修繕費が400万円にのぼるケース、「なぜ私が」とゴネまくる住民も…退去立会い業者が見た“ヤバい部屋”

新年度がはじまり、引っ越しシーズンも佳境を迎えている。電気・ガスといったインフラの諸手続きや役所への転居届など面倒な作業が目白押しだが、なかでも気にかかる人が多いのは退去時の部屋の立会いだろう。

 借りていた物件に、入居時にはなかった傷や汚れがないか、不動産管理会社の担当が隈なく確認していく作業だが、ほんの数センチの小さな傷すら見つけられて修繕費を請求されるあのヒヤヒヤ感は、何度経験しても慣れるものではない。

 普通の人であれば少しでも修繕費を安くしたいだろうし、そもそも賃貸住宅なのだから最低限は気を使って綺麗に過ごしているはず。しかし、都内の退去時の立会い業者に勤めている北村聡さん(仮名・35歳)は、想像を上回るほど状態の悪い部屋を目にしてきたと話す。そのヤバい退去者たちの実態を聞いた。(取材・文=田中慧/清談社)

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立会い時にイカつい男を同席させる退去者

 退去時の立会いというと、「あまりに細かくチェックされて、退去費用が高くついたらどうしよう」と怯える人が大半だろう。だが、北村さんは「本来、私たちは過剰な減点はしません」という。

「私たちが立会い時に求める部屋のレベルは、あくまで入居時と変わらない、原状回復レベルです。国交省が定めた『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』に基づけば、設備の経年劣化や、棚を置いていた部分の床が黒ずむといった通常使用の範囲の消耗(通常消耗)であれば問題なし。ただし、ぶつかってしまったなど、賃借者の過失や故意が窺える劣化については、減点していく方式です。

 なので、汚れてもこびりつかないようにマメに掃除するなど、ていねいに生活していれば、修繕費に怯える必要はありません」

なかには、知人らしき弁護士を連れて立会いに臨み、見積もりを見せて『これ、絶対ぼられてるよね!』と騒ぐ人もいますが、良識のある弁護士さんは、『これは正当な結果だよ』ときちんと援護してくれるので、それはありがたいですね」

部外者の同行以上に「困る」住民たち

 立会い時の部外者の同行は業者のストレスになりそうなものだが、北村さんは「彼らはまだ、きちんと準備しているだけマシ」と続ける。

「私らが部屋に到着しても、2割くらいの人はまだ荷物が残ったままです。『あともう少しで全部運び終えるから!』と悪びれるのならまだいいですが、『あれ、退去って今日でしたっけ?』と片付けにいっさい手を付けていない部屋も。こうした場合、人件費をプラスで請求して立会い日をリスケするか、オーナーや管理会社が直接部屋を確認するか、となるパターンが多いです」

 住人側からすれば、退去専門の業者の関門をスルーし、管理会社やオーナーのチェックだけになるのはラッキーと思えそうなものだが、そう甘くはないらしい。

「正直、私たちが管理会社との間に入ることで、お目溢ししているケースも多い。たとえば金銭事情が厳しそうな学生なら、小さな傷の2、3箇所は管理会社に交渉して費用を負担してもらったり。これから海外に飛ぶ人だと、あまりに高額な費用を請求してそのままトンズラされるのが一番痛いので、現実的に払える額を聞き出して管理会社やオーナーと交渉することもあります。

 こちらもけっして鬼じゃないので、膨大な請求が怖いなら無難に立会いを受けるのが得策だと思いますけどね」

 下手に立会い業者の目をかいくぐろうとするのは、やめたほうがよさそうだ。

「喫煙」「ペットの飼育」はたいがいバレる

 管理会社やオーナーによっては禁止されている「喫煙」「ペットの飼育」を隠れて行っていた人にとっては、退去時の立会いはいっそう肝が冷えるものだろう。その場しのぎで一日中換気し続けてみたり、消臭剤を部屋にぶちまけたりしてやり過ごそうとした経験のある人もいるはずだ。

「そうした対策をしても、たいがいはバレます。特に煙草は部屋の黄ばみだけでなく、多くのマンションについている24時間運転の換気扇に対策のしようがないニオイがこもり続けますから。その場合、壁・天井はすべて張り替えで、部屋の消臭作業が必要となり、1Rでも軽く20万円はかかります。

 ただ、これも意地悪ではなく、次の入居者にもしアレルギーや持病があった場合に備えて丁寧に確認しないといけない部分なので、ご理解いただきたいです」

 ほかにも、ライフスタイルが大きく違う国の出身の外国人とは、揉めることがあるという。

「国によって文化が違うので仕方ないですが、部屋で土足で生活しているケースがあります。備え付けのカーペット絨毯は砂だらけで、雨の日だと泥までそのまんま。何をしたらそうなるのかわかりませんが、壁紙全体が剥がれているケースも多いです」

