入国を制限されて「日本だけに対抗措置」をとる韓国のおかしさ

WHOの進藤奈邦子さんが一時帰国して訴えたこと

読売新聞(3月7日付)の1面にWHO(世界保健機関)のシニアアドバイザー、進藤奈邦子さん(56)の記事があった。新型コロナウイルス禍についてのインタビューだった。

進藤さんは国際社会で活躍する日本人女性のひとりとして知られている。もともとは脳外科医だったが、脳外科の世界に見切りをつけて感染症の世界に飛び込み、WHOで活躍している。

ブタ由来の新型インフルエンザが2009年にパンデミック(地球規模の流行)を引き起こした際には、一時帰国して政府に助言するなど対応にあたった。今回も一時帰国し、2月14日には横浜で新型コロナウイルスをはじめとする感染症対策について講演している。

新型肺炎の対策会議に参加した韓国の文在寅大統領(中央)=2020年2月25日、韓国・大邱市 – 写真=EPA/時事通信フォト

進藤さんは読売新聞の記者にこう話していた。

「感染症拡大の防止は誰かが1人でできることではなく、多くの人の『連帯』が必要だ」
「21世紀の感染症の制御で大切なのは、コミュニティー(共同体)主導型であることだ。コミュニティーとは、地理的なものに限らず、職場など社会的なものも含んでいる」
「成功させるには、国民がどれだけ理解し、協力してくれるかが鍵になる。国は客観的な事実に基づいて情報を提供し、それを受けて個人が自己責任で行動する。多くの人が個人として納得して行動することには、反発を招きやすいトップダウンとは違う大きな力がある」

これを読んで、新型コロナウイルス禍をめぐる日本と韓国の入国制限という泥仕合を情けなく思った。日韓の間には、進藤さんの主張する連携などは皆無だ。日本も韓国も自国第一主義をむき出しにしている。沙鴎一歩の目には、安倍晋三首相と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の2人の顔が、おぞましく映る。

■3月末まで韓国と中国からの入国を大幅に制限

安倍政権は3月5日、感染拡大を防ぐための新たな水際対策として次の3点の入国制限の強化を決め、3月9日から実施した。この入国制限は3月31日まで続けられる。

(1)韓国と中国からの日本人を含む入国者全員に対し、自宅や宿泊先で14日間待機するよう求める
(2)韓国と中国に発給済みの査証(ビザ)の効力を停止させる。両国の一部地域に限定していた入国制限をビザの効力停止によって両国全体に広げる
(3)韓国と中国からの航空機の到着は成田空港と関西国際空港に限る。両国からの旅客船についても旅客運送の停止を求める

これまでは規制の対象地域を、出入国管理・難民認定法によって韓国・大邱(テグ)市や中国・湖北省、浙江(せっこう)省など4地域に限ってきた。そのうえで4地域に過去2週間以内に滞在歴がある外国人らの入国を拒否してきた。

しかし入国制限が両国全体に広がったことから、9日からは韓国と中国から日本への入国は、かなり難しくなった。

■なぜか日本にだけ「対抗措置」を取る韓国の文政権

ところが、である。驚いたことに韓国が対抗措置に出た。韓国の文政権は6日、日本政府が決めた韓国からの入国制限の強化に対し、「対抗措置を取る」と発表。実際に日本と同時に9日午前0時からビザを免除する制度を停止し、さらには日本への渡航に関する警報を引き上げた。

この韓国の対抗措置、実に大人げない。韓国では感染拡大による混乱で文政権自体が批判にさらされている。不支持率が支持率を上回る状況が続いている。ここで日本に強い態度を見せなければさらに批判が高まり、4月の総選挙に大きく影響すると文在寅大統領が判断したのだろう。

これまでに100以上の国・地域が韓国からの入国制限を実施している。しかし韓国が対抗措置を取ったのは日本だけだ。韓国は流行の発祥地である中国に対しても入国制限を行っていない。なんとも文大統領らしい対応である。

■感染症を政治的に利用することは大きな誤りである

文大統領は「7000人を超える感染者数の多さは充実した検査態勢の裏返しだ。日本も同じように検査を行えば多くの感染者が確認されるはず。日本からの入国を厳しく制限するのは当然だ」と韓国の国民に日本への対抗措置の正当性をアピールしている。

しかし、感染症対策は「目には目を、歯には歯を」という単純な対抗措置では効力を発揮しない。前述した進藤さんの言葉にあるように「連帯」が必要なのである。世界中に感染が拡大するなかでは、国と国との協力が不可欠なのである。

