19歳はリフト代タダ!業界を動かしたビジネスモデル

原田知世と三上博史が出演する映画「私をスキーに連れてって」が公開されたのは1987年。バブル期に放映されたこの映画は空前のヒットとなり、スキーブームを生み出した。ゲレンデ、松任谷由実、派手なウェア、恋愛……スキーに出かけるなら観る映画、とまで言われた。
 ところがバブル崩壊に伴い、スノーアクティビティ人口は減少傾向に。100以上のスキー場をかかえる長野県も地域的な打撃をうける。スキー場のまわりにはホテルだけでなくペンションや民宿など簡易宿泊施設に分類される宿が多数あり、長野県はこれら宿泊施設の数が日本で最も多い。しかし、その一方で簡易宿泊施設の倒産件数1位の県にもなってしまった。
 スキー場の商売は季節商売なので、春から秋にかけて農業に従事していた人が冬はスキー場で働くなど、年間を通して出稼ぎにでずに済む状態ではあったが、閉鎖するスキー場が増えると、都市部に出稼ぎにいかねばならず、1年を通して家族が一緒に暮らせないなど別の問題も生まれてきた。
 リクルートライフスタイルの研究員である加藤史子氏のところに、長野県から相談があったのは数年前のことだ。20年間落ち続けた市場なので期待値はそれほど高くはないが、なんとかスキー場にお客さんを呼び戻し、地域を活性化したいと県の担当者は訴えた。
■19歳を無料にする意味
 これに対して加藤氏が打ち出したのが、19歳の人であれば誰でもシーズン中リフト券が無料になるという施策。「雪マジ!19」と名付けられるプロジェクトだ。利用者は公式サイトで登録を行えば、会員証メールが送られてくる。スキー場では、このメールと写真付き身分証明書を提示すればリフト代がタダになる。
 何故、19歳なのか?加藤氏はまず、インターネット調査によって人々がどのタイミングでスキー場のアクティビティに参加するか、エントリーポイントと言われるものを探ることからはじめた。当然、長野県もすでに様々な手を打っていた。修学旅行を増やす、子供に無料でリフト券を配布するなどの対策は行っていたが、加藤氏が調査するうちに「それは違うんじゃないか」と気づいていく。つまり小学校の時に家族旅行、修学旅行、研修、スキースクールなどでスキー場には行かされることはあるが、そこはその人のスキー場来訪率を高めることには寄与していないことがわかったのだ。思春期に仲間同士でスノーボードをはじめたかどうかいうのが、その後の人生におけるスキー場のリピートに寄与していることがわかった。ここがトリッキーだったという。大きく寄与するのは高校卒業後から社会人になるまでだった。
 とすると、19歳を頂点とした世代にどういう仕掛けを打っていくかということになる。「19歳というのは、出かけるのも家族旅行から同年代の仲間に代わり、お金の負担も自分にのしかかってバイト代から捻出しなければいけない時期」「スキーをそこそこ滑れる子でも、スキー場でスノボを経験するとつらい思いをする」「この誘われないと行かない、お金がないと行かない、しかも1回行って痛い思いをするとやめちゃうという、この状況を超えて潜在需要を掘り起こすには、相当インパクトが強いものではないとダメだなと思いました」。
 この世代は皆スマートフォンを持っており、SNSを活用するので横のつながりも強い。加藤氏は、「彼らの会話のなかで2秒で説明できるものでなくてはいけなかった」と強調する。「俺ら、いくらスキー場に行っても今年無料らしいよ、みたいな。ここに19日は無料とか、夕方は無料とか条件をつけると、とたんに伝わらなくなってしまう。なので細かな条件を排除し、スキー場で何万回滑っても無料としました」。
 19歳で多くの人が脱落して、一生ゲレンデとは縁がなくなるという人が増えている。このタイミングで無料で何度も来ることができれば、比較的時間に余裕があるため上手くなって楽しくなっていく。そしてハマった時には有料でもスキー場に行くようになって、いずれファミリーになったら再来訪してもらえる。
 実は日本人のなかでスキー場に来ているのは、子供が幼稚園から中学生以下のファミリー層だ。世代別に見ると20%を占めており、もっとも多い層。この世代は40~50歳の団塊ジュニア世代でバブル期に20~25歳だった人たち。「私をスキーに連れてって」に影響されてスキー場へ出かけていた世代でもある。また、ファミリー層で復活している人は7割が中上級者だ。若い時にさんざん滑り、ある程度の技術レベルに上達することがいかに大事かがわかる。
■リスクはぼんやりしていることが多い
 加藤氏のプロジェクトに長野県の担当者は「いいね」と前向きの姿勢を示した。しかし、索道協会が反対した。索道協会は各地域にあり、スキー場、リフト、ロープウェイの事業社が加盟している協会だが、「我々の利益の源泉を何故無料にしなければいけないのか?」「そんなリスクを負えるか」といった反応が起き大反対の声があがった。この時から、プロジェクトは県の依頼案件ではなく、リクルートの自主企画に変更になった。