 部屋の劣化具合だけでなく、日本との賃貸制度の違いによってトラブルに発展する事例もあるそうだ。賃貸を出るときの修繕費がすべてオーナー負担で、住人が支払うことのない国もあり、そういった国の出身者は退去時に「なぜ私が払うのか」と訴えてくることも多いのだとか。

修繕費で揉め、「鍵」を人質に取られたことも

 ごまかそうとしたり、反論してくるだけなら、まだマシなほうなのかもしれない。北村さんがこれまでもっとも手こずったのは、住人が鍵を「人質」にしてきたケースだという。

「壁に傷がポツポツあったり、お風呂に水垢が溜まっていたりと、汚し具合は中程度だったのですが、問題はその住人の態度。

 長年溜まった水垢はハウスクリーニングでは落ちないレベルで、専門業者を呼ぶ必要があるから費用がかさむと説明したのですが、『それくらい、ハウスクリーニングの人が根性入れればなんとかなるでしょ!』とブチギレ。仕方ないので、私が持参していた掃除用具を貸して、『なら、これで落とせるか試してみてください』と言ったんですが、まったく汚れは落ちていませんでした」

 さすがに納得してもらえるか……と思ったのもつかの間、その住人は別角度から北村さんを困らせはじめた。

「彼女には入居時に3本の鍵が渡されていたのですが、『1本しかない』というんです。その場合、鍵代を払って残った1本は速やかに返却してもらいたいのですが、『1本なくそうが、3本なくそうが、払う金額は一緒なんでしょ。なら、返さない! 今から失くす!』と逆上しちゃって。

 たしかに、鍵はセット購入するものなので、料金は変わらないんですよね。たぶん、最初の水垢についての説明が気に食わなくて、私を困らせようとしている面もあったんだと思います」

 話にならないと踏んだ北村さんは、管理会社を通して説得を試みてもらったものの、そちらもお手上げ。終いにはその住人が「警察を呼ぶ!」と面倒なことを叫び始めたので、仕方なしに水垢代を値引き、鍵代だけは払ってもらうことでその場はおさめたそうだ。

「結局、退去者は“ゴネ得”なんですよ。修繕費が気に食わずにゴネまくったら、私らのような業者や管理会社、オーナーがどこまでそのトラブルの解決のために頭と時間を割くかどうか。限界ラインを超えたら、値引きしてでもその住人を納得させるのが1番楽だし、穏便なんです。とはいえ、そのレベルまでいくには、ゴネる側も並大抵の精神力がないと、キツいと思いますけどね」

修繕費が400万にのぼったケース

 ここまで、退去者側が明らかに迷惑行為をはたらいていた部屋を紹介してきたが、なかには必ずしも住人のせいだけとは言い切れない、複雑なケースも存在するようだ。

「いままでで修繕費が最大となったのは、都心の3LDKのマンションで35年間一人暮らしをしていた高齢男性の部屋でした。全室の壁紙がすべて剥がれ、床の絨毯も剥がれて浮きっぱなし、風呂の浴槽もシステムキッチンもカビだらけ。当然、全交換が必要だったので、修繕費は総計400万円となりました。もはや修繕というより、リフォームの額ですよね」

 ただし、この悲惨な部屋の状況は、住人の男性の怠慢だけが原因ではなかった。退去立会いの数年前、その真上の部屋からの水漏れトラブルが起きており、男性はマンションオーナーに「部屋が水浸しだから対応してくれ」と訴えていたという。しかし、オーナーにはその部屋の修繕を行うだけの資金がなかったために、男性の要望は無視され続け、こうした惨状ができあがったのだ。

「実際、不動産オーナーは必ずしも裕福ではないという現実があります。なかでも顕著なのは、親のマンションを譲り受けた2世オーナー。2階建て全6部屋のマンションを譲り受けても、立地が悪いうえに築20年超えだとせいぜい家賃は1部屋5万円くらいしかとれないし、満室のときなんてほぼありえない。

 なのに、もはや年に1部屋ずつ、10万円はかかるエアコン交換はしないとガタがくる築年数だし、ほかの共用部分の修繕も必要となると、正直まったく採算がとれない事業なんです。私が関わってきた範囲ですが、きちんと利益を上げられているオーナーさんは3人に1人もいないんじゃないですかね」

 部屋が水浸しになっても対応してくれないオーナーはレアケースかと思うが、それも絵空事ではないくらい、オーナーの懐はひもじくなっている。住人のモラル以前の問題も、退去時のトラブルの一因となっているようだ。

(清談社)

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 だが、「少しでも修繕費をケチりたい」という思いが高じた結果、立会い業者に圧力をかけてくる人もいるのだとか。

「学生の住人で親が立会い状況を問い詰めてくる……レベルならいいのですが、面倒なのは女性1人の退去時になぜかついて来る男性。友達なのか彼氏なのかわかりませんが、大概がちょっといかつい格好で、私がちょっと床をかがんで見ただけで『おぃ! そんな小っさい傷で減点する気かよ!』と怒鳴ってくる。

 正直、威圧されようがされまいが、こちらは判断を変える気がないので、ただ面倒だなとしか思ってませんが。