なぜスシローやかっぱ寿司で不祥事が? 業界を苦しめる「安かろう、良かろう」戦略と過剰な期待

1皿100円を維持し、低価格を売りにしてきた大手回転寿司で不祥事が相次いでいる。その背景に回転寿司業界の過当競争があると、多くの論者が述べている。 【画像で見る】5大チェーンの寿司(全25枚)  9月末、「かっぱ寿司」を運営するカッパ・クリエイト前社長の田邊公己容疑者が、以前勤務していた「はま寿司」から仕入価格や売り上げのデータを盗んだとして不正競争防止法違反で逮捕された。カッパ・クリエイトも起訴されたのは、記憶に新しい。  「スシロー」の運営会社あきんどスシローは6月、消費者庁と公正取引委員会から、売っていない商品を宣伝した「おとり広告」により、再発防止の措置命令を受けた。  「くら寿司」では4月、山梨県甲府市内の店舗の店長が、日常的に上司からパワハラを受けていたとして、店舗の駐車場で自殺したと『週刊文春』が報じている。  「魚べい」「元気寿司」運営会社の元気寿司は9月末、店舗開発部長が不適切な支出を行い、取引先からキックバックされたリベートを受け取っていたとして解雇。社長も交代した。民事、刑事での訴訟を検討中とのことだ。  このように、5大回転寿司が次々に何らかの事件を起こしているか、事件に巻き込まれている。

過剰に期待しすぎる消費者

 回転寿司は人との非接触性が高い業態なので、外食の中では比較的自粛の影響が少なかった。しかし、今年になってコロナ禍から世界経済が回復してくるタイミングで人手不足が深刻化した。また、ロシア・ウクライナ戦争の影響による原油高、魚の価格高騰、輸送コストの高騰などが顕在化。消費者が嫌がる値上げをせざるを得ない状況に追い込まれ、問題が噴出しているように見える。  消費者は、「安くてうまい」のが当たり前だと、回転寿司に過剰な期待を持っている。2000年代以降、税別で1皿100円をメインにした5大回転寿司チェーンが取ってきたのは「安かろう、良かろう」戦略である。スシローが主導し、各社が追従。デフレの勝ち組として、成長を続けてきた。それがついに限界に差し掛かってきたのではないか。  ネットの掲示板では「ネタやシャリのサイズが小さくなっている」「品質が落ちた」「家計が苦しいのに値上げをするとは何事だ」「従業員・アルバイトの待遇を良くせよ」などといった書き込みが目立つ。  しかし、値上げせざるを得ない状況なのに、価格をそのままにして、ネタやシャリのサイズを大きくして、従業員の待遇まで良くできるのか。さらに、新型コロナ対策を完璧にせよと主張されても無理があるだろう。  「安かろう、良かろう」は本来、実現できるわけがない。そこを企業努力でなんとか実現しようと、各社は知恵を絞る。しかし、一時的に起こせた奇跡も、条件が少しでも変わると持続可能でなくなってくる。  消費者は、過剰に期待しすぎた。その結果、供給できないのに宣伝を続けたスシローの「おとり広告」事件につながってしまったのではないか。スシローは、消費者の期待を裏切りたくなかったともいえる。  本来できないはずのことを、競合他社はどうやって実現しているのか。その秘密を知りたくなると、社員を引き抜いてでもノウハウを移転しようとするケースも出てくるだろう。

