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移転跡地で交流芽吹いて 仙台・荒浜 市民農園、来月オープン

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東日本大震災で被災した仙台市若林区荒浜地区の防災集団移転跡地で、元住民の自営業末永薫さん(54)が4月1日、サーフィン仲間と市民農園をオープンさせる。2015年解散の荒浜移転まちづくり協議会で会長を務め、荒浜住民の集団移転による地域再建に奔走した末永さん。震災10年が過ぎた今、人が住めなくなった古里に交流の場を取り戻そうと意気込んでいる。
 農園は「ファーム・SURF-SIDE荒浜」(3000平方メートル)。市の集団移転跡地利活用に応募し、19年8月に事業者に決まった。仲間も隣接地に同規模の市民農園を開設。20年夏ごろから一体的に整備し、30平方メートルと50平方メートルの区画を両農園で計46カ所設けた。
 芋煮会やバーベキューができるイベント広場、子どもの遊び場、果樹畑も今後整備する。既に区画の半分は利用する会員が決定し、残り半分は荒浜地区出身者に限定し、募集している。
 末永さんは震災当日、仕事のため、宮城県名取市内の仙台空港近くを車で走行中に強い揺れに見舞われ、内陸側に逃げた。妻と娘2人は無事だったが、同居する義母は荒浜小に避難し、津波の中で一晩孤立した。24歳から暮らした小学校近くの自宅は跡形もなく消えた。
 避難所生活が始まり、1週間ほどで「子どもや孫に同じ経験はさせられない」と移転再建の気持ちを固めたという。12年1月に協議会を発足させ、まちづくりの原案を作り、市に住民の要望を粘り強く伝えた。
 夏祭りや餅つきなどを企画し、ばらばらに暮らす住民のコミュニティー維持にも努めた。協議会に名を連ねた310世帯に移転先の宅地が引き渡され、15年3月に協議会は解散した。
 末永さんは若林区荒井西地区のなないろの里に自宅を再建した。農業の経験はなく、仕事の合間に見よう見まねで農園の準備を進める。譲り受けたトラクターを修理して固い土を耕し、井戸は仲間と掘り、道具の収納庫や柵は手作りした。
 荒浜で趣味のサーフィンを楽しんだ帰りに、農作業する生活が定着しつつある。末永さんは「イベントを開いたり、サーフィンや釣りを教えたりして、みんなが楽しめる『レジャー農園』にしたい」と夢を描く。