29歳以上がはしかワクチンを打つべき訳

■「過去10年で最多ペースの急増」の背景

「はしか(麻疹)」が流行している。厚生労働省によると、3月10日現在の今年のはしかの患者数は計304人に上り、その流行は過去10年間で最多のペースだという。

はしかは風疹と同様に、感染力がとても強く、健康で体力のある人には大きな問題はないが、妊娠中の女性がかかると、流産や早産の危険が高まる。

ワクチンをきちんと接種して体内に免疫(抗体、抵抗力)を作っておけば、はしかは防げる。自分の身だけではなく、他人にうつすこともなくなる。

何故、予防接種を受けないのだろうか。自分だけは感染しないと思っているのだろうか。接種が面倒くさいのか。はしかのワクチン効果を疑っているのだろうか。感染が広まるのは、ワクチンを接種していない人が大勢いるからだ。

■感染力はインフルエンザウイルス以上

はしかの正体(病原体)は、麻疹ウイルスである。1万分の1ミリと小さく、電子顕微鏡でしかその姿を見ることはできない。

感染者の飛沫(せきやくしゃみで飛び散るしぶき)に含まれたそのウイルスに感染すると、10日前後の潜伏期間を経てかぜのような症状が出る。その後全身に発疹が現れる。飛沫を直接浴びなくとも、空中を漂う麻疹ウイルスによって空気感染(飛沫核感染)する。非常に感染しやすく、感染力はインフルエンザウイルス以上である。

症状が重いと、肺炎や中耳炎を起こす。1000人中1人の割合で脳炎にもかかる。脳炎患者のうち15%が死亡し、25%が脳性まひなどの重い脳障害を残す。大人になってから感染すると、症状が重くなることがある。はしかは決して侮ってはならない感染症である。

感染して発症した場合、特効薬はない。それゆえはしかには感染予防が重要だ。だが、手洗いやマスクでは予防はできない。予防にはワクチン接種が欠かせない。

■1994年の法改正で、学校での集団接種がなくなった

2016年の夏に関西国際空港などで次々と感染が広がり、はしかの集団感染を引き起こしている。その前の流行は2007年である。10代から20代の若者の間で流行して大学や高校が相次いで休校する騒動があったのを覚えている方も多いと思う。

この2007年の流行では、次のようなことが流行の背景にあると専門家が指摘していた。

ひとつがはしかに限らず、すべてのワクチン接種が1994年の予防接種法の改正で「義務」から任意の「勧奨」に切り替わり、学校などでの集団接種もなくなった。その結果、はしかのワクチンを接種していない子供が増えた。

もうひとつが麻疹ワクチンの普及にともなって感染者が減った結果、自然感染する機会が少なくなり、ワクチン接種後の自然感染で十分獲得できていた免疫が得られなくなったという指摘である。

■フィリピンやベトナムなどからウイルスが侵入した

厚労省は2006年度から、1歳時と小学校入学前1年間の2回に分けて定期接種する制度を始めた。また2007年の流行を受けて、2008年度から2012年度の5年間に限り、中学1年生と高校3年生に2回目のワクチン接種を公費でまかなうようにした。

この作戦はみごとに成功した。日本は「はしかの輸出国」と非難されたこともあったが、予防接種を推し進める作戦によって2008年に1万人以上もいたはしかの患者が7年後の2015年には過去最少の35人にまで激減し、WHO(世界保健機関)から土着の麻疹ウイルスが存在しない「排除状態」にあると認定された。

ところが、今年の流行である。厚労省によると、今年の流行は旅行者が渡航先のフィリピンやベトナムなどの東南アジアで感染し、帰国後に発症するケースが多いという。彼らが日本国内に感染を広げたとみられている。

■29歳以上の人は感染するリスクが高い

はしかの流行は全国的に広がっている。なかでも多いのが大阪府で、厚労省によれば、3月10日現在、106人もの患者が出ている。たとえば2月11日以降、大阪府阿倍野区の近鉄百貨店本店のバレンタインフェアの会場で接客していた店員とお客ら20人以上が次々とはしかを発症する集団感染が起きた。この感染では東南アジアで流行しているタイプの麻疹ウイルスが検出された。

東南アジアに麻疹ウイルスが存在し、はしかが流行していることはしょうがないとして、東南アジアで感染したり、その感染者からうつったりするというのは、ワクチンをきちんと接種して免疫を作っていないからである。

2006年度から制度が改められた結果、1990年4月以降に生まれた人は、基本的にワクチンを2回接種している。だが1990年3月以前に生まれた人、つまり現在29歳以上の人で、自然感染での免疫が獲得できていない40代以下の人は、はしかに感染するリスクが高い。

■感染が拡大すると健康弱者が犠牲になる

感染症が流行すると、必ずその先に致命的な打撃を受ける健康弱者がいる。通常、健康弱者とは基礎疾患(高血圧、心臓病、糖尿病など)を持つ患者や体の弱い高齢者を指す。インフルエンザでは高齢者がいつも犠牲になる。それゆえ厚労省や保健所は高齢者に注意を呼びかけ、ワクチン接種を促している。