スシローやくら寿司の躍進

 デフレで花開いた5大回転寿司の直近10年の歩みを振り返りつつ、1皿100円のビジネスモデルが曲がり角に差し掛かっていることを検証してみたい。  07年から22年にかけて、5大回転寿司の売り上げと経常利益がどう変わったか、決算書から分析しよう。左から07年、19年(コロナ前)、21年、22年となる。単位は億円で、売り上げ右にある()が、経常利益またはそれに相当する数値だ(決算月は各社異なる)。 スシロー:591(29)→1991(144)→2408(216)→2813(76) くら寿司:485(30)→1361(61)→1476(32)→1825(26) はま寿司:247( – )→1398( – )→1386( – )→1507( – ) かっぱ寿司:609(14)→762(8)→649(△15)→672(△19) 元気寿司:281(15)→420(23)→383(△4)→446(25) 銚子丸(参考):126(8)→193(10)→178(9)→170(17)  スシローについては、07年はあきんどスシロー、19年はスシローグローバルホールディングス、21年にはFOOD&LIFE COMPANIESと社名が変遷している。  くら寿司の22年決算は、決算期が10月なので予想値。  はま寿司は非上場なので、親会社ゼンショーホールディングスの決算書より、ファストフードカテゴリーの売り上げを記す。経常利益は不明だ。  かっぱ寿司はカッパ・クリエイトの決算。△は赤字を示す。  直近15年の売り上げ推移を見てみると、スシローが業界2位から躍進し、5倍近い規模に拡大していることに驚かされる。今年は6月以降、おとり広告などで顧客が減り利益が激減したといっても、経常利益はくら寿司と元気寿司の3倍近くある。コロナ前からの1.4倍の売り上げ増は、寿司居酒屋「杉玉」の成功と、京樽の買収も含まれていて、見事な成長ぶりだ。

中国に買い負ける

 スシローは、原価率50%といわれている。厳選した食材を使った提供で、回転寿司ファンを歓喜させてきた。しかし、会社が大きくなる一方で、日本を取り巻く漁業の環境は乱獲などが原因でどんどん悪くなっている。スルメイカもサンマも激減して高級魚になりつつある。価格を上げざるを得ない理由として、日本の漁業不振がある。  スシローの有力な調達先の一つで出資も受けている、羽田市場(東京都大田区)の野本良平社長は「日本の漁協の8割は赤字。浜値が100円の魚がスーパーでは500円で販売される流通を変えないと、乱獲は止まらず未来はない」と警鐘を鳴らしている。  「昔の大手回転寿司は、100円でネタも大きくうまいものを出してくれた。今は値上げしているが、昔ほどでない。堕落した」といったように苦言を呈する人も多いが、そもそも近海で魚がどんどん獲れなくなっている。  それを埋め合わせるために輸入を増やしているが、中国に買い負けてしまう。輸送のための燃料価格も上がっている。日本政府は港湾の整備を怠り、今は大型貨物船が入港できる中国や韓国などの港で詰め替えて、日本に運んでいる状況だ。  魚の乱獲を止め、ハブとなる港湾の大整備をしないと、魚価の高騰は止まらず、昔のスシローのように100円で消費者が狂喜する寿司など、提供できるわけがないのだ。  スシローはおとり広告事件だけではなく、ビール半額キャンペーンがあり得ないほど早期に終了したり、巻物に使っていたマグロの種類が違っていたことが発覚したりと、回転寿司のリーディング企業とは思えぬ失態が続いた。  おとり広告については、キャンペーン期間を完走できるほどの魚介類を確保できず、その一方で消費者の期待を裏切りたくないので、TVなどの広告を止められなかったことが背景にあるとされている。スシローに対する過度な消費者の期待が生んだ事件ともいえないか。  現在のスシローでは、6月以降既存店の売り上げがずっと前年を割り続けて、回転寿司で一人負け状態に転じてしまった反省もあり、キャンペーン商品に対して販売数を明記するようになった。おとり広告の影響は大きかったが、収束に向かっている。

