「言葉の暴力」を訴えた宮川紗江選手

昨秋の日本相撲協会内の不祥事以来、日本レスリング協会、日大アメフト部、日本ボクシング連盟、そして日本体操協会…。プロ、アマを問わず、大学も含め競技団体のトラブルが相次いでいる。

記憶に新しいところでは5月。日本大学アメフト部の選手による関西学院大学の選手への悪質なタックル問題で、加害者である宮川泰介選手(20)が日本記者クラブで〝個人会見〟を開き、関西学院の被害者選手に謝罪、その上で内田正人前監督(62)や井上奨コーチ(30)の発言や関わりを生々しく語った。

ところが、その名指しされた内田前監督と井上前コーチが都内で緊急会見を開き、宮川選手の発言について完全否定。弱冠20歳の選手が「個人」で謝罪・釈明会見を開いたことに対して、日大側は監督とコーチをバックアップして否定会見を開いた挙句、食い下がるマスコミに司会者(大学の広報担当責任者)が逆ギレするという事態に発展したが、これは、まさに〝珍事〟で、学生の団体スポーツとしては前代未聞、有り得ない衝撃的な〝事件〟として国民に映ったに違いない。

その後、日本ボクシング連盟では〝終身会長〟だった山根明氏(78)に対して選手やコーチら333人から告発状を提出されるという事案が起こり、山根氏側は「徹底抗戦」を暗示していたものの、結果的に役員全員が辞任することで収束している。

宮川紗江選手18歳「1人だけの反乱」

そういった中で勃発したのが体操女子で2016年リオ五輪代表の宮川紗江選手(18)による〝1人だけの反乱〟だった。

この〝反乱〟――速見佑斗元コーチ(34)による宮川選手への暴力行為に対して日本体操協会が下した「無期限の登録抹消処分」がキッカケとなった。しかも、協会の処分に対して宮川選手は「納得できない」「(処分は)重過ぎる」と異議を唱え、大胆にも1人だけでマスコミを前に「記者会見」を開いたのだ。

協会側は「馬乗りになって殴打した」「髪の毛を引っ張って引きずり回した」など、目撃者の証言だとして速見元コーチの行為を問題視したのだが、宮川選手は、先週29日に行った会見で、暴力は1年以上も前のことで、「髪の毛を引っ張られた」ことなどの一部の暴力は認めたものの、「馬乗りになって殴打された」ことなどは否定、その上で「暴力とは感じなかった」とし「今後も速見コーチの元で頑張っていきたい」と訴えたのだ。

一方で、速見元コーチ自身も処分を不服として東京地裁に地位保全の仮処分を申し立てをしていたが、それにしても、まさか「暴力を受けた」とされる宮川選手が速見元コーチを擁護する会見を行うとは誰しも思わなかったことだろう。

ところが、その会見も話が進むにつれ雲行きが変わってきた。

論点が速見元コーチによる「暴力問題」から協会の塚原千恵子女子強化本部長(71)と塚原光男副会長(70)夫妻によるパワハラ疑惑へと変わっていったのである。

塚原夫妻によるパワハラ疑惑

宮川選手は、協会が速見元コーチに対して重い処分を下したことについて、名指しで「速見コーチと私を引き離すことを前提に大きな力が働いていたことは間違いがなく、そこに(塚原)女子強化本部長が大きく関わっていたことは間違いないと確信しています」とし、その上で「私は、これこそが権力を使った暴力だと思っています」と、パワハラを受けていたことを明かしたのだ。

テレビに出演するコメンテーターなどは、速見元コーチによる「暴力問題」と、塚原女子強化本部長の「パワハラ問題」は「切り離して考えないといけない」と論じていたが、確かに、それはそれ、これはこれだろうが、宮川選手にとって両者は一体化したものだったものではないか。

つまり、宮川選手の説明では、塚原女子強化本部長は、夫婦で運営している「朝日生命体操クラブ」への引き抜きがうまく進まなかったことから、(手段として)速見元コーチの過去の暴力行為を引っ張り出してきて重い処分を下したのではないかと見ているのである。

