DEAN&DELUCAのエコバッグがバカ売れのワケ

新型コロナは災厄であるとともに、既存の課題をあぶり出し、新しい時代への試金石となる役割も果たしている。こうした事態はグローバルに起こっているようだ。

2020年3月31日、アメリカDEAN & DELUCAの経営破綻が報じられ、日本でも知名度の高い同ブランドの存続を巡り、業界全体が騒然とした。

しかし実は日本のDEAN & DELUCAを運営するウェルカムは、すでに2016年に日本におけるライセンス永久使用権を取得。本国の経営状況にかかわらず、独立した運営ができるようになっていたため、影響を受けることはなかったという。

6月に『食卓の経営塾 DEAN & DELUCA 心に響くビジネスの育て方』を刊行したウェルカムグループ代表の横川正紀氏に、本国や日本におけるDEAN & DELUCAの失敗と成功、ウィズコロナ時代の事業経営について聞いた。

アメリカDEAN & DELUCAの破綻については、一般的には、ライバル業者やネットストアなどの台頭による競争激化の末、事業縮小していたところに、コロナの影響が追い打ちをかけたことが原因と考えられている。

同じブランドの運営者として、横川氏はどのように見ているのだろうか。

インテリアショップやカフェを運営していたウェルカムが、食材店であるDEAN & DELUCAを日本で展開し始めたのは2003年だ。

「われわれも軌道にのるまでには5年ほどかかり、その間には本当に危ない瞬間もありました。それでも継続できたのは、“本物の食が人を幸せにする”という根っこの部分を大切にしたため。逆に言えば、本国のDEAN & DELUCAは、われわれがスタートしたときはすでに創業者の手を離れていたのですが、そのところでボタンを掛け違えてしまっていた。

その後現在に至るまで、ラグジュアリーブランドに着目したり、健康食やアートとのコラボなど、努力はしていたのですが、本質を欠いていたために、戦いに敗れてしまったと考えています」(ウェルカムグループ代表の横川正紀氏)

転機は2006年、NY発にこだわらない事業へ

一方で日本のDEAN & DELUCAの転機となったのは、2006年に創業者の1人であるジョルジオ・デルーカに会い、アドバイスを受けたこと。そこから、NY発のブランドであることにこだわらず、国内外の丁寧にものづくりをしている生産者から商品を仕入れるという事業方法に切り換えた。

例えば、日本古来の調味料「煎り酒」を、製造法を守り続けている地域の生産者から仕入れて売り出したこともある。

また同社の出発点であるインテリア事業と食を組み合わせ、食器などの食卓周りを含めたライフスタイルとして提案したのも新たな試みだった。

これらが功を奏したのか、六本木ミッドタウンオープン(2008年)の少し後ぐらいから、事業は上向きになり始めた。ちょうどリーマンショックの頃である。売り上げが落ち込んで当然の時期に、いわば逆転勝利を実現したわけだ。横川氏は「偶然の積み重ね。ボールを半歩先に投げ続けてきた結果、気づいて受け止めてくれた人の連鎖で一気に加速した」と説明する。


DEAN & DELUCA旗艦店の六本木店(写真:ウェルカム)

時を同じくして、中国冷凍ギョウザの毒物混入事件などが起こり、食への安全意識が高まっていたことも追い風になった。

売り上げの約5%を占める「トートバッグ」

そしてもう1つ、ブランドの知名度向上に一役かったのが「トートバッグ」だ。「DEAN & DELUCA」のロゴが入ったシンプルなバッグは、ブランドを知らない人でも、見れば「ああ、あのバッグ」と思い当たるぐらい、広くイメージが浸透している。日本のDEAN & DELUCAでは2007年に発売し、大ヒット商品に。累計販売数は800万個以上に上っている。現在もDEAN & DELUCA事業の売り上げのおよそ5%を占める程になっている。


DEAN & DELUCAの顔とも言える、ロゴの入ったトートバッグ(写真:ウェルカム)

「アメリカでの発売は1995年ぐらいからで、本国では環境意識の高まりが背景にあった。われわれは最初はエコバッグとして売り出したわけではないのですが、もちろん、食と環境はつながっていますから、食を大切にするためには、環境への意識は欠かせない。その意味も込め、自分たちにできることとして販売しています」(横川氏)

こうしてひとたび、同社を救ったトートバッグ。実は今回のコロナでも大活躍をしたという。

日本のDEAN & DELUCAも4月、5月は店舗を休業、6月から再開するも、リモートワーク化の影響で、駅ビルなどに出店の多い同ブランドの売り上げは減少していた。

