コロナ接触アプリはなぜ各国で行き詰っているのか

新型コロナの接触検知アプリの普及が、各国で行き詰っている。

陽性者との接触を検知して通知するアプリは新型コロナ対策の要のひとつとされ、すでに70カ国以上で運用されている。

だが、カタールやシンガポールなど、ダウンロードに強制力を持たせる国以外では、普及率はほぼ2~3割止まりだ。

普及率が上がらない背景には、断続的に起きる動作の不具合、プライバシーへの懸念に加えて、具体的なアプリの効果を示せていない、といった点もあるようだ。

ただ、新たに接触検知に取り組む国や州では、グーグル・アップル方式の仕組みを使うことで、アプリなしで対応できる、という選択肢もある。

その一方、当初はプライバシーへの配慮をうたい、高い普及率も達成しているシンガポールのアプリは、そのデータを犯罪捜査にも流用するという。アプリの位置づけが揺らぐ展開だ。

新型コロナの当面の課題はワクチン接種だが、濃厚接触の検知も引き続き必要だろう。

コロナ対策の中でアプリを今後どう扱っていくのか。

各国の行き詰まりの中で、そのことを改めて考える必要がありそうだ。

●アイルランドの停滞

アプリ公開から半年で、人口の26%にあたる130万アクティブユーザー。陽性者との濃厚接触の通知は2万298件。

アイルランドのアイリッシュ・タイムズは1月15日付の記事で、保健サービス委員会(HSE)の接触検知アプリ「COVIDトラッカー」の現状について、そう伝えている。

2020年7月のアプリ公開から1日半で100万ダウンロードを超えた、鳴り物入りのアプリだった。だが、その後の伸び悩みが続いている。

※参照:新型コロナ接触アプリの効果は測定できるか? このアプリはできるらしい(07/28/2020 新聞紙学

タブロイド紙、アイリッシュ・ミラーの2021年1月10日付の記事では、ダウンロード数はのべ200万件にのぼるという。人口500万の40%にあたる。

だがアクティブユーザー数は130万。その差、70万件(35%)はダウンロード後にアンインストール(削除)、もしくは使用をやめてしてしまっているということになる。ユーザーのリテンション(維持)が大きな課題だ。

タイムズによれば、2020年12月23日からのアプリの新規ダウンロード数は9万4,804件、アンインストール数は4万7,798件。アンインストール率は50%だ。

「COVIDトラッカー」は公開から1カ月後、アンドロイドOS版でバッテリーが数時間で切れてしまう不具合が発生。この頃からユーザーのアンインストールが問題点として指摘されていた。

●アプリの効果を可視化する

「COVIDトラッカー」は日本のアプリ「COCOA(ココア)」などと同じく、グーグルアップルが共同開発したシステム「エクスポジャー・ノーティフィケーション(曝露通知、EN)API」を利用している。

このシステムの特徴は、位置情報は使わず、匿名の接触データがすべてスマートフォンの端末内に保存される、という点だ。陽性者との濃厚接触の有無は、アプリが陽性者データベースに定期的にアクセスした上で、端末内で接触データと照合して判定する。

後述のシンガポールなどのアプリは、政府が中央サーバーで接触データなどを一括して管理する「集中型」と呼ばれる。これに対し、このグーグル・アップル方式は接触データを端末側で持つため、「分散型」と呼ばれており、プライバシー保護レベルが高い、と言われている。

「COVIDトラッカー」は、「分散型」の中でも「COCOA」など他のアプリと違うのは、その効果がわかる、という点だった。

「COVIDトラッカー」は、ユーザーによるデータ共有への同意をもとにした、様々なオプション機能を備えている。その一つが、陽性者との濃厚接触通知があった場合に、そのデータを、アプリを管理する保健サービス委員会と共有する、というオプションだ。

このデータ共有によって、保健サービス委員会はダウンロード数に加えて、濃厚接触通知数を把握することが可能になっている。

その結果が、前述の2万298件。アクティブユーザーの1.6%に濃厚接触通知が届いた、ということになる。

「COVIDトラッカー」は開発費85万ユーロ(約9,000万円)、年間運用費40万ユーロ(約4,200万円)。

普及の伸び悩みを考え合わせると、このコストが見合うのか、という批判にさらされている。

●71カ国、120の接触アプリ

新型コロナにまつわるデジタル人権の状況をウオッチし続けている英レビューサイト「トップ10VPN」のサミュエル・ウッドハムズ氏が、接触検知アプリの現状についてまとめている。