冒頭で、はしかは風疹と同じように「妊娠中の女性がかかると、流産や早産の危険が高まる」と指摘したが、その風疹は昨秋から流行している。

風疹の場合、健康弱者に相当するのがお母さんのおなかの中にいる赤ちゃんだ。お母さんが妊娠初期に風疹にかかると、赤ちゃんの心臓に穴が空いたり、耳が聞こえなくなったりする。障害で発育が遅れ、最悪の場合、死産するケースもある。専門的には先天性風疹症候群(CRS)と呼ばれている。

生まれてきたわが子が重い疾病を抱えていると知ったとき、親は途方に暮れるし、赤ちゃんにとっても苦労の多い人生となる。

厚労省によると、風疹は2012年から2014年にかけて大流行し、この3年間で少なくとも計1万7000人以上の患者が出た。その結果、45人の赤ちゃんがこのCRSに罹患し、うち11人が亡くなっている。

風疹もはしかと同様にワクチンで予防できる。

■ワクチンの副反応に対する集団訴訟で法律が変わった

はしかのワクチンの効果は高く、評判もいい。

ただ一般的にワクチンには副反応がある。はしかのワクチンの場合、国立感染症研究所によると、麻疹ウイルスの毒性を弱めた生ワクチンであることから10%の接種者に発熱などの一時的な症状が出る。100万~150万人に1人以下の割合で脳炎・脳症を引き起こすこともある。

現在のはしかのワクチンは、風疹ワクチンと合わせたMRワクチンが主流だ。以前は、はしかと風疹、おたふくかぜのワクチンをひとまとめにした3種混合のMMRワクチンが使われていた。

しかし、3種のうちおたふくかぜのワクチンに問題があり、無菌性髄膜炎の副反応が多発し、導入の4年後にMMRワクチンは接種を中止した。集団訴訟も起き、前述した1994年の予防接種法の改正につながった。

基本的に予防接種は効果と副反応とをよく考えて判断する必要がある。

■「大流行に発展することはないのか」

はしかの流行に対し、読売新聞は早くも3月16日付の社説のテーマに取り上げ、「強い感染力に十分警戒したい」(見出し)と注意を呼びかけている。

読売社説は「大流行に発展することはないのか。厳重な警戒が必要である」と書き出した後、こう現状を解説する。

「国立感染症研究所は、今年に入って3日までの麻疹(はしか)患者が、累計で285人に上ったと発表した。昨年1年分を早くも超えた。この10年間で最速のペースだ」
「地域別では、大阪が最多の101人で、21都道府県に広がる。気を緩めることはできない」

さらに読売社説は指摘する。

「疑わしい症状が出て医療機関にかかる場合は、院内感染を避けるため、事前に電話で相談し、指示を仰ぐことが求められる」

この指摘は適切だ。感染を広めないためには患者・感染者のこうした注意が強く求められる。

■「空港などの水際対策では防ぎきれない」

読売もワクチンの重要性を主張する

「最も有効な予防手段は、ワクチン接種である。十分な免疫を得るためには、2回の接種が望ましい。母子手帳などで接種歴を確認し、必要があれば、早めの接種を検討してもらいたい」

沙鴎一歩の主張と同じく、読売社説もワクチン接種の重要性を訴えている。

「日本では、2006年に小児らの定期接種を2回に増やし、患者数は大幅に減った。15年からは、世界保健機関(WHO)に、国内に土着ウイルスが存在しない『排除状態』と認定されている」
「だが、世界的には感染が再拡大している。WHOは2月、18年の世界の感染者数は暫定で約23万人と、前年より6万人増えたと発表した。主に途上国だが、フランスやイタリアなどでも多い」
「このため、外国からの観光客や帰国者が、ウイルスを国内に持ち込んでしまう。空港などの水際対策では防ぎきれない。海外の流行地に旅行する人は、自分に免疫があるか、特に注意してほしい」

読売社説に付け足すと、今回のはしかの流行の中心は2回接種に乗り遅れた人たちだろう。いま20代から30代になるはずだ。彼らが面倒がらずに率先してワクチンを接種することが求められる。国や自治体が代わりに接種費用を負担したり、雇用先が進んで接種の機会を作ったりするべきである。

■ワクチン接種は社会防衛である

読売社説は風疹にも触れる。

「風疹も昨秋から流行している。妊娠中の女性が感染すると胎児に重い障害が出ることがある。定期接種していない30~50歳代の男性は、罹りやすい。感染を広げないよう予防策を講じてほしい」

最後にこう指摘する。

「予防接種には、自分だけでなく、社会全体を守る役割もある」

良い指摘だ。ワクチンをはじめとする感染症の予防を着実に実行することは、その病原体から自分自身を守ると同時に、致命傷を負う健康弱者をも守ることにつながる。ワクチン接種は社会防衛である。

いまのところ、はしかの流行を社説に取り上げている読売新聞だけだ。他の新聞も社説に書いて警戒を求めてほしい。新聞は社会の公器だからだ。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=BSIP/時事通信フォト)