相手は未知の感染症だ。私たちは不安と恐怖とも戦わなければならない。冷静に対処しないと新型コロナウイルスをコントロール(制御)することなどできない。文大統領に忠告する。「日本が間違っている」と感染症を政治的に利用することのほうが、大きな誤りである。

■日本と韓国の一番の敵は病原体の新型コロナウイルスだ

安倍政権も悪い。韓国という国が対抗措置を取ることぐらい分かっていたはずだ。対韓という国家間の根回しに欠けている。安倍首相は文大統領の扱い方をもっと勉強すべきだ。中国は何も言ってこないし、してもこないではないか。習近平(シー・チンピン)国家主席の来日延期を決める過程で中国側と調整が図れていたからだ。なぜ同じことが韓国にできなかったのか。

韓国からの入国制限はこれまで通りでなんら問題はない。それよりもクラスターと呼ばれる集団感染が散発している日本国内の現状を憂慮し、水際対策から国内対策にきちんと軸足を移すべきだ。

安倍首相も文大統領も思い出してほしい。

韓国人元徴用工訴訟で韓国の最高裁が、日企業に賠償を命じた判決(2018年10月30日)をきっかけに、日本が対韓輸出規制を強化して日韓関係がかなり悪化した。翌2019年8月23日には韓国が対抗措置として日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA、ジーソミア)の破棄を決定。GSOMIAの失効まで残り1日と迫った同年11月22日にどうにか、継続となった。あの日、日韓関係のさらなる悪化は回避され、日米韓の安全保障協力も維持されたではないか。

「自国だけ良ければいい」という自国第一主義は感染症には通じない。日本と韓国にとって一番の敵は、病原体の新型コロナウイルスだ。いがみ合っていてはどうしようもない。国と国との協調関係が重要だ。2国が協力して初めて新型コロナウイルスを封じ込めることができる。

■臨時休校の狙いは「子供を守ること」だけではない

「またも唐突な方針転換である。その必要性や効果について、納得のいく説明もない。『国民の不安感の解消』を目的に掲げながら、これではかえって混乱を助長しかねない」

皮肉っぽく書き出すのは、3月7日付の朝日新聞の社説だ。見出しも「中韓入国制限 説明なき転換、またも」である。

「また唐突」と朝日社説が指摘するのは、2月27日に安倍政権が全国に呼びかけた小中学校と高校の臨時休校のことだろう。

沙鴎一歩はこの臨時休校には賛成である。感染症は集団生活の中で蔓延していく。その代表が学校だ。特に新型コロナウイルスの場合、子供は感染しても発症しない不顕性感染や発症しても軽症で終わることが多いようだ。子供から子供に感染はすぐ広まる。

その結果、感染した子供が家で高齢者にうつす。高齢者は新型コロナウイルスに弱く、命を落とす危険がある。臨時休校は高齢者を守るための防疫作戦なのだ。

ただし問題が2つある。1つ目の問題は安倍首相が格好をつけて突然、公表したところ。2つ目の問題は、「子供を守ること」を強調し、この防疫作戦の本当の狙いである「高齢者を守ること」をしっかり説明しなかったところだ。子供を犠牲にして高齢者を守るのか、と批判されたくなかったのだろう。

■本当に中国の武漢で感染拡大が弱まってきているのか

朝日社説は書く。

「中国では武漢以外での感染拡大の勢いが弱まり、韓国は全土に感染が広がっている状況とはいえない」
「にもかかわらず、いま両国の全域を一律に対象とすることに、どれほどの意味があるのだろうか。感染者が急増しているイタリアやイランの扱いとも整合性がとれない」

朝日社説の字面を追っていくと、ついうなずいてしまうが、本当に中国の武漢で感染拡大が弱まってきているのだろうか。「隠蔽(いんぺい)」が当たり前の中国である。中国政府が出した感染者数を沙鴎一歩はうのみにはしたくない。もう少し様子をみたいと思う。

韓国にしてもこの先、感染拡大は続くだろう。韓国で2015年に発生した中東呼吸器症候群のMERS(マーズ)の感染拡大を考えると、こちらも様子見が必要だと思う。

最後に再び、安倍政権の問題に触れたい。すでに始まった学校の臨時休校にせよ、近くまとまるという特別措置法の改正にせよ、国民の理解がなければ成り立たない。官邸主導によるトップダウンには賛成できない。新型コロナウイルスを感染法上の指定感染症にしたときも、「安倍1強」による独断専行で決めたことから、批判の声を上げる専門家は少なくなかった。

進藤奈邦子さんの「感染症対策を成功させるには、国民がどれだけ理解し、協力してくれるかが鍵になる」という言葉をかみしめてほしい。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)