しかも、「私は、まだ18年しか生きていませんが、いま、人生の中で一番の勇気を出して立っています」

「素直に認めていただきたい」

それは、まさに18歳の少女による巨大組織との対決だった。

ところが、塚原副会長はマスコミに対して「なぜ彼女があんなウソを言うのか、ちょっと分からない」「大変だね。ウソが多いんで」とうそぶき、さらに「嘘ってどこが?」と問われると「だから全部」などと一蹴した。おそらく軽く見ていたのだろう。どうにも緊張感が感じられない態度だった。

ところが、その発言に対して、日本体育大学学長で体操協会のもう1人の副会長である具志堅幸司氏が、神妙な面持ちで「非常に残念な言葉。言うべきではない言葉だった」とし、その上で「18歳の少女がウソをつくとは思わないし」とも述べた。

おそらく、この具志堅副会長の言葉で事態の深刻さを感じたのかもしれない。やや慌てた塚原夫妻は、宮川選手の訴えたパワハラ疑惑に対して、当初は5枚にも及ぶ「反論」の声明文を発表するなど一時は〝対決姿勢〟を滲ませたが、その反論が逆効果になっていることを、改めて知ったのだろう。

2日の夜になって、今度は「私たちの言動で宮川紗江選手の心を深く傷つけてしまった」と全面的な謝罪文を発表した。しかし、ここで態度が一転二転したことが、逆に塚原夫妻にとってマイナスとなったことは言うまでもない。

だいたい、謝罪文といっても長々と言い訳を述べているだけで、早い話が「直接、会って謝りたい」と言うだけのもの。要は〝保身〟のためだけに書かれたものに過ぎず、いくら読んでも心に響くものは何もない。

――とは言っても、これまで協会を何年にもわたって牛耳ってきたプライドの高い塚原夫婦だっただけに〝屈辱〟という以外なかったかもしれないが…。

ま、所詮は「断りもなく、勝手に会見なんかを開いて!だったら受けて立つ!」というのがホンネだったことは間違いない。

コーチを外そうとしたり、練習場を制限したりする手法は伊調馨選手の時と似ているが、今回の騒動の発端というのは2020年の東京五輪を目前に控え、有力選手が少なくなってきた「朝日生命体操クラブ」のテコ入れだった可能性が高い。会見で宮川選手が発言したように、朝日生命に彼女を引き抜こうと塚原夫妻で企てたことがコトの始まりだったのだと思う。

おそらく、当初は速見元コーチから口説いたが、その誘いを断ったのだろう。「だったら…」と、速見元コーチを外して動いた結果が、こう言った事態を招くことになってしまったと考えられる。

そうなると、当然、速見元コーチが暴力を振るっていたことを「誰が密告」したかということになるが、ここまでくると、密告者が塚原女子強化本部長自身だった可能性が大きい。だとしたら、単なるマッチポンプでしかないのだが、さすがにそういった〝裏事情〟がバレたら困る。さすがに焦ったに違いない。

今回の騒動に関して協会は「第三者機関を通して調査する」ことを明らかにしているにもかかわらず、塚原女子強化本部長は秘密裏に録音していた宮川選手との会話を一部メディアを通して公表し「(会話に)高圧的な発言はしていなかった」と、全く意味のない主張をし始めてきた。これでは、いくら「会って謝りたい」などと言っても、説得力に欠ける。

いずれにしても、今回の騒動では「アスリートファースト」と「暴力指導」、さらには「競技団体の指導体制」などが改めてクローズアップされた格好になったが、そこでは世代間の考え方の相違など問題も大きい。「暴力問題」にしても体罰ばかりが問題視されているが、実は「言葉の暴力」の方が深刻な事態を招くことだって多い。

「暴力はいけない。言い聞かせることが大切」なんていうが、今やコミュニケーションも不足している。体罰もトラウマとして残るだろうが、言い方も一つ間違えるとパワハラになる。そういった意味でも、今回の騒動が投げかけた問題は大きい。

それはともかく、今回の騒動で〝幕引き〟を図るとしたら、やはり塚原夫妻の会見と日本体操協会の役員退任しかないだろう。

まさに「奢れる者久からず」である。速見元コーチは今週5日に会見を行い、騒動について語るという。