ロイヤルリムジン「乗務員600人全員解雇」で広がる波紋 単なるブラック企業か、それとも経営者の「英断」か

先日、東京のタクシー会社「ロイヤルリムジン」が、新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛で業績悪化し、さらに政府が緊急事態宣言を出したことで今後も回復が見込めないため、グループ5社に約600人いる乗務員全員を解雇する、というニュースが入ってきて話題になった。

 大々的に報道される前、一部SNS上では社長署名の社内文書と思われる画像が拡散しており、そこには次のように書かれていた。

「当社は生き残りをかけ、一旦事業を休止することを決断しました」

「混乱の中少しでも早く、皆様が円滑に失業手当をもらえるために決断した次第」

「タクシー事業の休業補償は歩合給と残業の給与体系のため、失業手当より不利」

「完全復旧した暁には、みんな全員にもう一度集まっていただき、今まで以上に良い会社を作っていきたい」

 「全員クビ」とはかなり乱暴でひどい話のように思われるのだが、この社長の熱意が伝わったのか、ネット上では「目からうろこ」「そんなやり方があるとは」などと、むしろ称賛する声も多い様子だった。また、同じ状況に陥っている同業者や、他業種の経営者からも今回の決断は注目されていたようだ。そのポイントは3つある。

 (1)倒産や破産などの会社が「なくなる」前提ではなく、あくまで「事業の一時的な停止」であること

 (2)解雇はするものの、ウイルスの感染拡大が収束した段階で再雇用すること、その際に希望者は全員受け入れる、と「約束」していること

 (3)このまま事業を継続して休業手当を支払ったり休業補償を得たりするよりも、一度解雇ということにして失業保険を受給するほうが、乗務員にとってかえって有利になると説明していること

 すなわち、「会社側からの一方的なクビ宣告によって乗務員が路頭に迷う」のではなく、「経営者の苦渋の決断により、乗務員のために現時点で最善の方法を選択した」という形をとっているように見えるのである。

●失業手当の仕組みとは?

 失業した場合は、次の勤務先が見つかるまでの期間、雇用保険から失業手当(正式名称は「基本手当」)を受給できる。ただしこの「失業」には「就職しようとする意思があり、求職活動もおこなっているが、職業に就けていない状態」という定義があるため、既に次の転職先が決まっている人や、家業や学業、自営業に進む人は手当を受給することはできない。かつ受給には一定の要件があり、

・自己都合退職の人:退職日以前の2年間に雇用保険加入期間が通算12カ月以上あること

・会社都合退職(解雇、リストラ、倒産など)や特定理由離職(雇い止め、病気、出産、配偶者の転勤など)の人:退職日以前の1年間に雇用保険に加入期間が通算6カ月以上あること

という条件に加え、ハローワークに求職の申し込みをしていることが前提となる。

 受給額は「基本手当日額」(1日当たりの受給額)と、「所定給付日数」(給付される日数)によって決まる。基本手当日額は「賃金日額(退職前6カ月の賃金合計÷180)×給付率(50~80%)」という計算式となっている。もう一方の所定給付日数は、勤務した期間と年齢、会社都合退職か自己都合退職かによって変わり、会社都合の場合は90~330日、自己都合の場合は90~150日となっている。

●タクシー会社の判断のポイント

 会社都合で従業員を休ませた場合、会社は従業員に対して「休業手当」を払う必要がある。しかしこのケースではタクシードライバーという職業柄、給与体系には歩合給的な要素があるため、人によっては手当の算出基準となる賃金総額自体が少なく、そこからの手当となると生活をまかなえないレベルになる可能性があるだろう。

 しかも今回は「緊急事態宣言」が出ており、外出自粛要請がある中での休業は不可抗力ともいえる状況だ。となると、見方によれば休業が「会社都合」ではなくなるため、休業手当が出ないということも起こり得る。また、現時点でそれに対する何らかの補償が約束されているわけでもないため、事業としての存続、雇用の保証がはなはだ不透明になってしまうわけだ。