それによると、現在、世界で運用されている接触検知アプリは71カ国で120種類

このうち、「COVIDトラッカー」や「COCOA」と同じ、グーグル・アップルのシステムを使っているのは45種類(37.5%)にのぼるという。

グーグル・アップルのシステムでは近距離無線通信「ブルートゥース」を使い、同じアプリをインストールした他の端末との距離のみを測定。位置情報は使っていない。

しかしそれ以外のシステムでは、ダウンロード数では世界一という1億5,000万件(人口比11%)のインドのアプリ「アーロギャ・セツ」など26種類(22%)でブルートゥースとGPSを併用していた。

また、30種類(25%)では主にGPSで位置情報を取得していた。

同一国内で、最も多種のアプリを運用しているのが米国。トランプ政権が接触アプリへの取り組みをしなかったため、各州独自で対応。国内で23種類の接触アプリが運用されている。

●伸び悩む各国

グーグル・アップル方式を採用しているフィンランドの「コロナヴィルック」は2020年8月末に公開。フィンランド国立健康福祉研究所の発表では、11月時点でダウンロード数250万件超。人口比で45.2%。

MITテクノロジーレビュー」がまとめている接触アプリの各国動向によると、グーグル・アップル方式を採用している国の中では、最も普及率が高い。

9月と10月の2カ月間で「コロナヴィルック」から陽性判定の申告があったのは2,846件。これはこの期間に陽性判定を受けた人の34.9%にあたるという。

ただ、多くの国ではむしろアイルランドと同様、接触アプリの普及は伸び悩んでいる。

2020年6月に、グーグル・アップルのシステムではない独自開発のアプリを公開したフランスは1,250万件(集中型、18.6%)。

フランスでは当初公開した「ストップCOVID」の普及が伸び悩んだため、同年10月に「トゥサンティCOVID」と名前を変えたアップデート版を改めて公開している。

「ストップCOVID」をめぐっては同年9月、ジャン・カステックス首相ら複数の閣僚がダウンロードをしていなかったことが明らかになる、というドタバタ劇もあった。

フランスと同じ集中型のオーストラリア「COVIDセーフ」は730万件人口比28.4%)。

日本のグーグル・アップル方式の「COCOA」は2021年2月5日現在でダウンロード数は2,491万件、人口比で19.3%。

日本と同時期に公開したドイツの「コロナ・ワーン・アプリ」のダウンロード数は、同じ2月5日現在で見ると、2,450万件。人口比で29.5%だ。

接触検知アプリの普及率については、オックスフォード大学の研究チームが2020年4月、シミュレーションの中で、スマートフォンユーザーの80%、人口の56%が接触アプリを利用することで、ロックダウン(都市封鎖)と同等の感染対策効果が得られる、との結果を明らかにしている。

シミュレーションでは、普及率に応じて、それ以下でも感染抑制の効果が期待できるとしているが、「普及率6割が必須」との誤解を生み、混乱を招くことにもなった。

※参照:新型コロナ接触確認アプリ、「普及率6割必要は間違い」なぜ?(06/22/2020 新聞紙学的

一方でグーグル・アップルは2020年9月、保健当局の新規の申請に対して、アプリがなくともOSレベルで接触検知機能を提供する「エクスポジャー・ノーティフィケーション・エクスプレス」を発表。

カリフォルニアネバダがこの新システムを採用している。

●高い普及率と義務化と犯罪捜査

オックスフォード大が示したような「6割」というレベルの普及率に達している国は、極めて限られている。

前述の「MITテクノロジーレビュー」の接触アプリの各国動向によると、普及率が最も高いのはカタールのアプリ「エフテラズ」で91%。

カタールでは、約280万人という人口規模に加え、アプリのインストールを義務化していることも大きい。

次いで普及率が高いのが、2020年3月という早い段階で導入されたシンガポールの接触アプリ「トレーストゥギャザー」だ。シンガポールの場合も、義務化が背景にある。

シンガポールのローレンス・ウォン教育相が2021年1月4日に議会で明らかにしたところでは、「トレーストゥギャザー」のユーザーは420万人を超え、人口の78%にのぼるという。ストレーツ・タイムズが報じている

シンガポールでは「トレーストゥギャザー」とは別に、QRコードで店舗やオフィスなどでの人の出入りを記録し、感染追跡に使用するシステム「セーフエントリー」の導入を義務化している。

