石橋貴明が破壊するYouTubeとテレビの壁 加速するYouTubeのテレビ化

テレビの申し子がYouTubeに 「部室」 を作った

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石橋貴明さんといえば言わずと知れた芸能界の超大御所ですが、その足跡を振り返ると日本経済とテレビが最高に良かった時代と重なります。

とんねるずが世に出たのは素人オーディション番組。『お笑いスター誕生!!』など、当時はオーディション番組が盛んで、一般人がテレビに出ることがステータスという時代でした。漫才などの芸を磨き、寄席やライブで下積み生活を送り、実績を残してテレビに進出するということではなく、無名の存在からいきなりテレビ番組を使ってスターに成り上がったわけです。

その後の活躍は周知の通りで、『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』『ねるとん紅鯨団』『とんねるずのみなさんのおかげです』などのヒット番組を連発。さらに、お笑い芸人であるにもかかわらず音楽活動をスタートさせ、次々とヒットを飛ばしました。この型破りな活躍は、とんねるずが切り拓いた芸人さんの新しいスタイルです。

当時はテレビが流行の多くを作っていた時代。とんねるずは、まさに「テレビの申し子」と呼ぶにふさわしい存在でした。

タカさんはご自身の芸風をこう表現しています。

「部室芸」

もともと野球部の部室でチームメイトを笑わせるところから始まり、学生時代にやっていた悪ふざけをそのまま持ち込んだようなノリの笑い。

しかし、これが2000年代に入るとテレビにコンプライアンスの波が押し寄せ、どんどん窮屈になっていきました。例えるならば、テレビは学校。PTAや生徒の保護者から様々な意見が届き、部室芸ができなくなってしまった……といったところでしょうか。

『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終了し、タカさんはゴールデンのレギュラー番組が消滅。そんな中、コロナ禍が背中を押すようなかっこうでYouTubeに進出しました。YouTubeは自分のチャンネルですし、テレビほど影響力が大きいわけではありませんが、スポンサーもいないので、やりたいことができます。つまりタカさんは、YouTubeに新しい「部室」を作ったのです。

ここまで読んでいただくと、「YouTubeのテレビ化というより、テレビスターがYouTube化したんじゃないの?」と思われる方もいるかと思います。 では、この現象が続いていくと、YouTubeにはどんな変化が出てくるのでしょうか?

YouTubeの視聴者層を変えた石橋貴明とあの芸人

8月10日現在、『貴ちゃんねるず』のチャンネル登録者数は117万人。動画18本で叩き出した再生回数は、36,134,350回。平均再生回数はざっと200万回です。さすがは天下の石橋貴明。大御所と呼ぶにふさわしい数字です。

そんな中、僕がここで重要だと思っているのは、117万人という数字よりも「中身」。つまり、117万人の性別や年齢です。僕は『貴ちゃんねるず』のスタッフではないので正確なことはわかりませんが、視聴者にはおそらく40〜60代が多いと思います。

58歳というタカさんの年齢を考えれば当然だと思うかもしれませんが、これは画期的なことです。「YouTubeで動画を見る」という習慣があるのは、主に10〜20代。30代はテレビとYouTubeのハイブリッド世代で、40代以上は完全にテレビ文化。「毎日1時間以上YouTube見ます」という40代以上はなかなかお目にかかれません。しかし、タカさんはこの40代以上という新しい視聴者層をYouTubeに連れてきたのです。

それは、コメント欄を見ても一目瞭然です。「とんねるずがど真ん中の世代です」「我らのカリスマ」「今までYouTube見なかったけど貴ちゃんねるず見てからYouTube見るようになった」などなど。

さらに目立つのは、「100万再生いくように何回も見てます」「タカさんのためにCM見ます」といったコメントは実に献身的、もはや信者。それだけ多くの石橋貴明(またはとんねるず)ファンが存在しているわけです。

視聴者の幅を広げたという意味では、忘れてはいけない人物がいます。オリエンタルラジオの中田敦彦さんです。『中田敦彦のYouTube大学』は現在275万人の登録者がいますが、この中にも40〜60代が多く含まれていると推測できます。

中田さんのチャンネルは「教養」がテーマ。大人がおもしろおかしく学べる動画がラインナップされているため、登録者の中にはビジネスマンが多数。「これまでYouTubeは見なかったけど中田さんはタメになるから見る」という人が多くいます。

中田さんがYouTubeを本格的に開始したのが去年の4月。この1年でテレビとYouTubeの関係は大きく変化し、40〜60代といった新しい視聴者層も少しずつ開拓されました。その下地があった上で、バブル世代のカリスマがYouTubeに降臨したというわけです。

もちろん、中田さんの視聴者がそのままタカさんの視聴者とは思いません。内容が大きく違いますから。しかし、コロナによる自粛期間も影響し、世間のエンタメ消費行動に変化が起きているのは確かでしょう。

上記の通り、40〜60代はテレビで育ち、今もテレビを見ている世代。彼らがYouTube上に多く存在するとなれば、この世代向けのチャンネルや動画が増えるのは明白です。

