有効率94.5%、モデルナ社のワクチン候補、どこがすごい?

まだ初期段階ではあるものの、新型コロナウイルスワクチン開発の最前線から届くニュースが疲弊した世界に続々と希望をもたらしている。 ギャラリー:ケニア、スラム街の深刻な事態(コロナ各国の現場)  米モデルナ社は16日、全世界が注目する最終治験の暫定的な分析結果を初めて公表し、94.5%の有効率が示されたと報告した。米ファイザー社と独ビオンテック社も18日、共同開発中のワクチン候補が「COVID-19の予防に95%の有効性を示した」という最終解析の結果を発表している。どちらもmRNAワクチンであることを考えると、遺伝物質であるmRNA(メッセンジャーRNA)を使った先端技術が、研究開始から数十年の歴史を経てようやく承認の段階に入ったことを示唆している。  米ヒューストンにあるテキサス子供病院ワクチン開発センターの共同センター長マリア・エレナ・ボタジ氏はこれらの発表を受け、11日に同様の暫定結果が公表されたロシアのワクチン候補も含めて、「科学は機能しているようだ」と述べている。「間違いなく、これらのワクチンは何らかの良い免疫反応を誘発しています」  モデルナが公表したのは一部のデータにすぎないが、競合他社より詳しい情報が盛り込まれている。具体的には、第3相試験に参加した3万人の人口統計学的情報を公開しており、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発症が確認された95人についても一部のデータがある。  感染者95人のうち、データが公開されているのは、65歳以上の人や白人以外の民族的背景を持つ人といった、高リスクとされるグループの内訳だ。モデルナもファイザーと同様、感染を防ぐという第一目標は達成されたと主張している。ワクチン接種を受けたグループの感染は5人のみで、プラセボ(偽薬)群は90人だった。モデルナはさらに、重症度に関する情報も公開している。重症患者11人はすべてプラセボ群で、ワクチン群にはいなかった。  おそらく最も衝撃的なニュースは、モデルナのワクチン候補は2~8℃で30日間保存できるという別の発表だろう。普通の冷蔵庫や氷の入ったクーラーボックスで保存できる温度だ。この特徴はモデルナを優位に立たせるかもしれない。農村部や低所得国への大量供給が簡単になるためだ。  一方、ファイザーのワクチン候補はマイナス70℃で保存しなければならない。公衆衛生当局はこの条件から、特別な超低温フリーザーを用意できる豊かな国やコミュニティーのみにワクチンの供給が偏るのではないかと懸念している。ビオンテックのCEOウグル・シャヒン氏は9日、ロイターの取材に対し、同社のワクチンは冷蔵庫で5日間の保存が可能だとは説明している。 「新しい設備を用意する必要がない方が簡単ですよ」と、ワクチンのサプライチェーンを研究する米ニューヨーク市立大学の医療政策管理学教授ブルース・Y・リー氏は話す。「すでにサプライチェーンのさまざまなレベルで、ほかのワクチンに必要な冷蔵庫が用意されています」

秘密は特許技術にあり?

 ロタウイルスHPV(ヒトパピローマウイルス)用など、この10年間にいくつかの新たなワクチンが入手可能になり、多くの国がその大量な物流について貴重な経験を積んできた。ワクチンを供給するには、メーカーから輸送し、いったん拠点に保管して、冷蔵機能を持つトラックやオートバイで国や地域に分配しなければならない。  モデルナのワクチンが普通の冷蔵庫で長く保存できるのは、科学者たちが安定性を保つ方法を考え出したおかげだ。  米アイオワ大学の薬学部長アリアスガー・K・サレム氏によれば、秘密は“脂質ナノ粒子の戦略的な配合”だという。脂質ナノ粒子はワクチンの構造を支えるもので、人の細胞内に薬物を輸送する役割も果たす。モデルナの技術は特許で保護されているため詳細は不明だが、RSウイルスをはじめ、同社ではほかのウイルスのワクチンにも脂質ナノ粒子を使用しており、新型コロナウイルスワクチンに応用した可能性が高いとサレム氏は推測している。  ワクチンの安定性を高める方法はほかにもある。ワクチンを保存する液体に防腐剤を添加したり、時間経過や高温によるRNA鎖の劣化を防ぐため、脂質ナノ粒子の構造を微調整したりなどの手法だ。

