日本は石炭火力で多くの人々の命を救える

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 アメリカの雑誌『タイム』の「今年の人」には、スウェーデンの少女、グレタ・トゥーンベリが選ばれた。科学者でも専門家でもない(高校にさえ行っていない)子供がこれほど注目を浴びるのは、地球温暖化問題が科学ではなく宗教になったためだろう。宗教に必要なのは事実や論理ではなく、わかりやすいアイコンである。

 世界の多くの人が環境問題に関心をもつのは悪いことではないが、宗教は信じるか信じないかの二者択一になりやすい。かつて環境運動のスローガンは「原発か反原発か」だったが、今は「石炭か反石炭か」になりつつあるようだ。

化石燃料が多くの人の命を救う

 12月に開催されたCOP25(国連気候変動枠組条約締約国会議)では、石炭火力発電所を増設する方針を示した日本の小泉進次郎環境相が環境NGOの批判を浴びた。環境NGOが「化石賞」を出したと日本のマスコミが騒いだが、これはCOPの開催中、毎日やっている騒ぎで、報道するような話ではない。

 COPで演説したグレタは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のデータを引用して「もう人類には残された時間がない」と主張し、「地球の平均気温が1℃上がれば気候危機で人々が死んでゆく」と警告したが、IPCCはそんな報告を出していない。

 IPCCが11月に発表した海洋・雪氷圏特別報告書(SROCC)では、従来の気温上昇予測(第5次評価報告書)にもとづいて海面上昇がどうなるかを予測している。

 それによれば、今世紀末までに地球の平均気温が今より4.8℃上昇する最悪のシナリオでは、北極や南極の氷が溶け、2100年に世界の海面は最大80cmぐらい上昇する。これによって熱帯では洪水が増え、太平洋の小島が水没する。サイクロンや豪雨が増え、海洋熱波は20倍以上に増えるという。

 このように被害は熱帯に集中している。先進国で考えられるのは、最悪でも毎年1cmぐらいの海面上昇で、これは堤防で対応できる。そのコストは温室効果ガスの削減よりはるかに小さい。日本にとっては、地球温暖化問題は緊急でも最優先でもないのだ。

 気温の1℃上昇で「人々が死んでゆく」というのも逆である。100年前には人類は今よりはるかに貧しく、寿命は短かった。冷暖房や輸送や食糧によって、平均寿命は2倍以上に伸びた。化石燃料は、過去25年間だけでも10億人以上を貧困から脱却させ、命を救ったのだ。

災害の被害が増えた原因は温暖化ではない

 東京の平均気温は、最近100年間で3℃上がった。そのうち地球温暖化の効果は0.74℃で、残りの2℃以上は都市化によるヒートアイランド現象だが、それに気づいている人はほとんどいない。

 IPCCの平均的な予想では、地球の平均気温は今後80年で3℃ぐらい上がると推定されている。これは過去100年の東京と同じだが、これによって異常気象が増えた事実はない。むしろ日本の災害による人的被害は大きく減った。

 1959年の伊勢湾台風では5000人以上の死者が出たが、最近では2018年の西日本豪雨で260人が死亡したのが最大である。その原因は災害が減ったからではなく、インフラが整備されたからだ。経済的被害は増えたが、それは住宅が都市に密集したからだ。

 熱帯で自然災害の人的・経済的被害が増えた原因は温暖化ではなく、都市への人口集中と貧弱なインフラである。地球規模でみると、SROCCも指摘するように熱帯のインフラ整備は不足しており、これが洪水などの被害が増えた最大の原因である。

 つまりグローバルにみると、地球温暖化は熱帯の防災問題なのだ。その被害は再生可能エネルギーで防ぐことはできない。電力は1次エネルギー供給の25%なので、いくら再エネを増やしてもエネルギー全体の数%である。

 世界の温室効果ガスの半分以上を出す途上国(中国やインドを含む)が化石燃料の消費を増やすかぎり温暖化は止まらない。彼らが豊かになってインフラ整備することが、最善の温暖化対策である。

新しい石炭火力はエネルギー効率を上げる

 では日本は何をすべきだろうか。今すぐやるべきなのは、原発の再稼働である。特に原子力規制委員会がOKを出した柏崎刈羽原発を動かさない合理的な理由はない。これを再稼働するだけで、首都圏のCO2排出は大きく減らすことができる。

 日本が石炭火力を増やす最大の理由は、このように原発の再稼働が予定通り進まないことだ。福島第一原発事故から9年近くたっても、動いている原発は9基だけ。このままでは、2030年に温室効果ガスを26%削減するというパリ協定の約束も実現できない。

 この状況で可能な次善の対策は、古い設備を新しい設備に代えて化石燃料のエネルギー効率を上げることだ。次の図でもわかるように、1973年から45年間に日本のGDP(国内総生産)は2.6倍になったが、エネルギー消費量は1.2倍。エネルギー効率(GDP/エネルギー消費量)は2倍以上になり、世界最高水準である。

最終エネルギー消費量と実質GDPの推移(経済産業省調べ)

© JBpress 提供 最終エネルギー消費量と実質GDPの推移(経済産業省調べ)

 エネルギー消費量は、2004年をピークとして絶対的に減っている。特に産業部門のエネルギー効率が上がったことが、温室効果ガス排出量が減った最大の原因である。新しい効率のよい設備に変えて燃料を節約すれば、温室効果ガスも減るのだ。

 これは石炭火力でも同じである。ガスタービンの排ガス熱を再利用して蒸気タービンを回すIGCC(石炭ガス化複合発電)という最新技術を使えば、燃料効率は50%になり、発電量あたりの石炭の消費量は、現在の石炭火力に比べて20%削減できるという。当然CO2の発生量も20%減るわけだ。

 それが日本が新しい石炭火力を開発し、その技術を輸出する理由である。アジアでは、まだ電力が普及していないため、薪を燃やして暖房などに使っている貧しい国も多い。 そういう国で不安定な再生可能エネルギーは実用化できない。

 インフラも食糧も十分でない世界の圧倒的多数の人々にとって最大の問題は、100年後の地球の平均気温を下げることではなく、貧困から脱却することである。日本は石炭火力を輸出して途上国のエネルギー効率を上げ、彼らの命を救うことができるのだ。