TikTokはなぜ爆発的にヒットしたのか

TikTokは、Bytedance社が提供する15秒動画のソーシャルプラットフォームです。オフィシャルには、ショートビデオコミュニティと定義されているようです。つまり、みんなで短尺の動画を撮ってシェアする場であると。

日本版は2017年夏にローンチされ、先日には豪華な一周年パーティーが行われたこともニュースになっていましたが、この人気は日本にとどまらないグローバルレベルのもので、2018年の4~6月期には、iOSアプリダウンロード数で世界一になったのでした。『シェア心』でも触れたように、リップシンクアプリとして当時有名だった「musical.ly」(僕自身もそのトレンドがどうなるか注目を続けていたアプリでした)を買収するなどの動きもここには関連しているでしょう。

流行という視点では、若者を対象とした各種流行語ランキングでも、今年はTikTokが席巻した印象があります。マイナビティーンズラボによる「10代女子が選ぶトレンドランキング2018」では、流行ったモノ部門の第2位に「TikTok」、流行ったコト部門でも第6位に「トリコダンス」、第7位に「全力〇〇」とTikTok関連のキーワードがランクイン。AMF発表の「JC・JK流行語大賞2018」でも、アプリ部門第1位はTikTokでした。コトバ部門の第4位でもTikToker(TikTok内で発信するインフルエンサー)が選ばれています。

先日もAbemaTVのAbemaPrime(#アベプラ)に出演しコメントさせていただきましたが、このTikTok旋風をもたらした理由として代表的なものを3つ挙げることができると考えています。

①手軽であること

『シェア心』でも触れたように、ハードルを下げてユーザーからのシェアを活発化することがUGM(User Generated Media)においては超重要事項です。例えばYouTubeのようにプロのつくったコンテンツも流通するプラットフォームは存在しますが、現在のTikTokはユーザーの投稿が場の盛り上がりを支えるという意味で、特にその傾向が重要になっています。

元々は、TikTokといえば音に合わせて踊るダンス系の動画が多いという印象もありますが、今はそれだけにとどまらず、「お題系」の動画も増えています。例えば「全力○○」(○○には笑顔、変顔などが入る)「言いなり選手権」など、音楽内の指示にしたがって色々なことをやっていくと動画ができてしまうというものです。ダンスネタが多くなってきて飽和してきたということだけでなく、ユーザー側がどれだけ手軽に発信できるかを突き詰めるとこのようなかたちになる――という視点からも捉えるべきでしょう。

また、最近はグルメ系の投稿も増えています。みんなでご飯にいったとき、1~2年前であれば確実にインスタグラムを立ち上げてインスタ映えを意識した写真を撮っていたところが、現在はTikTokで動画を撮るというケースも増えてきました。写真よりも動画で映えることを意識した、伸びるチーズ系のメニューなど動きのあるものが増えているのもここ最近のトレンドです。

インスタで映える写真を撮ることに比べると、写真の角度など気にしなくても、音とエフェクトがあればなんとなくいい感じにまとまるという意味で、TikTokのハードルの低さを捉えることもできるでしょう。現に、本国ではTikTokは食べログのように使われている側面もあり、日本でもそのような使われ方が広まっていくことが想定できます(食は多くのユーザーにとっての共通的な話題なので、シェアを考える上で大事な切り口です)。

②盛れること

TikTokはユーザー全体で見ると若者だけに限らず、幅広い世代に広がりつつありますが、投稿者に限ればその多くは若い女の子たちです。よく使われる理由として先述の手軽さも重要ですが、もうひとつ主要な理由として「盛れること」を挙げましょう。

動画を撮影しようとすると、「美顔にする」ボタンがあって、お肌が綺麗になるフィルターを選択することができますし、顔にはめるためのスタンプも各種用意されており、SNOWやインスタグラムとも近いニュアンスで自分を盛って楽しむことができるのです。

例えば2018年のハロウィンにあわせた施策として、チュッパチャップスがTikTok施策を仕掛けましたが、これも自分を可愛く盛りたいというインサイトをうまく捉えたものでした。ビデオを撮りたくなる瞬間、それは面白いコンテンツをつくりたいということに加えて、かわいい自分を残したいというニーズが強いはずだというインサイトです。

この施策の面白さにも関連しますが、『シェア心』でも展開した論点として、MixChannel(ミクチャ)も若いユーザーがダンス動画をたくさんシェアする場ですが、そこでも「上手さ」よりも「かわいさ」が重視されていた点を想起します。ダンスのクオリティとは異なる軸での自己表現が求められていると捉えるべきでしょう。

この点で話を続けると、かつてニコニコ動画では「踊ってみた」カルチャーが花開き、『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒダンスをみんなガチで踊っていたのを覚えていますか? ここでは、その作品への愛やハマり具合(コミットメント)を表現するという意味で、高いハードルをガチで越えに行くことが求められていたわけです。その意味で、同じ「ダンス」であっても、そこでは全く異なるものが掛金になっている、その対照性が興味深いと感じます。