背景に競争激化か

 くら寿司の急成長も目覚ましい。くら寿司は15年で4倍の規模になった。スシローと同様に、コロナ禍を跳ね返して売り上げが1.2倍伸びている。これを、くら寿司という単一業態で達成した。ただし、利益は15年前とあまり変わっていない。価格を維持しようと頑張っているが、薄利が進み、なかなかもうけにつながらない様相が見て取れる。  くら寿司の山梨県甲府市内の店舗の店長が4月1日、店舗の駐車場で車内にて焼身自殺した事件は痛ましく、強い抗議の意思を多くの人が感じただろう。『週刊文春』によるスクープは、上司のスーパーバイザーによるパワハラが背景にあったとした。くら寿司側では、個人的事情があると推察されるとして、業務との関連を認めていない。  くら寿司は、一見絶好調に見えて、利益の額が15年前とさほど変わっていない。店舗数が拡大すればするほど、利益率が下がるジレンマで、ついつい上司からの厳し過ぎる指導が行われてしまったのかもしれない。  甲府市内に、くら寿司は甲府上阿原店しかない。この店から車で2~3分以内に、スシロー、かっぱ寿司、グルメ回転寿司の「活鮮」と、3店もの競合店がある。同一商圏に回転寿司の店舗が集中する、全国有数の激戦地と見受けられた。  これほど厳しい条件下で、突出した業績を上げるのは相当難しい。お店の従業員の証言も『週刊文春』は紹介している。刑事事件として捜査してみないと明確なことは分からないが、過度な期待が店長にかかっていて、心理的に追い込まれていた可能性を否定できない。

なぜかっぱ寿司に移ったのか

 はま寿司は、07年当時にはまだ15店しかなかった。07年当時はウェンディーズが中心だった(09年に米国本社との契約を更新せず全71店を閉店)ので、247億円の10分の1もあったのかどうか。コロナ禍で停滞した時期もあったが、恐らく15年前より100倍くらい伸びている。つまり、ゼンショーは牛丼「すき家」に次ぐ事業の柱を、ハンバーガーから回転寿司へと全面的に乗り換えて、大成功したのだ。  田邊容疑者がはま寿司の取締役に就いたのは14年。17年2月には、営業本部本部長として人型ロボット「ペッパー」を導入して、入店時の受付を行うという趣旨の説明会を行っている。  現在はペッパーは撤去されて別の受付機が導入されているが、一時期はま寿司の顔として飲食業のロボット活用に一石を投じた。このような画期的な試みに携わっていたのも、かっぱ寿司の親会社、コロワイド首脳陣が田邊容疑者を買っていた点だったと推測される。  田邊容疑者は、期待されてゼンショー傘下のジョリーパスタやココス・ジャパンの社長を任されたが、成果が出ずゼンショー内での立場が弱くなっていたとの指摘もある。  田邊容疑者には、かっぱ寿司社長として成功して、ゼンショーにリベンジしたい心理があったとする説だ。

取り残されたかっぱ寿司

 かっぱ寿司は、上位3社が15年で急成長したのに対して、一人負けが否めない。コロナ禍の影響も他社に比べて大きく、22年も経常赤字が拡大していた。ただし、最終益は7億円と黒字転換していた。  かっぱ寿司が最も利益を上げていたのは04年で、売り上げが527億円に対して経常利益は84億円もあって、利益率は15%もあったのだ。この頃は席数130席以上の大型店を、業界に先んじて出店し、小型店をスクラップ。05年5月末で100席以上の大型店は全290店の約95%に達していた。今では普通にある、郊外ロードサイドの回転寿司大型店は、かっぱ寿司が普及させたものだ。  05年、タッチパネルと「特急レーン」という高速レーンを、回転寿司に初めて導入したのもかっぱ寿司だ。常に業界の最先端を走っていた。かつては、他社がうらやみ、マネする業態だったのだ。14年には売上高941億円にまで達したが維持できず、当時の7割程度に衰退した感が拭えない。  14年の末にコロワイドがかっぱ寿司を買収し、再建に取り組んでいるが、現在の山角豪氏まで、8年間で6人の社長が交代する異常事態となっている。コロワイドは成果を出す人を抜てきするが、成果が出ない人には厳しい会社だ。  ゼンショーから転職して、21年2月にカッパ・クリエイト社長に就任した田邊容疑者は、短期で目覚ましい成果を上げようと焦った挙句、はま寿司の仕入価格や日次売り上げのデータを盗む“禁じ手”に及んだようだ。一方、田邊体制下においては、シャリに山形県産はえぬきを採用し、酢やしょうゆも改良したという事実もある。  かっぱ寿司はコストカットに熱心なあまり、ネタは薄くなり、シャリも小さいといったイメージが付いてしまっていた。実は既に、原価率はスシローをはじめ他社と同じく、50%近くにまで引き上げていたが、売りは大食いの人向けの食べ放題で、回転寿司のメインターゲットであるファミリーの方を向いていなかった。  コロワイドで再建に取り組んだ歴代社長がネタの改善に注力したのに対して、田邊容疑者はシャリも変えて、「安かろう、まずかろう」のイメージを払拭(ふっしょく)しようとした。しかし、そこに根本的な矛盾がなかったか。  新しい試みとして、店舗で提供するしょうゆに関して、3種類から選べるようになった。一方、はま寿司では、「だし醤油」「昆布醤油」「濃口醤油」「さしみ醤油」「ゆずぽんず」が選べるのを売りにしている。メインはどちらも「だし醤油」だ。はま寿司のノウハウを本格的にかっぱ寿司に移植してきた感は否めなかった。

