが起こりがちです。

ヒトなど霊長類には「ミラーニューロン」という神経細胞があります。他者の行為をあたかも自分の行為であるかのように脳が捉え、共感能力に発展させる能力です。

先ほど「メタ認知」を鍛えることで、自分自身を理解できると述べましたが、それを発展させることで、他者への理解力はかなり進みます。大切なのは、相手のいい面を探すということです。

そもそも自分も含めて、100点満点の人間など存在しません。短所と長所は常に表裏一体で、あなたが苦手と思うその人の欠点は、反転すれば長所に転じることもあるのです。「しつこい」人は「粘り強い」人でもあり、「ヘラヘラ軽い」人は「周囲への気配り」をしているのかもしれません。「口うるさい」人は「努力家」の表れなのではないでしょうか。相手の長所をフォーカスする練習を積んでから、僕は「苦手なタイプ」がほとんどなくなりました。

■「ストレス=悪いこと」という考え方を変える

もう1つ気をつける点、それは他者をジャッジしないということです。例えば、どう考えても思考が明晰でない上司、やり方が強引すぎる同僚、何度仕事を教えても覚えない部下に対して、「あいつはアホだ」「強引すぎる」「君はバカか」というのは、あなたの勝手な価値判断(ジャッジ)です。

せいぜいあなたが言っていいことは、「私には理解できないところがあるのですが」「そのやり方は力強いけれど、僕には無理だ」「どこがわからないのか、教えてくれるかな」といった自分の疑問や率直な思いだけです。相手の人格ではなく、行為に関してのみ言及する、これは人間関係を円滑に行ううえでの大前提です。

ストレス=悪いことと思いがちですが、実はこれを味方につけることで、高パフォーマンスを引き出すことができることをご存じですか。

ストレスを感じると脳内でノルアドレナリンが放出され、副腎髄質からはアドレナリンが分泌されます。イライラや不安感が強すぎるとうつ状態や、トラウマなど深刻化する場合もありますが、うまくアドレナリンを活用することで、仕事や勉強に活かすこともできます。その好例が「タイム・プレッシャー」です。

■「ストップウォッチ」が最高の集中状態を引き起こす

僕は子どもの頃からストップウオッチを傍らに置いて勉強をする癖がありました。「このドリルを5分で片づける」と自分で決めて一気に集中するのですが、終了後の爽快感は相当なものです。ドリルを終えること、そのものが脳にとっての最高の報酬になるからです。

大人になったいまではストップウオッチがなくても様々な仕事を短時間で仕上げられるようになりました。「タクシーの移動時間20分で原稿を一本仕上げる」といった具合で、この「タイム・プレッシャー」がなければ、現在の僕の仕事は回っていないでしょう。

「タイム・プレッシャー」には、仕事の効率化を図る以上に、最高の集中状態「フロー」を引き起こすメリットもあります。

過集中とも呼べる状態で時間を忘れるほど没頭し、素晴らしい成果を出す、それが「フロー」の状態です。トップレベルの芸術家やアスリートなら頻繁に経験していることです。ちなみに「フロー」の進化系には「ゾーン」という状態もあり、こちらは例えるならフィギュアスケーターが、自ら滑った軌跡が光り輝いて見えるなどの常人には味わえない境地です。トップアスリートでも一生で数回しか経験できないといわれており、非常に貴重な経験です。僕たちは「ゾーン」までは味わえないかもしれませんが、「フロー」状態は訓練で生み出すことができるのです。

ただしここでも大切なのは、あくまで自ら負荷をかけることです。他者からのプレッシャーは新たなストレスにしかならないということです。

■なぜ私は毎朝1時間、走り続けるか

最後にご紹介したいのは、脳の「デフォルト・モード・ネットワーク」機能を味方につけることです。

私たちの脳は、通常、読み書き、計算などのときに活動しています。ところが、何もせずにボーッとしているときにこそ活動する回路があることが近年わかってきました。それが「デフォルト・モード・ネットワーク」です。

これはいわば脳のアイドリング機能で、瞑想や禅を行っているときなどに活発化し、脳のメンテナンスを行うと考えられています。自分でも意識に上がってこない心の整理をしたり、新しい気づきを得たり、ストレスを解消したりといったことを行ってくれている、非常に大切な機能なのです。

とはいえ禅などはなかなか日常生活に取り込むことが難しいですよね。そこで皆さんに提案したいのが、散歩やランニングです。実際に僕も毎朝1時間ほどランニングしているほか、仕事と仕事の間の移動はなるべく歩くようにしています。公園の緑などを眺めながら無心に歩くと、「あの人の言った意味はこういうことだったのか」「自分の心はこういう感情にあったのだな」といったことが、思うともなく整理されていくのだから面白いことです。

■なぜボーッとしている時間が必要なのか

現代人はちょっとした隙間時間でもつい携帯電話を取り出しがちですが、ぜひ、日常的にこの「デフォルト・モード・ネットワーク」を働かせることを心がけてみてください。必ずや、ストレスから解放される心地よさを感じるはずです。

▼なぜ、何もしないでボーッとしている時間が必要なのか?
●仕事をしているとき、脳の回路は【活性化】
・上司は本心では怒っているのでは?
・納期までにスケジュールは間に合うだろうか?
→ストレスがたまりがち


【デフォルト・モード・ネットワークがストレスを消し去るメカニズム】
●何も考えていないとき、脳の回路は【アイドリング状態】

・あ! あの人がああいうことを言ったのは、こういう意味なんだな
・あ! あの件、自分は気にしていたけど、本当はそんなこと気にしなくていいんだよな
→デフォルト・モード・ネットワークが活性化
→ストレスが消えていく———-

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心の関係を研究。『すべての悩みは脳がつくり出す』など著書多数。———-

(脳科学者 茂木 健一郎 構成=三浦愛美 撮影=横溝浩孝 写真=iStock.com)