③プチ承認欲求

SNSと承認欲求は切り離せないものですが、その問題を考えるためには、ユーザー自身の心理はもちろんのこと、情報アーキテクチャがいかに設計されているのかについても目を凝らす必要があります。

TikTokを立ち上げると、「フォロー中」と「おすすめ」の2つのタブが表示され、自分がもともとフォローしている人の投稿を見るか、きっと気に入るであろうと好みの動画を学習したAIのレコメンドに沿った動画を見るか、ユーザーは選ぶことになります。このおすすめとしてレコメンドされれば多くの人にリーチするので、多くの「いいね」の獲得が重要になるという構造があります。

さらにTikTok内には「#広告で有名になりたい」や「#地上波にでたい」というハッシュタグがあり、多くの投稿と視聴数をもたらしています。このハッシュタグに参加することでTikTok内の広告コンテンツに登場できる(=有名になれる)ということで、フックアップされたいというユーザーの承認欲求に働きかける効果があります。

筆者は、承認欲求というほど大仰ではない、このようなSNS上のちょっとした承認欲求を「プチ承認欲求」と呼びますが、まさにプチ承認欲求がTikTok利用を促す重要な要素に他なりません(なお、これはいま準備している次の著作のテーマのひとつになるものです)。

「使ってもらえる広告」の次のかたち

このようなTikTokトレンドは広告業界にも広く浸透していますが、ある日、電通でCMプランナー/コピーライターを務める明円卓さんと話していてそれについての面白いことを教えてもらいました。

明円さん曰く、最近ではTikTokの中でテレビ由来のネタを模倣して遊ぶというシーンが増えているのだそう。そこにはテレビドラマやテレビ広告のシーンも含まれていて、特徴的な仕草ややりとりをユーザーが再現してTikTokにシェアするのだとか。

その話を聞いていて、これはまさに「使ってもらえる広告」のアップデート版だと思いました! ユーザーが楽しくコミュニケーションする、その空間の中にブランドやパブリッシャーが同居しているというかたちの最新形。今後は、「TikTokで見たことあるやつの元ネタCMだ!」「元ネタ番組だ!」という認知動線も増えていくのかもしれません。

これはネット動画がバイラルする仕組みとも近い――すなわち、SNSでシェアされる動画の多くは、その尺の一部が切り取られてシェアされて広がり、そして母体(元の完尺コンテンツ)に還流してくる――そんな構図との相似性が見て取れます。

広告と思わずに広告っぽく広げてくれるコミュニケーションのかたち。TikTokにその進化系が見られるとしたならば、例えば通信業界のようにCM認知やそれを通じたブランド資産があるプレイヤーは、このような「使ってもらえる広告」を有効に活用できるでしょう。その意味でも、今後ますます統合的なコミュニケーションが重要になっていくという兆しを感じます。

新しいシミュラークルへ

TikTokの最大のメディア論的な面白さは、「短尺」でも「音が付く」ところでもなく、ユーザーがガイダンスに沿って動いてしまう点にある――そのように仮説立てています。これは、アーキテクチャによって生み出される新しい映像体験の質をもたらしているのだと考えています。

例えば、哲学者のドゥルーズは1980年代に『シネマ 1*運動イメージ』『シネマ2*時間イメージ』という大著を発表しましたが、それはシネマという映像の表現形態への驚きに駆動されてのものでした。単に映像を撮って記録することと、シネマとの間の意味論的な差異に彼は注目していたのです。

僕にとって、いまTikTokで展開されている動画群は、(大げさに言えば)そこで論じられているシネマ的なインパクトを持つものではないかとさえ感じています。音楽に合わせて、そこに乗った指示に沿うことで、ユーザーのアクションが動画としてアウトプットされる。そして、それがハッシュタグなどのかたちで、皆がサンプリングする人気曲というかたちで、模倣的な動画を広げていくのです。

そのような情報環境を生み出すアーキテクチャ全体が、TikTokの興味深い点であり、ここに僕が『シェア心』で一章を丸ごと割いて論じたキーワード「シミュラークル」の性質を重ねてしまうところに他なりません。

ロジェ・カイヨワが述べたように、「模倣」は人々の遊びを構成する要素の主要なひとつです。

言わずもがなですが、私たちはTikTokで「遊んでいる」わけです。これはいわゆる「大人のロジック」――ビジネス的な目的手段思考とは異なる原理であり、TikTokという場(および若者が好むメディア一般)を理解するために無視してはならない重要な面だと私自身は強く感じているのです(もちろん、このような場でブランドやパブリッシャーと生活者がよりよい絆を結ぶためのコミュニケーションは両立しますし、それを企図することの重要性は論を俟ちません)。

もう2018年も残すところあとわずか。SNS、あるいはソーシャルメディアを通じたコミュニケーションの領域は、一年のあいだにあっという間に移り変わるものです。しかし、そこには変わらない原理や構造もあります。

目の前の現象に引っ張られるのではなく、そのようなものを見透かすように思考すること。そしてSNS上のユーザーのシェア行動から、そこに映し出された私たちの生きる社会のありようまでスコープを広げて考えること。『シェア心』は、そのようなものをつくりたいという想いを込めて、データやアイデアを詰め込んだ一冊なのでした。