「定番」といわれる節税手法の9割はやらないほうがいい理由

PRESIDENT Online 掲載 世の中には「定説」「定番」とされる節税手法がある。だが税理士の松波竜太氏は「節税は必死にやらないほうがよい。税金は減らせても、それ以上に失うもののほうが多い」という。船井総合研究所が展開する経営者向けメディア『社長online』からお届けしよう――。

■「税金を安くする」9割の方法は逆効果

結論から申し上げますと、世の中で「定説」「定番」とされている節税手法のうち、ほぼすべてのものが無意味と考えています。

無意味ならばまだよいほうで、それらの策はむしろ経営に悪い影響を及ぼします。税金は減らせても、それ以上に失うもののほうが多いのです。

利益が多く出た時に、法人税を減らすための方法として、役員報酬を増やすことを考える経営者が多くいます。実は、役員報酬の増額は節税にはなっていません。

具体的に数字で見てみます。

課税対象1200万円の会社があるとします。その1200万円はそのまま残して法人税を支払うのと、役員報酬を月額100万円個人で受け取り、個人で所得税を支払うのでは、どちらの税額が多くなるかを計算します。なお、経営者は社会保険に加入済を前提とします。

税率だけを考えると、個人で役員報酬を取ったほうが、税金は206万円、税率17%にできて低く抑えることができます。

しかし、ここで忘れてはいけないのは、個人の給与からは社会保険が引かれていることです。

社会保険の率14%を、個人負担分だけでなく会社負担分も合わせると、税率は28%になります。

所得税率は一番低くて15%(地方税10%を含む)ですが、社会保険料率28%を加えると、役員報酬にすると税率43%と同じです。所得税率が17%なら45%です。

それに対し、1200万円に対する法人税は、338万円、税率にして28.2%です。

「法人税にするより役員報酬にしたほうが払うものが少なくてトク」と思っている方が多いですが、税率で見るとまったく得ではありません。

かつては所得税が法人税に比べて低かったのですが、海外との競争力強化などのために法人税は引き下げられており、現在では法人税のほうが税率は低くなっています。

■「搾りかすの役員報酬を会社に貸す」無駄

さらに、役員報酬を出してはいるものの、会社のお金が足りなくなり、役員が会社に貸し付けていることは、多くの中小企業で当たり前のように行われています。さんざん税金や社会保険料を取られた残りかすのような役員報酬を、そのお金の出所である会社に戻しているわけです。

その貸付は、最初から役員報酬として支払っていなければ、行わなくて良いものだったかもしれません。

「役員報酬でもらって会社に貸す」が税率の面で得だったのは、2012年までです。今は得ではありません。それならば、会社に貸さなくてよいように、会社のお金をもっと多くしたほうが良いと言えます。

役員報酬にしなければ、引かれる税金も少ないので、有効活用できる分は増えます。

■役員報酬にするより法人税を払おう

節税の大きな目的は「支払う法人税の額を減らす」ことです。そのために役員報酬にしたり、保険に入ったりといったことを考え、行動に移す経営者が多いのですが、私は「法人税はしっかり払っておいたほうがいいですよ」とお伝えしています。

その理由は、先述のように税率の面でも法人税がメリットが大きいことに加えて、銀行からお金を借りにくくなることです。

私が再三無意味と申し上げている、役員報酬を払うなどの節税は、要は「税金を払う代わりに無駄にお金を使うこと」であり、現金が減ると会社の資金繰りを圧迫します。

銀行は「十分に現金を持っていて、貸したら必ず利子をつけて返してくれる会社」に融資をしたいと考えています。

キャッシュを持っている会社に対しては、低金利などのよい条件を出してもらえるようになります。

■借入総額の1%程度の法人税を払うぐらいの利益を出す

5000万円の借入があるならば、50万円法人税を払います。

銀行は「融資額=最終利益の10〜20倍」というように、利益を融資額判断の一要素と考えています。そのため、法人税額が多いと、融資の枠も増えます。

借りる金額や条件にもよりますが、法人税を50万円払うことで、金利を下げることができ、結果的に50万円以上返済額を減らすことも可能になります。その50万円は投資です。

