太田くんには気をつけなさい

 この会社は基本的に営業主体の会社であるから、朝、営業の人達が出掛けると会社には、社長と経理部の人と業務部の人と製作の僕しかいなくなる。僕は仕事柄、業務の人達とは会話する機会が多く、結構和気あいあいに仕事をしていた。そんなところを社長は見て、あまりよい気持ちはしていなかったようである。ぼくは、社長に呼ぱれて社長室に向かった。
  「八木くん、太田くんのこどう思う。」
  「別に、どうってことないですけれど。仕事ではいろいろ世話になってますから。」
  「太田くんはな、俺のこと恨んでいるんだ。俺には分かるんだ。ああやって結婚しないのもいろいろあってな。何にも知らない振りしてな、実はひそかに俺の足を引っ張っているんだ。八木くんも気をつけろ。あの女は表と裏がひどくてな。だまされるなよ。」
 僕は社長の訳の分からないアドバイスを延々と聞かされた。どうやら僕が業務の人と仲良く仕事をしているのが気に入らないらしい。僕は「そんなこと気にしない」と思いながら部屋を出たが、やっぱり何か気になる。仕事で太田さんと話しても、どことなくよそよそしくなる自分が少し変だった。
 ある日、この話を青竹さんにした。
 「なんだ、そんなこと。それって誰にでもいうんだよ。経営の仕方っていうの。社員が仲良くみんなでなにかしているうちはいいけど、もし皆が社長に文句言い出したら大変でしょう。だから、社内で仲良く仕事していると必ず「○○くんはお前のこと悪くいってたぞ」とかその双方に個別にしゃべっるのさ。そうすると不信感が出て来て、仲が悪くなるさ。皆が協カしないから社長はいつも安泰ってわけ。」
 僕は社長の術中にはまっていたってわけか。なかなかすごい会社だぜ。マイナス思考の塊みたいで、楽しい。僕は少し考え、これを利用して皆をくっつけたら社長は焦るんだろうと思い、ちょっとした実験を試みた。それは太田さんに「社長にこういわれたがどうしたらいいの?」と、相談することであった。
  「太田さん、俺さあ、社長に、変なこと言われてさ。太田さんに気をつけろって事なんだけど、ひどい社長だね。俺を恨んでいるとか、裏表が激しいとかいう訳よ。太田さんも誰かのこといわれてない?。」
 太田さんはこのことにものすごく怒りだし、「信じられない」とかいって社長がますますいやになったようである。まずは作戦成功。でもこんな何の役にもならないようなことをやらなきゃならない会社なんてちょっといやになってくる。まともな会社で働きたくなって来たぜ。