缶コーヒーが“消える”!? 「クラフトボス・ショック」から3年、市場で起きた異変とは

新型コロナの影響で、今年は缶コーヒーの売り上げが大きく落ちている。そして、業界では追い打ちをかけるような異変も起きている。缶コーヒーの新商品やリニューアル商品の数が激減しているのだ。例年であれば、夏の終わりから9月にかけて各社が缶コーヒーの新商品発表会を実施していたにもかかわらず、コロナ禍であることを踏まえても、今年はほとんどなかったといっていい。

 容器入りのコーヒー飲料をめぐる環境は激変した。外出自粛要請のあった4〜5月に、都心部を中心としたコンビニエンスストアやオフィス内に設置している自動販売機での売り上げが減少。一方で、在宅勤務者の増加で家庭内需要は高まり、スーパー・量販店で2リットルなど大容量の飲料の販売は増加した。

寒い日、缶コーヒーのぬくもりで手を温めた経験がある人も多いはず ©iStock.com

コロナ禍で加速した「缶コーヒー離れ」

 この影響を最も受けているのが、185g中心のSOT缶(ステイ・オン・タブ缶)、いわゆる“缶コーヒー”だ。

 缶コーヒーの2020年1〜8月累計の販売数量は、前年より10%以上減少した。これまでは毎日仕事中に飲まれることが多かったが、在宅勤務者が増えたことでその習慣が薄れてきたことが大きい。

 大手メーカーの商品担当者は、「6月以降は、徐々に売り上げが戻ってきているが、もともと市場自体もダウントレンドだったので今年は非常に苦しい状況だ」と話す。

 一方で、売り上げを落としていないのが500mlペットボトルを中心としたペットボトルコーヒーだ。容器入りコーヒー飲料は、2018年から液量ベースでペットボトルがSOT缶を抜き、2019年はさらにその差を広げ、今年はその流れが加速している。

 コロナの影響で、コンビニエンスストアや自動販売機で売り上げを落としたものの、各社が新商品やリニューアル商品を投入し、マーケティング活動を強化したため、今年1〜8月累計の販売数量は前年並みの実績を維持できている。

勢力図を一気に変えた「クラフトボス・ショック」

 もともと、パーソナルサイズのペットボトルコーヒーは、2017年にサントリー食品インターナショナルが「クラフトボス」(500mlPET)を発売し、飲みやすい味わいと新容器の採用により、若年層と女性に支持されてヒットしたことが大きい。それまで缶コーヒーをあまり飲まなかったユーザーから支持され、販売数量は同年だけで2億4000万本を突破し、翌年には6億5000万本超となり、一躍ヒット商品になった。近年の清涼飲料業界では、年間7000万〜8000万本でヒット商品とされる中、2リットルなど大容量サイズの商品がないことを踏まえると突出した存在だ。

2018年には、前年の「クラフトボス」のヒットもあり、各社が相次いで参入して一気に市場が拡大した。仕事中に喫煙するような短時間休憩が減り、デスクにいながらリラックスする働き方が増える中で、再栓できる容器の価値が高まり、ちびちびだらだら時間をかけて楽しめる “ちびだら”飲みができるペットボトルコーヒーが、コーヒー飲料市場の主役になった。

 ペットボトルコーヒーの勢いは、容器別の構成比の実績にも表れている。

 清涼飲料市場全体の容器構成比は、液量ベースでペットボトルが75.2%となり、缶容器の11.9%を大きく上回っている(2019年、全国清涼飲料連合会調べ)。

 一方、コーヒー飲料は、缶容器が48.0%でペットボトルの43.9%を上回る。だが、10年前は缶容器が70.8%でペットボトルが16.5%と圧倒的な差があった(2010年、同)。コーヒー飲料でペットボトルが市場を牽引するトレンドは加速している。

 あるメーカー担当者は、「コロナ禍の環境が、より私たちの戦略を明確にし、よりやらなくてはならないことをはっきりさせた。環境変化をしっかり捉えながら戦略を考えたい。今後はペットボトルコーヒーがブランドの中心となるだろう」とし、缶容器が中心だったこれまでの商品戦略を変更する考えを語る。

コロナ禍で増えた「本格的な味わい」を求める消費者

 そのコーヒー飲料にも新たな潮流が生まれようとしている。

 現在、飲料メーカーが注目しているのは、コロナ禍で焙煎されたコーヒー豆やその粉を抽出器具で淹れたり、カプセル式マシンで楽しむ嗜好品の家庭用レギュラーコーヒーが、前年より20%以上売上が伸長したことだ。今後、コーヒー飲料もレギュラーコーヒーや、カフェのような味わいを求める人が増えると考える商品担当者は少なくない。

 そのため、現在市場を牽引するペットボトルコーヒーでも、今年は本格的な味わいを訴求する企業が増えている。

 サントリー食品の「クラフトボス」は、9月からコールド商品を季節に合わせた味わいに刷新し、ホット商品はコクを強化した。同社は「夏のアイスコーヒーは、飲みやすさを背景とした“止渇”の快適さを提供していた。秋冬は、眠気や暑さをクールダウンしてくれる“起動”の快適さを提供する」と話す。ブレンデッドウイスキーのような製法を採用し、5種類の異なるコーヒーを合わせるなど、ユニークなモノづくりを活かして秋冬向けの味わいを目指したという。