 加藤氏が、クライアントがなくなってもプロジェクトを推進したのには理由がある。旅行・観光業界に関わりはじめて3年目だが、日々旅行というレジャーが不利な状況になっているなと感じていたという。「統計上、1回の旅行には5万円くらいかかる。しかし、楽しいかどうかわからないものに5万円を支払わなければいけない」「今のゲームは若者を集めて利益を生んでいるが、フリーミアムというビジネスモデルです。それは大量のユーザーを囲い込んで、楽しさが分かった人だけ課金してくれればいいというもので、これを見た時に、旅行はますますかなわなくなるなと思いました」。だから加藤氏は、まず体験させて楽しさがわかったらアップセルしていく、有料化していくというやり方をほかの業界から学ばないと、活性化できないという思った。スキー場のフリーミアムモデルというのは、おそらくいけるだろうと思ったという。
 索道協会以外、つまり宿泊施設、お土産店、その周辺産業では反対する人はまずいない。なぜならリスクがないからだ。では、20年間売り上げが落ち続け、施設も人でも維持するのが精いっぱいなのに無料にしてしまったらどうなるのか?と憤慨する相手に
どう説得していったのか?加藤氏は「これは、どの問題に対しても言えるなと思うんですけど、リスクってぼんやりしてることが多いんですよ」と話す。たとえば、スキー場に1年間やってくる人は何人ですか?と聞くと答えられる人は多いが、19歳はそのうち何パーセントかについてはわからないところが多い。星野リゾートなどしっかりとデータをとっているところを参照すると、1~3%という数字がでてくる。スキー場のビジネスは、天候やカレンダーによって大きく左右される。たとえば、大抵のスキー場はクリスマス3連休から開業する。ただここで開業できれば結構ラッキーで、初雪が遅いと年末年始に無理やり開けることになる。クリスマスに開業できないと5%も売上にひびくと話すところもある。この数値に対して加藤氏は「お天気とカレンダーで10%の変動要素があるのですね。それに対して、意思をもって未来を作るかも知れない19歳という1%のリスクってとれないんでしょうか?19歳が親を連れてきたらどうですか?大学1年生と2年生のサークルが誘客できたらどうですか?あとはスキー場に来た人が、いっさい飲み食いもせず、レンタルもしませんか?などいろいろ分析していくと、リスクはゼロなんです」と話す。
 このように説得していき、1年目は89ヵ所が参加。2年目はプリンスホテルの全グループと東急グループのほぼすべてが参加し136ヵ所、3年目は志賀高原の19か所を含め172ヵ所と増えていった。もちろん、感情的に反対するケースや業界構造的に参加できないケースも多い。
 最初に参加を表明したのは、プリンス、東急など従来の大手事業者ではなく、マックアースグループ、クロスプロジェクトグループなどリゾート再生を手掛ける新勢力だったという。
 なかには、まだ参加に二の足を踏んでいる蔵王のようなところもあるが、徐々に受け入れるスキー場は増えている。
■連携企画も続々
 19歳の若者は全国で120万人。雪マジ!に登録した人は昨年約15万人。9人に1人は登録している。登録の傾向は雪山に近いエリアほど高くなる。長野県では15,000人の19歳のうち5000人以上は登録している。「登録したら9割はスキー場に行くので、結果としては新規動員につながっている」と加藤氏は話す。スキー場でのレンタルについては、19歳は、はじめてスノボ・スキーをする人も多いため、6割はレンタルをするという。「スキー場にとっては“レンタル”は利益率が高い商品なんです。例えばメーカーから1~2万円で仕入れ、それを3000~4000円で貸し出す。3回貸すと減価償却が終わり、あとは利益率が100%になります。実際に、これをやると儲かるねというスキー場もいます」。
 なお登録した19歳が翌年もリピートしたかどうかについても追跡調査の結果がでている。700名に調査した結果、9割が翌年もスキー場へ出かけていることがわかった。これらの人はスノボを購入するようになり、スキー場にとってのレンタル収入は消えていくがリフト代や付帯収入は増えていくことになる。
 「雪マジ!19」はユニークな取り組みゆえ、連携企画も多く誕生した。リゾートアルバイト求人サイトとの企画、スノボブランドとのバスツアー・フォトコンテスト、ゲレンデの食事開発などでる。
 フリーミアムというモデルは、旧態依然とした業界にはなかなか理解されない。旅行業界では、新しいビジネスモデルが徐々に動き始めているところだ。来季は今年2月にリリースしたスマホアプリを本格展開。これにより、利用者の情報も一括管理でき、行動を詳細に把握することが可能になり、さらに緻密なマーケット戦略が可能になっていくだろう。

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Posted by takahashi