元気寿司のトップが降格

 元気寿司は、15年間で売り上げは1.6倍とまずまずの成長だ。09年から出店し始めた魚べいでは、回転レーンを無くして高速レーンを2段、3段に重ねて、出来立てを提供する取り組みをしており、「回転しない寿司」の元祖といえる。現在、150店くらいにまで増えている。今やグッドアイデアということで、はま寿司とかっぱ寿司が「回転しない寿司」化を進めていて、競争が激しくなっている。コロナ禍で一時期売り上げを落としたが、既に回復しているのは見事だ。  魚べいを構築した法師人尚史氏が9月29日、社長から代表権のない取締役に降格されたのはショックだった。新社長には親会社の米卸、神明ホールディングス(神戸市)の藤尾益雄氏が就き、会長を兼任している。22年度に入ってから既存店売り上げが前年を下回った月はなく、業績面での責任を問うた人事ではないようだ。  店舗開発部長の指示で、新規出店時の床上げ工事、パーテーション工事がなされていないにもかかわらず、架空の工事費用が建設業者に複数回支払われていたことが、外部の有識者で構成する特別調査委員会の報告で明らかになった。問題の店舗開発部長は退職した。  店舗開発部長が金銭に困っていたのか、給与に不満があったのかは不明だが、せっかくコロナ禍を乗り切り、攻勢をかけようとしている時に、腰を折るような不祥事だ。

いつまで低価格を維持できるのか

 参考として、グルメ回転寿司である銚子丸についても言及しよう。従来は100円回転寿司の顧客単価が1000円なのに対して、グルメ回転寿司は1500円ほどといわれてきた。この価格差は消費者には響いた。うまいと評判の銚子丸でも、デフレでは成長できていなかった。しかし、コロナの影響は軽微で、値上げによって特にスシローやくら寿司の価格がグルメ回転寿司に接近してきた現状なので、久々にチャンスが巡ってきた感がある。  スシローは10月から、1皿の値段が120~150円、180~210円、360~390円と3つの価格帯になった。  くら寿司も10月から、1皿の値段が115円と165円になった。9月まであった220円の価格帯が廃止になったので、値下げの要素もあるのだが、最低価格が上がったから消費者からは値上げと受け止められている。  一方、はま寿司は6月に平日99円がなくなったものの、基本1皿110円を維持。ただし165円や319円の商品も結構ある。  かっぱ寿司も、9月より110円皿の商品を30品増やしている。165円、220円、330円の商品もある。  魚べいは、都心部店を除き大半が110円。まぐろは120円、1貫なら60円だ。都心部店は最低120円になる。  現状は、値上げに踏み切ったスシローとくら寿司より、1皿110円にこだわる、はま寿司、かっぱ寿司、魚べいのほうが集客が良く映る。マイナスイメージにつながる報道があっても、安いという理由で、かっぱ寿司を選ぶ消費者は多いようだ。  しかし、身を削っての奉仕にどこまで耐えられるか。顧客志向は良いことだが、無理な価格維持は新たな問題を引き起こさないか、杞憂に終わればよいが。 (長浜淳之介)