個人的に気になること

色々なものが雑多にファイリングされています。

教育熱心な親が「人のせいにする子」を作るワケ

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宿題廃止、定期テスト廃止、固定担任制の廃止。教育の「当たり前」を覆し、世間の注目を集める中学校があります。それが千代田区立麹町中学校。「今子どもを入れたい中学校ナンバーワン」とも呼ばれるこの学校の改革の中心となった工藤勇一校長はいいます。実は子どもの自律を奪っているのは、大人の都合なのだと。

「子どもによかれ」の育て方が逆効果の理由とは? 教育熱心な親が陥りがちな間違いとは? 親に向けた初の子育て本『麹町中学校の型破り校長 非常識な教え』を上梓した工藤校長に聞きました。

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■変革する時代に合った子育てを

子どもたちの時代は、1つの会社に就職して定年まで勤め上げるような社会ではありません。 AIやIOTなど科学技術の進展は著しく、経済構造は大きく様変わりしています。時代の変革期にあってますます大切になってくるのは、自分で考えて、判断し、行動できる力「自律」ではないでしょうか。

親は少しでもよい環境に子どもを置いてあげようと、早いうちから「理想」に引っ張り上げようとします。幼児期からのSTEM教育、英語教育、プログラミング教育などなど……。しかし「子どものために」という熱心な取り組みが、逆に「自律」を身につけるチャンスを奪っているとしたら――。

私は、6年前に千代田区立麹町中学校に校長として赴任してから、学校のさまざまな 「当たり前」をやめました。麹町中の教育改革は、従来の教育からすると、「非常識」なことばかりです。

・宿題廃止
・定期テスト廃止
・頭髪、服装の校則を撤廃
・固定担任制を廃止

さらに「協調性こそが大事なのではない」「みんな仲良くしなくてもいい」「心は変えなくていい、行動を変えよう」と教える。文化祭の開催を生徒に全面的に任せるなどに取り組みました。

今の教育で「常識」とされていることは、私に言わせれば、子どもの自律を奪うものばかり。子どもの主体性や意欲、創造力といった能力が潰されているのです。

麹町中学校の最上位の目標は、「自律した子ども」を育てること。それは、言い換えれば「人のせいにしない子ども」です。そのうえで「人間はみんな違うし、対立が起きるのは当たり前である」「違いを乗り越えるためにどうしたらいいか」を教えていきたいと思っています。「世の中まんざらでもない。結構大人ってすてきだ!」。生徒たちにそう思ってもらうことが目標なのです。

■子ども同士のいざこざを仲裁していませんか?

では、子どもの自律を育むために、周囲の大人がいちばん意識しなければいけないことは、何でしょうか。

それは、ひたすら「待つ」ことです。

ひたすら「待つ」。これがいかに難しいかはよくわかります。とくにたくさん手をかける子育てをしてきた人が、それと真逆の育て方をするのは相当勇気がいることです。でも、焦って子どもを無理やり引っ張りあげようとした瞬間から、子どもの自律のチャンスを奪っていくことになります。

わかりやすいシーンとして、子どもが遊ぶ、公園の砂場を考えてみましょう。

砂場の近くではお母さんたちが子どもたちの遊ぶ姿を見守っています。そこで、ある子が別の子からシャベルを奪って返してくれないとしましょう。奪われた子は「返してくれない!」と泣き出しました。

すると何が起きるでしょうか。

シャベルを奪った子の親がものすごい剣幕で飛んできて、自分の子からシャベルを取り上げます。そして、泣いている子とその親に丁重に謝罪をし、「〇〇ちゃんも謝りなさい!」と自分の子をきつく叱るでしょう。

こうしたやり取りは日本では当たり前の光景です。むしろ、こうしたシーンで親が口を出さないほうが周囲から非常識だと思われるくらいです。これは、子どもの自律よりも「仲良し主義」が優先される社会の証左なのです。

もちろん、善悪の教育も大事なので、ここで完全に放任するのは難しいかもしれません。ただ、大人が介入するタイミングをもう少し遅らせたら、どんなことが起きると思いますか。 

もしかしたらシャベルを奪った子は泣き出した子を見て、しばし逡巡したあと、自分の判断でシャベルを返したかもしれません。すぐに返さなかった場合でも、後日、砂場に行ったときに「○○ちゃんはシャベルを返してくれないから嫌だ」といって誰も貸してくれず、自分の行いを反省するかもしれません。いずれの場面でも、子どもは実体験から社会を学んでいくわけです。