今後、この「セーフエントリー」の出入りのチェックを、「トレーストゥギャザー」を通して行うことを義務化する予定になっている。

さらに、シンガポール独自の取り組みとして、接触検知用の専用端末「トレーストゥギャザー・トークン」の配布がある。

「トークン」はスマートフォンを持たない高齢者向けの施策として9月から配布を開始している。だが、ストレーツ・タイムズによると、420万の「トレーストゥギャザー」のユーザーのうち、スマートフォンのアプリのみを使っているのは半分以下の200万人ほどだという。

「セーフエントリー」と連動した利用義務化の予定に加えて、かねて問題となっていたアプリによるスマートフォンのバッテリー消費を嫌った市民が、専用端末である「トークン」入手に動いているという事情もあるようだ。

そしてシンガポールの場合は、2021年になって「トレーストゥギャザー」をめぐる新たな展開もあった。そのデータを、犯罪捜査に流用することが明らかになったのだ。

「トレーストゥギャザー」はブルートゥースを使った濃厚接触検知の仕組みだが、政府がそのデータを個人情報、電話番号などとともに集中管理しているという点で、データをスマートフォンの端末に保存する「分散型」とは大きく異なる。

その「トレーストゥギャザー」も、当初は新型コロナ対策としてのみデータを利用すると表明してきた。だが、犯罪捜査にも利用できると政府が表明。

2月2日にはこのデータ利用を明確に認める法案も成立した。

対象犯罪は殺人など7類型に限定されるというが、プライバシー保護とは逆方向への展開となっている。

●何が欠けているのか

義務化せず、プライバシー配慮の「分散型」を取っている各国を見ると、やはりおおむね2~3割程度の普及率でとどまっている。なぜ普及率が伸び悩むのか。

バッテリー消費や接触検知・通知の停止など、各国で見られる様々なアプリの不具合は、原因の一つだ。

スイスのアプリ「スイスCOVID」の開発にも参加したチューリッヒ工科大学教授、エフィ・ヴェーナ氏らが2020年11月に科学誌「サイエンス」に発表した研究の中で、これに加えて、プライバシーやデジタル監視への懸念、さらにアプリの実際の有効性が明確でないことなどを挙げている。

大規模に展開されていない段階では、デジタル接触検知の効果を評価することは極めて難しい。一方で、デジタル接触検知の効果が証明されるまでは、人口レベルでの大規模な利用は納得を得られない。

ヴェーナ氏らは、その上でこう述べている。

テクノロジーの取り込みとは、社会的学習と社会的信頼の醸成の積み重ねを土台とした、無限のプロセスであることをまず理解すること。そして、効果を検証し、デジタル接触検知アプリの利用動向を見極め、社会の意識をモニタリングし、その上で社会で懸念されるリスクと期待値に沿うテクノロジーデザインを採用する。そのためのメカニズムを作り上げることを、政策担当者への提言として述べておく。

アプリの効果の可視化だけでは、普及率の向上につながらないことは、アイルランドのケースを見てもわかる。

ただ、この提言に実際に取り組むには、ユーザーの利用データが必要になりそうだ。

●接触アプリをどうするのか

日本の「COCOA」は、その不具合が明らかになったことで改めて注目を浴びた。

だがそれまでは、2度目の緊急事態宣言や目前のワクチン接種への準備の中で、ほぼ忘れられたような扱いだった。

ただ、ワクチン接種が始まっても、濃厚接触の検知が引き続き必要であることに変わりはないだろう。

その中で、アプリをどう位置づけるのか。

欧州委員会はEU域内で市民が国境を越えて移動してもアプリをそのまま使えるよう、ルクセンブルクにゲートウェイサーバーを置き、2020年10月から相互運用の取り組みを始めている。

対象は加盟27カ国のうち「分散型」のアプリを運用している20カ国。フランス、ブルガリアは「集中型」のために対象外だ。

現時点ではドイツ、イタリア、スペイン、アイルランドなど11カ国で相互運用が可能になっている。

また、米国でも州ごとに取り組む接触アプリの、サーバー共通化による相互運用の試みが進んでいる。

少なくとも取り組みを前に進める機運はあるようだ。

アプリの不具合を早急に改修するのはもちろんだろうが、このアプリをこれらどうするのかという問題の方が、より重要に思える。