夢を見ず、冒険もせず、快適空間に安住する若者

 ■夢を見ず、冒険もせず
 8月下旬、都内で高校生向けの留学説明会が開かれた。会場には約250人もの高校生らが集まった。
 米国の名門大卒業生らによる留学生活の説明や、体験談。高校生らは熱心に耳を傾けていたが、質問の内容を聞き、主催の一つ、財団法人「グルー・バンクロフト基金」(東京都港区)常務理事の松本健(75)は顔を曇らせた。
 質問が「米国の大学に留学したら日本に帰って就職できるのか」「米国での勉強は大変だと聞いているが」など消極的なものだったからだ。松本は「将来や厳しい生活が不安なのだろう」と話す。
 グルー・バンクロフト基金は米国へ留学する高校卒業生に奨学金を支給している。昭和55年ごろは年80人以上の申し込みがあったが、年々減少し、平成18年には12人しかいない。
 文部科学省によると、海外に留学する日本の学生は平成16年の8万2945人から3年間で約1割減。米国際教育研究所(IIE)の調べでは、米国の大学などで学ぶ日本の学生は11~12年は4万6872人いたが、20~21年には約6割の2万9264人にまで減少した。今年5月には米教育省の副長官が来日し、留学促進を訴える“緊急事態”になっている。
 基金でも職員が高校に出向き、留学を勧める。松本は「本当に冒険しない。何かおかしい」とつぶやいた。
 留学同様、出世を望まない若者も増えている。
 昨年、リクルートが高校生を対象に行った調査で、「将来、会社の中で偉くなりたい」という高校生は29・6%しかいないのに対し、「自分の趣味や好きなことができる仕事をしたい」は79・9%にのぼった。
 大手広告代理店に入社して8年目になる男性(31)は、主任として部下をまとめる立場だ。しかし、「これ以上の昇進は望まない」という。「責任だけが増え、自分のやりたいことができなくなる。出世しても何もいいことはない」
 リクルートの調査部門「ワークス研究所」の主任研究員、白石久喜(44)は若い世代が「夢を見なくなった」と指摘する。
 年功序列で給与が上がる終身雇用体制は過去の話。年金の負担が増える一方で、自分が年を取ってももらえるのか分からない。白石は「仕事以外で喜びを見いだすしかないのか」とため息をつく。
 電車内で大勢の人が携帯電話をいじる風景はおなじみだが、その日、東京経済大コミュニケーション学部教授の関沢英彦(64)は「ここまできたか」と感じた。座っている人全員が携帯を操作していた。
 「電車に乗る時間さえもバーチャル(仮想的)なデータにさらされ続けている。これでは、五感が鈍っていくばかりだ」
 関沢によると、現代人は五感による判断能力が低下している。「路上で人をよけるタイミングを計るのが下手になり、ぶつかってしまうケースが増えている」と話す。
 恋愛でも、理解しがたい考え方の学生を目の当たりにする。自分の好みのタイプを決めてしまうと、現実の世界で、タイプとは違うが多少気が合う異性がいても付き合おうとしない。
 「自分の立ち位置やタイプを決めると離れようとしない。現実での接し方が分からないのか」と関沢は不思議がる。そんな学生は着実に増えているという。
 関沢は「知らない世界には立ち入らず、リスクを避ける。何でもネットで体験し、現実と触れ合わない風潮がある」と話す。リアルを避け、快適な空間に安住する若者はどこに向かうのか。関沢にも分からない。(敬称略)

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Posted by takahashi