そこへ、7月からの包材有料化を受けたエコバッグブームが到来。店頭のDEAN & DELUCAのトートバッグ(エコバッグ)も飛ぶように売れた。
「われわれも予想しており、かなりの在庫を積んではいたのですが、予想を大きく上回り、7月1カ月間の販売数はスタンダードタイプのものだけで通常の120%ぐらいになっています。そのためか、コロナ期間の休業明け、売り上げは一気に前年同月比プラスになりました」(横川氏)

客の失望を招く事態にもなった限定エコバッグ

最初がリーマンショック、そして今回のコロナ。二度にわたって救ってくれたトートバッグを、同社では“神風”が吹いたようなものと表現しているそうだ。

なぜエコバッグはこれほど売れるのか。

エコバッグは1つあればよいというものでなく、車の中に置いたり、持ち歩くバッグにそれぞれ入れておくため、3~4つは持ちたいものらしい。同社でも、入荷を待っていた客がすぐに購入するため、入荷しても入荷しても品切れになってしまい、まるで一時期のトイレットペーパーのようだったという。

また7月8日に発売されたオンラインショップ限定の商品「ショッピングバッグ クリア」(税込2530円)も、発売と同時にアクセスが集中しシステムがダウン。復旧した頃には品切れとなっている一方でフリーマーケットアプリのメルカリに出品されるなど、一部の客の失望を招いた。同社としては購入個数を制限をするなど、転売対策は講じていたものの、限界があったようだ。

同商品は現在、再販売に向けて調整中とのこと。8月1日に発売したこれもオンラインショップ限定の「マーケットトートバッグ」(Lサイズ4400円、Sサイズ3300円)も、瞬く間に完売したようだ。


オンラインで即日完売した「マーケットトートバッグ」Lサイズ4400円、Sサイズ3300円(編集部撮影)

このようにエコバッグが救った一面もあるが、同社がコロナ下にあっても勢いを取り戻すことができた理由は、同社の多角的な事業運営にあると考えられる。DEAN & DELUCAひとつとっても、ショップとカフェを合わせて実店舗が全国に50以上。オフィス街、駅ビルといった都会型のショップのほか、郊外住宅地にも展開している。

扱う商品も、おそうざいやベーカリー、調味料といった食品から、食卓まわりの小物、日用雑貨まで幅広い。

「コロナ前と今では売れ方や需要にも変化がありました。前は都市部の店舗の売り上げが高かったが、現在は郊外路面店の売り上げが上がってきています。また売れる商品も、オンラインでの実績も含め、ギフト向けから調味料などのよりエッセンシャルなものへと推移してきています」(横川氏)

変化に対応しやすい事業形態

当然、オンラインショップも好調だ。オンラインの売り上げはコロナ前に比較し、3~4倍に。同社では目下、オンラインのさらなる強化をはかっており、従来の常温品に加えて冷蔵品を扱い始めたほか、ベーカリーなど、チルド品も開発中とのことだ。


横川正紀(よこかわ・まさき)/ウェルカムグループ代表。1972年東京生まれ。父は「すかいらーく」創業者の1人、横川紀夫氏。建築学科卒業後インテリアの道に進み、2000年にウェルカム前身であるジョージズファニチュアを設立。DEAN & DELUCAを含め食にまつわる事業で食べることが多くなる横川氏。趣味のトライアスロンはスリムな体型の維持と、頭のリフレッシュ双方に役立っているという(撮影:尾形文繁)

加えて、ウェルカムはレストランや居酒屋など食にまつわるブランドをDEAN & DELUCAのほかに5業態、「CIBONE」や「TODAY’S SPECIAL」などライフスタイルブランドを7業態展開している。これらのブランドが同グループによって経営されていることは、一般にはあまり知られていない事実だ。ほか、住空間や商業施設、ホテルなどのインテリアデザイン提案も事業として展開する。プロデュースしたホテル「sequence MIYASHITA PARK」が8月1日に開業したばかりだ。

「当社のようにマルチポートフォリオで事業を展開していると、すべてが上向きになるということはありませんが、その分どこかが引っ込めば、どこかがよくなる。変化に対応しやすいということです。今はコロナで生活への価値観が変わった。時短から、急がない生き方が幸せなのではと。そして食や、自分の家にお金をかけるようになる。オンライン会議に合わせて、部屋をちゃんとしたいなとか(笑)。おかげで、今はデザイン事業部が好調です」(横川氏)

現在、伸びているのは、スーパーなどの小売りや食品メーカー、ホームセンターなど、衣食住のうち“食”“住”にまつわる事業。

双方をカバーする同社が、コロナの痛手から早く立ち直れたのも不思議なことではない。ただ、同社の品は決して求めやすいというものではない。不便な生活の中でも、よりこだわった食材や身の回りの品によって少しでも豊かさを感じようという方向に、人々の意識が変わってきていることが感じられる。