 コカ・コーラシステムは、「ジョージア ジャパン クラフトマン」(500mlPET)を展開するとともに、カフェを利用する20〜30代をターゲットに、3月にカフェ品質を謳う「ジョージア ラテニスタ」(280mlPET)を発売し、10月には「猿田彦珈琲」監修の「ジョージア ロースタリー ブラック」(同)も投入。「ジョージア」のペットボトルコーヒーは1〜8月累計で2ケタ増を達成し、存在感を高めている。

 キリンビバレッジの「ファイア ワンデイ ブラック」(600mlPET)は、常温でもおいしいと味わいが評価され、取り扱い店舗が増えたこともあり今年1〜8月累計で前年比20%増と好調。

 UCC上島珈琲は、コーヒー専業メーカーとして従来からレギュラーコーヒー品質のペットボトル商品を展開してファンがついている。

 ペットボトルコーヒーはコーヒー飲料の主役になったことで、幅広い世代のニーズに応える必要が出るため、今後は容量や中味などで多様化していくだろう。

押されっぱなしの缶コーヒーの運命は…

 最近では、本格コーヒーがコンビニエンスストアやオフィスサービスなど、あらゆる場所で手軽に楽しめるようになった。また、コンビニエンスストアなどは、商品の陳列数が減って定番品が重視されるようになったため、多くのメーカーは新商品をせっかく開発しても置いてもらえないことも増えた。缶コーヒーの味覚や容器形態は、現代の嗜好や飲用シーンに合致しにくくなっている。

 では、高度経済成長とともに売り上げを伸ばした缶コーヒーは、このまま消えてしまうのか。

 そもそも、缶コーヒーは50年以上の長きに渡り、各社が市場活性化に向け注力してきたカテゴリーだ。他の飲料に比べて単価が高く、そして定価販売の自動販売機とも相性が良かった。「自販機ビジネス」自体の成長を支えてきたのも、ヘビーユーザーの多い缶コーヒーである。

 飲みきりサイズで濃い味わいの缶コーヒーは、仕事中の短時間の休憩時にほっとひと休みし、気分転換できる価値があるため愛飲者が多い。1週間に5本以上購入するヘビーユーザーが多いのも缶コーヒーの特徴であり、コーヒー飲料市場では依然として販売ボリュームの大きいカテゴリーだ。

 加えて、「自分はいつもこの銘柄!」という固定のファンをいまなお数多く抱えている。そのため、コンビニ各社としても、定番の銘柄を自分たちの店から外せば、缶コーヒーと一緒におにぎりやパンを買ってくれていた消費者が、自分の“いつもの銘柄”を置いている別のお店に流れてしまいかねない。高度経済成長を支えたビジネスマンの活力源として存在感を持ち続けてきたブランド力は、あまりに大きい。

缶コーヒーのもつ「ブランド力」は特別な存在

 そこで各社は、従来から愛飲しているヘビーユーザーとの絆づくりを重視し、働く人を励まし、楽しませるWEBコンテンツやキャンペーンを継続強化している。

 大手2社をみると、コカ・コーラシステムは、対象商品において、当たりが出たら対応自販機でもう1本もらえる「ジョージア“運だめし”キャンペーン」を9月から開始した。SOT缶は「エメラルドマウンテン」など3品が対象で、赤いプルタブがクジという、遊び心のあるユニークな企画を展開している。

 サントリー食品は、「コロナがどうあれ、缶コーヒーの“ボス”は、変わらず今日も“現場で働く人”に寄り添い続ける」とする。9月は香料不使用で力強い香りとコクの「スピリットオブボス」を発売。ヘビーユーザーに向けたマーケティング活動を継続強化し、自販機キャンペーンやWEBコンテンツを充実させている。

 また、缶コーヒーは新商品こそ減っているが、商品パッケージのデザインを工夫するメーカーが増えてきた。

 代表例としては、「ワンダ」の“進撃の巨人”や、「ダイドーブレンド」の“鬼滅の刃”デザイン缶がある。主力商品のパッケージデザインに、ユーザーの好む人気アニメキャラクターを採用することで、トライアルとリピート購買をねらった施策だ。他の既存商品も品質のブラッシュアップやパッケージ変更もユーザーの声を聞きながら毎年行われている。

 ここまで各社が「缶コーヒー」に注力する背景には、仕事とコーヒーは切っても切れない関係があるためだ。「仕事にメリハリをつけるには、やはりコーヒーが役立つことを多くの人が気づいており、それを簡単に飲める容器入りのコーヒーで何とか解決しようという動きが見られる」(大手メーカー担当者)。

 ヘビーユーザーの多い缶コーヒーは、長い間、働く人々から支えられることでブランドを育成してきた。現在はペットボトルコーヒーが販売構成比を伸ばしているが、今後どれだけ市場を席巻しても、大手各社のコーヒーブランドは、缶コーヒー生まれであり、ブランド力を強化するためにも各社の軸足は缶コーヒーから離れることはない。

 ユーザーの変化により、缶コーヒーの市場規模が徐々に縮小したとしても、圧倒的に多いヘビーユーザーの期待を裏切ることがないように、ブランド力を生かし、ユーザーとの“絆”を深めるための活動は、これからも続く。

 飲みきりサイズにより短時間で気分転換ができ、寒い冬には手を温められ、誰かとの会話のきっかけにもなっていた缶コーヒーは、これからもヘビーユーザーの“仕事の相棒”として存在し続けるだろう。

(菊池 美智世)