「18度未満の寒い家」は脳を壊し、寿命を縮める

■「冬場に1度温かい家に住むと、脳神経が2歳若くなる」

冬に寒い家に住んでいると、“脳の神経細胞の質”が悪くなるという衝撃的な事実が明らかになった。

慶應義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授らが2016年から毎年調査を積み重ねるなかで、最新解析では「冬場に1度温かい家に住むと、脳神経が2歳若くなる」ことがわかったのだ。

「40代から80代まで150人の脳画像を基に、脳の神経線維の質などを点数化すると、冬季の居間室温が低い家と比べて、5度暖かくなることで脳年齢が10歳若く保てるのです。当然認知症の発症も遅くなるでしょう。寒い家では室温の変化が激しい。それによって血管の拡張収縮が繰り返されて動脈硬化が進行しやすく、脳が早く劣化してしまうと考えられます」(伊香賀教授)

ほかにも、寒い家では高血圧症や動脈硬化を発症しやすく、夜間頻尿リスクが高まる。さらに自律神経や睡眠を乱すなどの研究報告がある。

それでは室内を何度に保てばいいのか。

■廊下・脱衣所の平均値は約12度、居間でも16度

WHO(世界保健機関)は2018年11月、冬の住宅の最低室内温度として「18度以上」を強く勧告した。高齢者や小児はもっと温かい温度が推奨されている。

ところが、伊香賀教授が委員会幹事を務める国土交通省の調査では平均年齢57歳の住居2000戸を調査すると、居間では6割、寝室・脱衣所に至ってはなんと9割もの家が18度に達していなかった。廊下・脱衣所の平均値は約12度、居間でも16度だったのだ。

英国では「家の寒さと死亡率の関係」を数十年にわたり調査し、その結果を「住宅の健康・安全性評価システム」として公表している。それによると16度を下回ると呼吸系疾患に影響が出て、12度以下になると血圧上昇や心血管リスクが高まるとされている。

(前述の)国土交通省の調査でも、朝の居間の室温が18度未満の住宅に住む人の総コレステロール値、悪玉コレステロール値が有意に高く、また心電図表の異常所見も多くなることが明らかである(図表1)。

健康診断の数値が良い暖かな住まい

国土交通省報道発表資料(2019年1月24日)~断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)~

■アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎が明らかに改善

室内を暖かく保つには「住宅の断熱性」が求められる。断熱とは文字通り、冬は外へ逃げていく熱を、夏は内側へ入ってくる“熱を断つ”こと。一番は壁や床などの断熱改修工事をすることで、コストはざっと100万円以上かかるが、これによりさまざまな健康状態が改善することがわかっている。

近畿大学建築学部の岩前篤教授が、約2万4000人を対象に「ほぼ無断熱の家から、そこそこ断熱された家に引っ越した人」を対象にした調査では、気管支喘息、のどの痛み、手足の冷え、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎などの8つの症状について明らかな改善が見られた(図表2)。

断熱グレードと改善率

近畿大学岩前篤教授らの研究による

しかし、実際にはそこまでコストをかけられない人が多いだろう。その場合、手軽にできて効果的な断熱ポイントは「窓」だ。夏は主に窓から日射熱が入ってくるが、反対に冬は室内の熱(暖かさ)の約60%が窓から逃げていく(図表3)。

(一社)日本建材・住宅設備産業協会省エネルギー建材普及促進センターより

■足元がヒンヤリするのは「コールドドラフト現象」

特に暖房しているのに足元がヒンヤリする、窓から冷気が漂ってくるのは「コールドドラフト現象」と呼ばれ、窓からの冷気が部屋の内部に流れ込んでいる状態。1箇所につき3万~10万円程度の「内窓(二重窓)」を取り付けるか、複層ガラスでできている「高性能の窓」に交換するのがお勧めだ。古いタイプの住宅であっても、窓を見直すことで最新性能の住宅環境に近づくことができる。

近畿大学建築学部の岩前篤教授

近畿大学建築学部の岩前篤教授

その予算もない場合は、窓にプチプチタイプの断熱シートを貼ったり、厚手のカーテンをつるすと室内の暖かさを保ちやすいだろう。腰高窓でもカーテンを床まで垂らしたり、カーテンの裾と床の間に隙間ができてしまう場合はクッションを埋めたりすると、多少の効果が得られる。

