熱海になぜ観光客が増えているのか

いま熱海に観光客が戻り始めている。2011年には東日本大震災の影響などもあり熱海を訪れた観光客数は年間247万人と、ピーク時の半数まで減少した。だが、12年以降の観光客数は増加基調となっており、足元では310万人近くまで回復しているという。

 一度は衰退したと思われた熱海だが、なぜいま観光客を呼び戻すことができたのか。行政としてどのような取り組みをしてきたのか、熱海市の齊藤栄市長に話を聞いた。

●かつては「セレブな街」のイメージだった……

 「熱海」と言えば、かつては団体旅行や新婚旅行の行き先として、人気を博した日本屈指の温泉観光地だった。観光客数がピークとなったのは1969年。年間532万人に上る観光客が熱海を訪れ、街は平日でも大いににぎわっていたという。

 だがその後、観光客数は減少に転じ、歯止めのかからない状態に。旅館やホテルは次々と閉鎖に追い込まれ、気付けば「昔、流行っていた観光地」「おじさんたちが行く場所」といったレッテルを貼られるまでになっていた。

 観光客が熱海から離れていってしまった要因について、齊藤市長はこう話す。

 「戦前までさかのぼってみると、熱海は政財界の要人や著名人などが別荘を構えたり、静養する場所として人気があったり、『セレブな街』というイメージがありました。その流れをくみ、戦後の復興を機に金銭的に余裕の出てきた一般市民が『国内旅行をしたい』と思った時に、選択肢の上位に熱海が挙がるようになって、特に何もしなくても人が熱海に集まるようになっていたのだと思います。そのため、たいした集客ノウハウのない熱海市は、日本経済の低迷や団体旅行需要の減少といった状況の変化に、対応しきれなかったのではないでしょうか」

 観光業の停滞は地元経済にとって大打撃。当然、熱海市がこれまで何も策を講じていなかったわけではない。1886年に開園した熱海梅園の古木を3年かけ整理しリニューアル。熱海市の中心部を流れる糸川沿いの糸川遊歩道には桜や梅を植え、景観を整えるなど観光客を意識した街の整備にも注力してきた。

 だが、期待していた結果はそう簡単には得れず、今までになかった街の魅力を引き出そうと画策し続けている間にも、観光客はどんどん減っていった。

●プロモーション戦略の転換

 12年に観光客数は増加に転じるわけだが、何がきっかけとなったのか。

 齊藤市長にも市職員にも「熱海は都心からのアクセスもよく、温泉や海の幸、桜、梅――など、観光地としてこれだけ恵まれた要素がそろっているのに、観光客が集まらないはずがない」という自負があった。

「人が集まらないのであれば、熱海の魅力の伝え方を見直す必要がある」

 そんな考えから、それまでの熱海市ではイベント企画による集客が中心だったが、メディア露出を増やすためのプロモーション戦略を強化する方針に転換。「ADさん、いらっしゃい!」と銘打った事業を立ち上げ、市職員が映画やドラマ、バラエティー番組の撮影などを全面的にサポートする態勢を整えたのだ。

 企画に合いそうなお店や施設の情報提供や予約、関係車両の移動ルートの調整、関係者の宿泊先の手配に至るまで、市職員ができることは制作スタッフに代わって何でもやる。要望はできる限り断らない。そんな痒い所に手が届く同サービスの評判は口コミで瞬く間に広がって、サポート依頼がどんどん舞い込むようになった。

 もちろん、ただ依頼を待っていただけではない。世間ではあまり認知されていない街の魅力を制作側に積極的に周知する“営業努力”も怠らなかった。

 例えば、熱海では1~2月にかけて開花する早咲きの「あたみ桜」を楽しむことができるのだが、以前はそれを見に来る観光客は少なかった。そこで何かにつけて、「もうすぐあたみ桜が開花しそう」とテレビ局に伝えるなどのPR活動を続けた。

 「熱海で季節外れの桜を楽しめることを知っていた人は、それまではほとんどいなかったのではないでしょうか。テレビ番組で取り上げられる機会が増えると、あたみ桜を見に来る観光客が明らかに増えました。『ADさん、いらっしゃい!』の効果はあったと実感しています」

●毎年変わっていたブランドプロモーション戦略

 翌13年にはブランドプロモーション戦略にもメスを入れた。

 熱海市は民間事業者と共同で地元のブランドプロモーション戦略に取り組んでいたのだが、基本的には業者にまかせっきりだったという。その上、事業者を毎年変更していたため、戦略がコロコロ変わってしまっていたのだ。

 齊藤市長は「市では予算を年度ごとに編成するため、事業やプロジェクトなども基本的には最長1年を上限に企画することが慣習化されていました。役所は“単年度主義”とやゆされることがありますが、こんなところでも役所の悪い部分が出てしまった感じですね……」と打ち明ける。

 方向性が定まらないプロモーション活動をしたところで、熱海のイメージが定着しないのは明白だ。「まずは3年間は業者を変えずに、一貫したブランドプロモーション戦略を展開していこう」。民間企業からすれば当たり前にも聞こえるかもしれないが、熱海市にとっては大きな決断だった。

新しい戦略の元、プロモーションのメインターゲットを「流行に敏感で発信力がある若い女性」に設定した。「顧客を新規開拓していくには若い世代にも来てもらうことが必要ですし、熱海の“なんとなく古い”というイメージを刷新する狙いもありました」

 13年に始めたブランドプロモーション戦略は15年に一旦終了したが、その実績を評価し16年からの3年間も同じ業者と取り組んできたという。民間事業者の協力があってこそではあるが、こうした熱海市の“役所”という殻を破った取り組みなどの結果、15年には観光客数は300万人以上の水準まで回復したのだ。

●新たな課題も……

 だが、新たな課題も浮かび上がってきたという。

 その一つが労働力の確保だ。齊藤市長は「熱海の要である観光業は、他業種と比べて待遇や労働環境などが劣る」と切り出し、次のように続けた。

 「観光客の増加に対応するため求人を出しても、人がなかなか集まらない現状があります。生産性向上をさせて待遇を改善する必要があるわけですが、これは行政だけで、または民間だけで解決できる課題ではないと思っています。行政と民間がより密に連携して解決策を探っていかなければいけません」

 さらに、熱海市の人口減少に伴う税収の減少も、観光業にとっては死活問題だという。熱海市の人口は60年代中ごろは5万5000人近くいたのに対し、17年時点では3万7000人にまで減少している。

 「魅力的な観光地をつくりあげていくには、整備などにかかる資金がどうしても必要になります。税収が劇的に増える見込みがない中で、財源をどう確保するか。最近、京都で宿泊税が導入されましたが、他の観光都市の取り組みや実績を参考にしつつ、観光客の方にも負担していただく選択肢も視野に入れ検討を重ねていきます」と明かした。

 少し意外に思われるかもしれないが、熱海市を訪れる観光客の99%は日本人。経済的インパクトの大きさで近年注目を集める訪日外国人の割合は、わずか1%しかないのだ。

 これは熱海市が訪日外国人にアプローチできれば、さらに観光客数を増やせるという大きな“伸びしろ”として捉えることができるだろう。

 だが齊藤市長は、当面は“日本人向け”“訪日外国人向け”といったことを強く意識することはせず、まずは全ての観光客の満足度を高めることを目標にユニバーサルツーリズムを促進していきたいという。

 「これからも観光客のニーズに合わせ、常に変化し続ける観光地・熱海を目指します。初めて熱海に足を運んでいただく方、往年の“熱海ファン”の双方に満足して頂ける熱海をつくっていきたい」と意気込んだ。