 一方で、「解雇」となれば「会社都合退職」という分類になる。従業員が自分の意志で辞める「自己都合退職」との大きな違いは、「失業保険給付のタイミングが早い」ということと、「受給期間が長い」という点だ。自己都合退職の場合、保険受給できるのは最短でも3カ月+1週間後。会社都合退職ならば、それが1~2カ月後まで短縮される。そして受給期間は最大330日。それだけの時間的猶予があれば、公的な保険で従業員には食いつないでもらうことができる、という判断をロイヤルリムジンの経営者はしたわけである。これが「従業員にとって有利」といえる根拠だ。

●一方で「雇用保険の仕組みから逸脱する」との見解も

 このような「企業の業績悪化などを理由として一時的に解雇し、業績回復時の人員採用の際に優先して再雇用を約束する」という手法は、米国の自動車産業等で「レイオフ」として実際に行われているやり方でもあり、合理的とする声もある。しかし法制が異なる日本において、何も問題がないというわけではない。

 まず失業保険を受け取る乗務員にとっては、手当を受給するために継続的に求職活動をおこなっていなければならない。そして、ウイルス感染が落ち着き、この会社が再起するタイミングが給付期限内に間に合わなければ受給が途絶えてしまうことだ。

 そして会社側にとっての問題が、「同一事業所への再雇用」を前提として失業保険を受給させた場合、それは「不正受給」となり、受給した金額の3倍を罰金として支払わなければならなくなる可能性があることだ。ただしこれについては解釈の幅があり、「全く同一の事業所ではなく、グループ内の別会社への雇用ならセーフ」「求職活動をおこなったが、最終的に本人の意志によって元の会社に戻ったらOK」など、一概に違法となるとは断言できないようだ。

 この点は判断が難しいところだが、アクト法律事務所の安田隆彦弁護士は「タクシー会社経営者も、あらかじめ労基署や弁護士に相談の上で判断したはずだが、このような事態の前例はほとんどなく、確定的な判例があるわけでもないから、『円滑に失業手当をもらえる』とは言い切れないことについては重々留意すべき」との見解を示している。

●緊急事態に合わせた特例が必要

 その後の報道では、会社側の方針に「説明が十分ではない」と納得していない乗務員も一部おり、彼らは社外の個人加盟できる労働組合に参加し、会社側に団体交渉を申し入れたという。

 法律通りに解釈すれば、会社側が解雇に際して乗務員と「再雇用を確約した契約」を結んでしまうと失業保険の受給資格は得られないし、一方で「再雇用は単なる口約束」となると、今後の状況次第では反故(ほご)になってしまうかもしれない。いずれにしても、乗務員側に不利な話となってしまうわけだ。

 ちなみに過去、まさにこのような形で失業手当を「特例」で受給できる措置がとられたことがある。それは東日本大震災のときであった。「災害時における雇用保険の特例措置」として「事業所が災害を受けたことにより休止・廃止したために、休業を余儀なくされ、賃金を受けることができない方については、実際に離職していなくとも失業給付(雇用保険の基本手当)を受給することができます」「災害救助法の指定地域にある事業所が、災害により事業を休止・廃止したために、一時的に離職を余儀なくされた方については、事業再開後の再雇用が予定されている場合であっても、失業給付を受給できます」と定めたのだ。

 ロイヤルリムジンの判断は、先が見えない状況の中、現時点でとれるギリギリの手段だったといえるし、乗務員にとっては、いきなり倒産するよりはよかったのかもしれない。ただ、ほぼ事業停止状態でありながらも借入を起こしたり、経営者が自己資金を投入したりして、辛うじて休業手当を払っている事業者も多数ある中で、整理解雇の要件を完全に無視するかのような事案がここまで支持されていることについては複雑な思いを抱いてしまうのもまた事実。今後はこのようなケースが増え、基準が見直されたり、特例措置が実施されたりしていくことになるだろう。