逆に言えば、この1%を超える法人税を払うことは意味がなく、利益の出しすぎと言えるので、会社の成長を見ながら過剰な利益は投資に回す、時期以降に繰り延べるといった形でコントロールします。

■するべきは「会社を発展させる、大きくする節税」

役員報酬を払うなどの節税は、いわば「小さな節税」どれも会社の成長を止める、マイナスなものです。行うべきは「会社を発展させる、大きくする節税」であり、これは「大きな節税」です。

「利益における法人税の割合が、借入総額の1%程度」が理想であり、それを超えると利益の出しすぎです。過剰な利益はどのように処理するのがよいか? 投資に回すのが良いと考えます。

商品やサービスは、何もしなければ陳腐化します。いつでも同じ、では顧客は飽きて離れていき、ライバルがよりよい製品を出してきたら、売上を奪われてしまいます。

また、従業員にもしっかり還元することが大事です。しっかり報酬を支払われていると感じられなければ、ライバル会社へと転職してしまうかもしれません。

投資というと、機械を購入する、工場を建てるといった大きなものをイメージされる方が多いですが、人材採用・育成、新商品開発、広告宣伝、顧客維持、新規出店などもすべて投資です。

また、従業員の昇給・賞与、福利厚生の充実など「明日の売上に貢献する」ものはすべて投資です。その点で言えば、役員報酬は「明日の売上につながる」ものでは全くありません。

■節税に固執しても会社は決して成長しない

まずは投資を「回収見込みが決まっている投資」と「見込みが決まっていない投資」の2種類に分類します。

回収見込みが決まっている投資とは、それまで借りていた機械など設備を購入する、賃貸のオフィスや工場を買い取って自己所有とするなどが該当します。リースしていた機械を買うためのお金を銀行から借りた場合は、今後支払わなくて良くなる賃料に該当する額を借入金の返済に充てることが可能です。

そのように考えると「自己所有する前に払っていた賃料×投資資産の耐用年数」までが利益に対してノーリスクでできる投資と言えます。回収見込みが決まっている投資の計算は、このように簡単です。ただし条件として、投資は全額借入で行います。

回収見込みが決まっていない投資とは、接待交際費、広告宣伝費、研究開発費などです。売上と直接の因果関係が薄く、その分その範囲は広くなっています。

この場合は、まずキャッシュ・フロー計算書の営業キャッシュ・フローを確認します。営業キャッシュ・フローから1年以内の借入返済予定額を差し引いたものが、いわば「冒険に使える資金」です。

この資金と今期の利益予想を比べて、予想利益の範囲内であれば赤字になることはありません。これが回収見込みの決まっていない投資の限度額です。

このような形で投資を分類、実行していくのです。

しっかり法人税を支払い、それ以上の利益が出るならば金額の限度を見ながら明日の売上につながるための投資に回す、そのような形が会社の成長につながっていきます。

※本稿は、船井総合研究所が展開する経営者向けメディア『社長online』から転載したものです。

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松波 竜太(まつなみ・りょうた)
税理士・さいたま新都心税理士法人代表
独立前に担当した会社の社長が資金繰りに悩みこの世を去ったことにショックを受け、それまで机上で勉強した財務戦略が全く役に立たないことを痛感、本気で中小企業の財務戦略について考える。その後独立し、勤務時代も含め税理士として15年、会計事務所業界で20年以上のキャリアの中で、300社以上の中小企業に関与し、特に資金繰りと銀行交渉についてサポート。「決算書が読めない経営者でも銀行交渉ができる」をコンセプトに説明資料の準備から、アピールすべき点、想定される質問、さらには交渉の継続判断など具体的な「次の一手」をアドバイスし、手元資金を顧問契約締結前の最大17倍(平均3倍)、金利を2分の1以下にするなどの実績により、中小企業経営者から絶大な信頼を得ている。著書に『借入は減らすな! 』(あさ出版)、『その節税が会社を殺す』(すばる舎)がある。
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(税理士・さいたま新都心税理士法人代表 松波 竜太)