幼稚園くらいまでは大半の親が、余裕をもって子どもの振る舞いを眺めているものですが、例外なのが小学校の受験組。早い子は3歳くらいから塾に通うことになります。公園で遊びたいと泣く子どもを塾に連れていき、礼儀を覚えさせ、塗り絵をさせ、絵を描かせる。

小さいときから四六時中、親がそばにいて、あれをしなさい、これをしなさいと言われて育った子どもは、自分で考えて行動するのが苦手になります。勉強もそうです。学習習慣をつけさせたいと思って、無理やり机の前に座らせようとするほど、子どもは自らの意思で学ぶ力を失っていきます。

■大人しいけれど「不幸を感じるのが得意な子」

そんな子の多くは小学校の高学年から中学生ぐらいになると、うまくいかないことがあったときに自分で解決しない子に育ってしまいます。感情が外に出る子は人のせいにし、感情が内にこもる子は自己否定に走ります。一見すると「おとなしくていい子」のように見えて、実は「不幸を感じるのが得意な子」になる恐れがあるのです。

自律、という点でもうひとつ重視したいことがあります。それは「子ども本来の好奇心を奪わないこと」。

先日お会いした編集者の方はお子さんがまだ2歳。その方からこんな相談を受けました。

「子どもが中学生になったときに、冷めた子になってほしくないんです。熱中できるものを見つけてもらうためには、選択肢をたくさん見せることですか?」

確かに子どもに知らない世界を教えたり、いろんな体験をさせてみることはいいことだと思います。しかし、私の答えはもっとシンプルです。子ども本来の好奇心を奪わないようにすればいいのです。

本来、子どもはそもそも好奇心の塊で、その好奇心に突き動かされて、勝手にいろいろなことにチャレンジしながら成長します。それなのに、小学校に入って、一律に座りなさいと言われるあたりから、その子の独自性が徐々に奪われていきます。

例えば下校途中にある大きな水たまりを、崖の両岸に見立てて、「この崖を跳び越えるぞ!」と目をキラキラさせた子どもを見かけませんか。些細な遊びに見えますが、目の前のものを別のものに見立てて状況設定をし、ストーリーの主人公になりきるという思考活動だけでも創造力が鍛えられています。一見跳べそうにない距離を頑張って跳ぼうとする一連の行為は、挑戦意欲や試行錯誤の力、身体能力などを鍛えます。

もし子どもの自律と好奇心を優先したいのであれば、そういう体験を、

「洋服が泥だらけになるからやめなさい」

「意味のないことをやっていないで宿題をやりなさい」

といった大人の尺度でストップをかけていくことは慎んだほうがいいと思います。

アニメ、アイドル、電車、プログラミング、ゲーム――。たとえそれが大人に理解できないことであっても何かに熱中できるのは幸せなことなのです。

■ゲームにばかり没頭する子への声のかけ方

ただし、没頭していることが完全な趣味として自己完結していて、その状態が長引いているのであれば、アドバイスできることがあるかもしれません。

もちろん、趣味として楽しむことはいいのです。しかし、あらゆる知識やスキルは、誰かに伝えた瞬間から「意味のあるもの」「価値を発揮するもの」に変化すると教えてもよいのではないかと思います。

例えば、「好きなアニメのことをTwitterでツイートしたら、めちゃくちゃ喜ばれた」といった体験をどんどんさせることが大切です。なぜなら、自分が世の中に対して価値貢献できている感覚を子どものときから積むことが、社会に出たときに積極的に外部に働きかけていく姿勢、つまり「主体性」に影響してくるからです。

1人の世界で没入していた何かに、たった1つの「いいね!」がつくだけでいいのです。反応がもらえると他者に意識が向かうので、それ以降、趣味を楽しむときにも「発信」を意識して考えたり、情報収集したりできるようになります。

子どもが内向きに没頭しているとき、それを外に向けるアプローチに変えさせるよう、きっかけは大人がつくってあげてもいいと思います。

もちろん、うわべだけ話を合わせようと、無理にその領域に詳しくなる必要はありません。わからないなりに質問をする。それも立派なフィードバックです。

「なんかこれ面白そうだけど、説明してくれない?」

といって話を聞き、

「なるほど。これってお父さんはこう感じたんだけど、君はどう思うの?」

といったように、単なるうなずき以上のフィードバックをちゃんとしてあげる。そのときに、本人も気がついていない価値(その子の得意なことやプロセス)を言語化してあげられると理想的です。

工藤 勇一:千代田区立麹町中学校校長