とりわけ日常で使うことの多い「リビング」、その日の疲れを癒やす「寝室」の窓は“熱が逃げない対策”を心がけたい。

室温が13度未満になると、睡眠にもかなりの影響をおよぼす。

■けちらずに暖房器具を使うことで、ぐっすり眠れる

「冬のある日、石川県の同じ町でも、温かい家と寒い家があります。私たちが調査した約280世帯のうち、75%が寝室の室温が13度を下回っていました。国土交通省が2017年に発表した全国調査でも、約55%の家の寝室が13度未満。睡眠時に寒すぎる家が多いんです」(伊香賀教授)

寝室の室温の低さは寝つきを悪くし、熟睡時間を短くして、翌日の作業効率を低下させる。また、就寝前の23時時点の居間の室温が18度以上に住む人と比べて、12度以上18度未満の住宅では頻尿リスクが1.2倍、12度未満では5.3倍もリスクが高まるという。

窓を見直しても寝室が寒い家は、光熱費をけちらず暖房器具を使用したい。その場合、窓側に暖房器具を設置すると、窓からの冷気を押しとどめ、暖房効率を上げることができる。

■「乾燥を感じる」と中途覚醒する確率が2.9倍に悪化

暖房を使用するにあたって問題になるのが空気の「乾燥」だ。伊香賀教授らの研究で、寝室の乾燥を感じる群は感じない群と比べて中途覚醒する確率が2.9倍、いびきをかく確率が1.6倍高まり、睡眠の質も2.5倍悪くなることがわかっている。エアコン暖房に加湿器を併用して、冬場の湿度を40~60%に保ちたい。

写真=iStock.com/Sebastian Gorczowski ※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Sebastian Gorczowski

加湿器にはいくつかのタイプがあるが、エアコンとの併用の場合は運転コストが安価な気化式加湿器がいいだろう。ただし、カビが生えやすいので、こまめな清掃が必要だ。ちなみにスチーム式の加湿器は、メンテナンスが減る分、電気代が気化式と比べて約3倍になる。

また、室内の仕上げが人工材料か自然素材かが、自律神経や睡眠時間、翌日の作業成績に影響するという報告もある(伊香賀研究室より)。

■自然素材のスギ無垢材の部屋では「鎮静効果」

研究では、(1)床を木目柄ビニール(天井は白クロス)、(2)床と天井を木目柄ビニール(視覚が自然風)、(3)自然素材のスギ無垢材の部屋(視覚も香りも自然)に男性大学生を振り分け、3泊してもらった。それぞれの部屋の入室者の就寝前の自律神経を測定すると、自然素材のスギ無垢材の部屋で“鎮静効果”が確認できたのだ。

「(2)床と天井を木目柄ビニールの部屋でも、鎮静に傾きました。自然素材ほどではありませんが、視覚だけが自然風の刺激でも体に良い影響を与えるということですね」

写真=iStock.com/phototropic ※写真はイメージです – 写真=iStock.com/phototropic

ノンレム睡眠(深い眠り)にも影響が出た。(3)自然素材のスギ無垢材の部屋に泊まった学生は、(1)床を木目柄ビニール、に比べてノンレム睡眠の時間が平均して約25分も長かったのだ。

■部屋の環境によって「偏差値で9ぐらいの差」が出る

さらに(3)の自然素材のスギ無垢材の部屋は、翌日の作業成績も高めた。(1)の部屋より(3)の部屋に宿泊した大学生のほうが、単純作業(タイピング)では9点、マインドマップ(連想ゲーム)では6点、成績が良い。これは偏差値でいうと「単純作業では9ぐらいの差」(伊香賀教授)というから驚きだ。

最近はビニールクロスの上から自然素材の壁紙を貼るタイプもある。手先が器用な人なら、自分でやってみてもいいかもしれない。

本格的な冬を迎える前に、まずはWHOが勧告する18度以上の室温を目指すこと。窓やカーテンを見直したり、部屋の隙間を埋める工夫をしよう。そして余裕があれば湿度、それから室内の仕上げ材料にも目を向けたい。

温かい家でゆっくり眠って心身の疲れを回復させ、翌日の仕事に備えるとともに、これからもずっと使う“脳神経の質”を大切に。

———-笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経てフリーランスに。著書に『不可能とは、可能性だ パラリンピック金メダリスト新田佳浩の挑戦』(金の星社)、『週刊文春 老けない最強食』『週刊文春 温かい家は寿命を延ばす』(ともに文藝春秋)『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)がある。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)