NHKの「テレビ設置届出義務化」要望 感覚がズレてる理由

 NHK(日本放送協会)の受信料制度などについて議論している総務省の有識者会議で、10月16日、NHKが「テレビ設置の届け出を義務化」「未契約者の氏名等(居住者情報)の照会を可能にする」という2つの要望を出したことが新聞各紙で報道されると、ネット上は“炎上状態”になった。

 朝日新聞の鮫島浩氏は、〈なぜNHKのためにテレビ設置届を義務化されねばならないのか。何様のつもりだろう。国営化し税金で運営する代わりに事業大幅縮小か、受信料不払ならスクランブルで視聴できなくするかどちらかだ〉(10月17日)とツイート。タレントのラサール石井氏も、〈怖いわ。ディストピア感ハンパない。テレビのある家のもない家のも、世帯情報照会できるって、つまり国民全員の情報じゃん〉(10月17日)と個人情報保護の観点から不信感をあらわにした。

 作家の門田隆将氏は、〈唖然。年間収入7千億、内部留保3千億のNHKが何を言うか。求められているのは「NHKのスクランブル化(限定受信化)」であって“国民のNHKからの解放”だ〉(10月16日)と述べ、参議院議員で元NHKアナウンサーの和田政宗氏も〈NHKのスリム化、理事や幹部の高給与削減など、やるべきことをやり極限まで受信料値下げをしなければ国民の理解は得られないであろう〉(10月16日)と厳しく批判している。

 一般にネットで議論が起こると、リベラル派は反対するが保守派は賛成する、あるいはその逆と、明確に分かれがちだが、この件については右から左まで反対の大合唱である。

 NHKの意図はどこにあるのか。NHK広報局に訊いたところ、「参考資料に書かれているので、そちらを御覧いただきたい」と個別の質問には答えてもらえなかった。

 有識者会議にNHKが提出した「公共放送の在り方に関する検討分科会(第10回)ご説明資料」(2020年10月16日)によると、このような要望を出したのは、「訪問によらない効率的な営業活動の実現」により、受信料の〈公平負担の徹底のため〉だという。

 同資料によると、現在、NHKと未契約等(契約していない、またはテレビを設置していない)世帯は1372万世帯(総世帯5523万世帯のおよそ2割)で、契約のための営業活動に〈多大なコストが必要(訪問要員に係る経費305億円)〉で、〈粘り強く対応することによるクレームやトラブルの発生〉がある。そこで、「受信設備の設置届出義務」と「未契約者氏名等(居住者情報)の照会」を導入すれば、届け出をしない人に対して公的機関などで氏名を照会し、宛名を「○○様」とした案内や通知を「郵送」で送ることができるようになる。それでも届け出がない場合は訴訟を提起するとしている。

 要するに、今までNHKの訪問員が各戸を回って催促していたのを、郵送に変えて経費削減するためにこの2つの制度を導入したいと解釈できるだろうか。

 しかし、〈政府から独立した公共放送事業体〉を自認するNHKが、「テレビを買ったら届け出をさせろ」「公的機関から個人情報を入手させろ」という要望をすれば、反発が起きるのは当然である。何より驚くのは、そうした反発が起きるのは火を見るより明らかなはずなのに、総務省の有識者会議で堂々とこんな要望を出したことだ。

NHKがズレてる理由は「エコーチェンバー現象」か

 NHKが映らないようにするアダプター「イラネッチケー」を開発した筑波大学システム情報系の掛谷英紀准教授はこういう。

「エコーチェンバー現象(仲間内だけで議論しているうちに、特定の信念が増幅・強化されていく現象)の一種でしょう。法律で受信料支払いが義務化されているから、その延長で、受信料徴収のためには公的機関から個人情報を入手するのも認められると考えたのではないでしょうか。ネット上では炎上していますが、案外、NHKの人たちは猛反発が起きていることに気づいていないのかもしれません。それくらい肌感覚がズレていないと、こんな要望なんて出せません」

 識者の多くが、「受信料徴収に血道を上げるより、放送をスクランブル化して、見たい人だけがお金を払って見る方式にすべき」と提言しているが、NHKはそれにも耳を貸さない。

 NHKのサイトにある「よくある質問集」というページでは、「なぜ、スクランブルを導入しないのか」という問いに対し、〈スクランブルをかけ、受信料を支払わない方に放送番組を視聴できないようにするという方法は一見合理的に見えますが、NHKが担っている役割と矛盾するため、公共放送としては問題があると考えます〉などと回答している。

 だが、現在のデジタル放送では、災害時の緊急放送や国会中継などはスクランブルを解除するという運用が技術上可能で、公共放送としての役割はじゅうぶん果たせるはずだ。それでもなぜ、NHKはスクランブル化に抵抗するのか。

「NHKとしての利益を最大化することが彼らの目的であって、スクランブル化すると契約しない人がかなり出てきて、収入が激減するからです。今は民放を見たいだけの人にも、NHKを“抱き合わせ販売”しているので、巨額の収益が出ているだけです」(掛谷准教授)

 戦後にテレビが普及したのはNHKのおかげだが、現在は民放のおかげでテレビが売れ、NHKは利益を上げていると指摘できるのだ。NHKの要望通り、「届け出制の義務化」や「未契約者の個人情報照会」が認められれば、今後、テレビを買わない人が増加して、民放各局は広告収入が減り、経営を圧迫されることになるかもしれない。

 そうなれば、民放関係者はもちろん、視聴者も怒りを爆発させかねない。

「もし届け出が義務化されたら、『NHKが映らないテレビを設置した』と届け出をしようと思っています(笑)」(掛谷准教授)

 すでにAmazon等のネット通販では、「イラネッチケー」と同じ仕組みのNHKが映らなくなるアダプターが販売されている。これら2つの制度が認められると、いよいよ視聴者の反乱が始まるかもしれない。