日本の貧困層が中流階級にのぼるのは困難だと言えるワケ…「運が良かった」人間が負うべき責任を考える

前編記事『「能力主義」が台頭する現代社会で「日本のエリートたち」に警鐘を鳴らす』では、努力だけが成功につながるわけでない現状を解説してきた。続くこの後編記事では、その中で成功したものように振る舞えばいいのか、また、平等なチャンスを与えるためにはどうしたらいいのかなど引き継き解説してく。

アメリカン・ドリームの罠

真の意味で平等主義の国であれば、貧困層から中流階級にのぼるのに、それほど時間はかかりません。いっぽうで、格差が大きい国だと、貧困から抜け出すのに、何世代もかかってしまうことを示しています。

日本では4世代かかります。アメリカでは5世代も必要です。ここから、日本はアメリカよりも格差が少ないことがわかります。デンマークではなんと2世代しかかかりません。デンマークは日本やアメリカよりも、はるかに平等主義であることが見えてきます。

アメリカには「アメリカン・ドリーム」があると言われ続けてきました。貧しい家庭に生まれても、常に成功するチャンスがある。だから、我々は格差についてあまり悩む必要がない―そう信じられてきた。

しかし、これは「能力主義」の社会が植え付けてきた”幻想”にすぎないのです。

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こうした格差の再生産は、近年さらに加速しているように見えます。その象徴的な裁判がありました。

今年6月に米連邦最高裁が、ハーバード大学の入試で「人種を考慮するのは違憲」という判決を出したのです。

これまで、ハーバード大学をはじめとした大学の入学試験では、黒人や中南米系の学生を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)が取られてきました。

しかし、こうした措置が法の下の平等に反すると判断されたのです。

社会としての責任

私はこのアファーマティブ・アクションに賛成の立場です。歴史的に不利な立場に置かれてきた人々に対し、格差を是正する目的で一定の優遇措置を講じる必要があると考えています。それは、格差の再生産を防ぐ意味もあります。

大学としても、歴史的な差別や偏見を考慮に入れて、それを克服する一助になる方法を模索し、機会を平等にするべきなのです。

それこそが、これまで不当な扱いを強いられてきた人たちへの社会としての責任だからです。

同じことが、成功者たち「エリート」にも言えるでしょう。実際、トップ大学出身者が社会のエリートになることが多い。ビジネス界でも政界でも学界でもリーダーはトップの大学出身者ばかりです。

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日本でも、国会議員には、世襲が多いと聞いています。官僚も東京大学出身者で占められているそうですね。

問題は彼らがエリートであるということではない。彼らが持っているアドバンテージに対してエリートは責任を持つべきだということです。

エリートは謙虚さを持て

もしエリートが自分の成功は100%自分の努力のたまものであると考え、生まれた家庭や、幸運などを忘れてしまうと、それはあまりにも傲慢なことです。

謙虚さを忘れ、すべて自分の努力で成し遂げたと思い込むことはあまりにも危険です。

私は、トップ大学出身者が社会でリーダーシップをとることに反対しているわけではありません。そうではなく、競争が激しい「能力主義」の世界で、自分の成功に対し誤った態度でいることに警告をしているのです。

エリートには、社会全体に貢献する責任があります。自分たちが享受してきた状況や幸運を踏まえ、そうした「運」に恵まれなかった人たちの生活を改善しようとする義務があるのです。

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大学や貧しい家族に寄付をして、低収入の家庭の学生を支援するのも手でしょう。

授業料などの教育リソースや、文化的な機会をより多く提供することは、成功者が社会に貢献することができる一つの方法です。

また、それ以上に重要なのが、この40年で拡大した格差を是正することです。

エリートたちは、自分の「運」によってその地位を得られている。だからこそ、社会への還元が求められるのです。

マイケル・サンデル/米国の政治哲学者、倫理学者。ハーバード大学教授。『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』『それをお金で買いますか 市場主義の限界』(ともに早川書房)など著書多数

「週刊現代」2023年9月30日・10月7日合併号より