客が増えれば広告が増え、スポンサーが現れます。従来の個人チャンネルだけでなく、テレビのようにスポンサーがお金を出してタレントが出演する「番組チャンネル」も誕生すると思います。そうなるとビジネスの構造も内容もテレビ化の方向にシフトしていく。僕はタカさんがその象徴になるのではないかと推測しています。

そして、YouTubeのテレビ化を進めるのは視聴者層の変化だけではありません。無視できないのが動画の作り手の変化です。

タカさんの新しい相方は伝説の演出家…一流テレビマンもYouTubeに参入

貴ちゃんねるず

『貴ちゃんねるず』を見た方はご存知だと思いますが、とんねるずの相方・木梨憲武さんは出演していません。動画は基本的にタカさんとディレクターの掛け合いで進行していきます。

その方の名前は、マッコイ斎藤さん。テレビ業界では知らない人はいない、名物ディレクターです。これまで手掛けてきた番組は『とんねるずのみなさんのおかげでした』『恵比寿マスカッツシリーズ』など。もともとテリー伊藤さんが演出を務めていた『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』で育ったディレクターで、ゴリゴリのバラエティ演出で人気番組を作り上げてきました。

重要なのは、そんな超一流のテレビマンがYouTubeに参入する時代になったということです。これまでテレビ界では、「テレビ以外の仕事をしているヤツはテレビで通用しないヤツ」と見る風潮がありました。しかし、テレビの影響力が落ち、コロナ禍で制作費がさらにダウンした今、トップクリエイターが自由におもしろいものを作れる環境ではなくなりました。そうなると、自分の好きな芸能人とタッグを組み、YouTubeでおもしろいことをやろうという気になるのは自然な流れです。

マッコイさんを皮切りに、今後トップクラスのテレビマンがYouTubeに次々と参入するでしょう。そうなると何が起こるか? 動画のテレビ化です。彼らは良き時代のテレビを知り、今のテレビの中枢を担ってきたスタッフ。彼らが作る動画は、おのずとテレビ寄りの作りになっていきます。そして、それを見る視聴者もテレビ世代となれば、テレビ化の流れに拍車がかかります。

実際、『貴ちゃんねるず』の動画は『とんねるずのみなさんのおかげでした』で放送していた企画が多くあります。元プロ野球選手の清原和博さんをゲストに迎えた男気じゃんけんは500万再生を突破しました。

テレビマンの参入によって、YouTubeの動画のクオリティは間違いなく上がります。わかりやすいのはテロップ。『貴ちゃんねるず』も『中田敦彦のYouTube大学』も、テレビ並のクオリティですし、テロップの文言もこだわり抜かれています。エンタメという広いくくりで見れば、クオリティアップは良いことなのではないでしょうか。

そして、これからのテレビマンに求められるのは、YouTubeをはじめとする新しいプラットフォームへの「対応力」です。

テレビマンがYouTubeにアジャストすることで新しいエンタメが誕生!?

『貴ちゃんねるず』の演出は、ただテレビのフォーマットを持ってきたものではありません。しっかりとYouTubeのエッセンスが入っています。例えば、『今週の杉谷』という企画の冒頭。この企画は、会議室のホワイトボードに書かれたことをもとにタカさんが進行していきますが、動画の冒頭でタカさんが自らホワイトボードに書き込むシーンが挿入されています。

これは非常にYouTubeらしい演出です。YouTubeでは、チャンネルの主であるタカさんの熱量がダイレクトに影響します。「俺がやりたいからやるんだ」「俺がおもしろいと思うことを見てくれ」そんなメッセージが動画からにじみ出ることが大切。それが「ホワイトボードに自ら書き込む石橋貴明」の映像が映し出されることで、明確に表現されているのです。

テレビ番組で、あの石橋貴明に制作の準備をさせるなんてことがありえたでしょうか? テレビはスタッフが考えた企画をもとに進行するという大前提で進んでいるので、そういった文化がありません。でも、YouTubeでは逆。この逆転構造を理解できないテレビマンが多い中、マッコイさんは見事にアジャストしています。

こういった細かい部分で、テレビとYouTubeは違います。さらにいえば、ネットやSNSのコンテンツとの違いです。YouTubeがテレビ化する一方で、テレビマンには新しい領域でヒットを生み出す「対応力」が問われます。これは僕自身も勉強中です。

テレビマンは、テレビを作っていればいい時代ではありません。優秀でおもしろいテレビマンはたくさんいます。この文化の融合が進めば、きっと新しいエンタメが生まれると僕は思っています。

谷田彰吾
クロスボーダークリエイター・放送作家 / TVクリエイターギルド 株式会社VVQ代表
ドキュメンタリー番組『プロ野球戦⼒外通告』『バース・デイ』、有吉弘⾏、乃⽊坂46、池上彰などのバラエティ番組を構成。YouTubeでは『上原浩治の雑談魂』などを担当。放送作家だけでなく広告プランナーとしても活動。業界の垣根を超えたクロスボーダークリエイティブがモットー。
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