複数種のワクチンが必要になる可能性も

 このように普通の冷蔵庫で輸送、保存できるという利点はあるものの、モデルナのワクチンが勝者だと決めるのはまだ早い。人口統計学的な条件によって、ワクチンの効果が変化する可能性はある。つまり、現時点の最有力候補の両方が必要になることもあり得る。 「ワクチンの種類が、利用可能なサプライチェーンとワクチン接種を受ける人々に合っていることが極めて重要です」とリー氏は話す。例えば、ワクチンを届けるのが難しい人々(あるいは、2度の接種の2度目を受けない可能性がある人々)の場合、1度の接種で済み、効き目が長いワクチンを使った方が賢明かもしれない。  既存の冷蔵設備を活用するにしても、簡単にワクチンを供給できるわけではなさそうだ。ドイツの物流企業DHLは9月、たとえ普通の冷蔵庫を利用できたとしても、新型コロナウイルスワクチンに必要なコールドチェーン(低温物流)による供給を受けられない人が全世界で30億人に達するという試算を出している。  政府や公衆衛生当局がこれほど迅速かつ大規模な行動を迫られた前例がないことを考えると、サプライチェーンに遅れる部分が生じるのは不可避だとリー氏も述べている。「ある場所ではファイザーのワクチンが合っていて、ほかの場所ではモデルナのワクチンが合っているという状況になるかもしれません。しかも、開発中のワクチンはほかにもあります」

治験参加者の約10分の1に副反応

 いずれにせよ、もっと多くのデータがなければそうした判断は下せない。このような暫定結果、さらには透明性の欠如への批判が高まる中、最初の歓喜と潜在的な懸念との間で板挟みになっていると専門家は不満を口にする。例えば、米メリーランド大学薬学部で医療薬学の准教授を務めるピーター・ドシ氏によれば、モデルナは感染者90人のうち11人を「重症」と判定しているが、この点についてほとんど説明がないという。  ドシ氏は全般的な懸念として、すべての新型コロナウイルスワクチン候補の臨床試験で「重症」という言葉の定義があまりに緩く、「合併症のない軽症を重症と見なすことも可能」だと指摘する。「これらの症例についてもっと詳しく知りたいところです」とドシ氏は述べ、ワクチン接種の是非を比較している消費者にとっては不可欠な情報だと補足した。  また、モデルナの分析によれば約10人に1人が疲労、筋肉痛といった副反応(副作用)を訴えており、モデルナはこれらを重度の副反応、つまり日常の活動に支障を来す副反応と定義している。「たとえ効果の高いワクチンでも、もともとリスクが低い人々はこうした副反応を気にするかもしれません」  公衆衛生の専門家はワクチンの効果がどれくらい持続するのか、新型コロナウイルスワクチン候補の臨床試験にほとんど参加していない子供と妊婦にも有効かを知りたがっている。そうした疑問が明確になるまで、暫定結果は「次回予告」のようなものだと捉えるべきだろう。「最終データを待ちましょう」とボタジ氏は静観している。「査読を受けた論文が発表され、プレスリリースの背後にある科学が明らかになるまで待ちましょう」  これらの臨床試験が進んでいる最中に、もっと良い新型コロナウイルスワクチンが発表される可能性さえある。もしかしたら冷蔵庫をほとんどあるいは全く必要としないワクチンができるかもしれない。サレム氏によれば、現在、ファイザーの生化学者がワクチン候補の化学式を見直しており、保存温度の条件が緩和される可能性もあるという。「彼らは温度条件の緩和につながる粉末ワクチンに取り組んでいます。ただし、まだ開発途中ですが」