5月に掲載の記事「プロ野球『観客動員』過去最高になるかもしれない」では、今季のNPBの観客動員が実質的に「史上最多になるだろう」と予測した。 【画像を見る】コロナ前と比べて観客が増えた球団・減った球団 予測のとおり、今季、NPBの観客動員数は2005年にNPBが「実数発表」になって以降、最多を記録した。これまで最多の動員だったコロナ禍直前の2019年と比較してみよう。 ■2019年と比べてどれほど観客は増えたのか トータルでは2024年は2668万1715人を動員し、2019年を14万4753人、わずか0.5%ながら上回った。
コロナ禍が始まった2020年、NPBは6月にペナントレースを始めて7月上旬まで無観客で試合を行い、以後は座席の間隔を開けて観客を入れた。 試合数も143試合ではなく120試合で行われたが、両リーグの観客動員数は2019年の18.2%の482万3578人と激減した。広島を除く、連結する親会社がある11球団は、親会社の支援を仰いだと考えられる。 2021年も入場制限をしたうえで試合が行われ、784万773人を動員。この時期は、球場外部に「検温所」が設けられ、発熱(37.5度以上)が認められた場合は入場できなかった。また場内ではマスク着用、声出し禁止であり、それをチェックする係員が配備された。応援がないため試合は静かなものだった。
2022年に入って、フルで観客を入れることが認められ2107万1180人を動員。2023年には2507万169人と2019年まで「あと一歩」まで迫っていた。 筆者は今季、全12球団の本拠地で試合を観戦したが、ほとんどの球場も「ほぼ満員」という盛況だった。また応援は、5年前の2019年と比べてもさらに迫力を増している印象がある。5年間の間に新しいファン層が増えたという印象だ。 しかし今年と2019年の観客動員を子細に見ると、各球団ごとの事情が見えてくる。
■甲子園球場の観客動員率は98.7%に上昇 観客動員が2024年も2019年も1位の阪神は、5年前に比べて若干数字を落としている。しかしそれは、この間に本拠地の阪神甲子園球場の観客席が改修され、シートが狭かったアルプススタンドなどの席数を減らし、快適性を向上させたからだ。 これによって2019年には4万7508人だった収容人員が、2024年には4万3359人になっている。上記表は京セラドーム大阪など甲子園以外での試合の数字も含まれるが、甲子園球場だけに限定すると観客動員率は2019年の92.5%(平均4万3940人)から今年は98.7%(平均4万2813人)にまで高まっている。昨年の優勝、日本一で場内の熱狂ぶりに拍車がかかっている状態だ。
筆者はすべてチケットを買って入場しているが、特にゴールデンウィーク以降、球団公式サイトや他のチケットサイトも売り出し初日にほとんど売り切れ、入手困難になっている。 巨人の本拠地東京ドームも、2019年時点で4万6314人だったのが、2024年には4万3500人と定員が減っている。これはコロナ禍によって約3000あった立ち見席を廃止したことなどによるが、東京ドームの動員率は2019年の96.9%(4万4882人)から95.6%(4万1607人)とやや減少している。筆者も東京ドームのほうが甲子園よりチケットが取りやすいという印象を持っている。
ソフトバンクのみずほペイペイドームは、動員率が2019年の95.1%(3万8080人)から98.1%(3万9312人)となっている。球場最寄りの地下鉄唐人町では、しばしば改札の入場制限が行われるが、阪神の甲子園と同様、飽和状態が近いのではないかと感じられる。 中日のバンテリンドーム。チームは低迷が続いているが、立浪和義監督が就任して以降、観客動員は2022年180万7619人、2023年218万3950人、今年は233万9541人と増加している。230万人以上を動員したのは、セの最強チームだった落合博満監督時代の2008年(242万7805人)以来だ。最下位が決まり、立浪監督の退任も発表された最終戦もチケットが売り切れていた。レジェンド立浪和義の人気は高かったのだ。動員率も90%を超えた。
DeNAは2019年に、本拠地横浜スタジアムの内野上部に約6000席の「ウィング席」を増設。それまで約3万2000人だった定員が約3万4000人に増加している。観客数は微増しているが、動員率はやや減少している。ただ、コロナ禍前から観客動員は95%を超えているため、この球場も飽和状態に迫っている。 ■観客数が一気に伸びたオリックス この5年間で劇的に変わったのが、オリックスだ。2019年は最下位、翌年も最下位だったが2021年からリーグ3連覇。中嶋聡監督の手腕に加え、吉田正尚、山本由伸というスーパースターの大活躍で、観客数が一気に伸びた。
今季は5位に終わったが、平均観客動員は3万人を超えた。オリックスは京セラドーム大阪と、神戸のほっともっとフィールド神戸を併用しているが、どちらもほぼ満員の盛況だった。筆者は京セラドームができたころから通っているが、阪神戦ではなくオリックス戦で連日満員になる日が来るとは思わなかった。 対照的に動員が伸び悩んでいるのが広島だ。数年前まで「カープ女子」ブームで、全国的な人気があり最もチケットが取りにくいチームの1つだったが、今年、平均観客数は3万人を割り込んだ。広島はNPBでは珍しく本拠地マツダスタジアムの上段内野席の一部を自由席にしているが、この席は土日も空席が目立つ日があった。
■エスコンフィールド移転後の日本ハムは? 日本ハムは2019年は札幌ドーム、2023年からは北海道北広島市に日本ハムグループが建設したエスコンフィールドHOKKAIDOと本拠地が変わっている。 札幌ドームの野球試合時の定員は4万1138人。2019年の動員率は66.5%、いつ行ってもガラガラという印象だった。エスコンフィールドの定員は3万5000人だが、このうち6000人は指定席がない立ち見。席数としては2万9000だ。昨年は平均2万6515人だったが、今年は8.7%増の2万8830人になった。球場の快適さは、文句なしに12球団一だ。
開業当初は最寄りのJR北広島駅から遠いことが問題視されたが、シャトルバスをフル回転させるなどアクセス問題解消に努めた。また駅からエスコンフィールドのあるFビレッジまでの道のりは、橋を渡ったり林の中を通るなど散策コースでもある。この道のりを楽しむファンも増えているようだ。 エスコンフィールドは試合のない日も客を入れており、平日4500人、休日1万人ほどを集客している。球場そのものを観光スポットにする新たなビジネスモデルといえよう。
エスコンフィールドのような新しい球場と比べると、ヤクルトの本拠地、神宮球場はとりわけ古びた印象だ。特にシートの狭さ。「大学野球の聖地」であり、この古さも「伝統」なのだろうが、「高校野球の聖地」甲子園球場が、毎年のように改装を加え、客席もトイレなども改良されているのに対して、神宮球場は「昭和の香り」が漂っている。 甲子園は阪神電鉄の持ち物で、自由に手を加えられるのに対し、神宮球場は宗教法人明治神宮が所有しているから、手を入れることができないのだ。
しかし大学野球は早慶戦を除いていっぱいになることはないが、ヤクルト戦は3万人近くが入る。一昨年までリーグ連覇したこともあり、観客は増えている。神宮球場の移転、建て替え問題が議論されているが、何とかすべき時期にきていると言えよう。 千葉ロッテのZOZOマリンスタジアムも、開場から34年目になり観戦環境としては良好とはいえないが、観客は増えている。このチームの場合「強烈な応援」が、最大の売りではないか。今季の大応援団は新加入のネフタリ・ソトに「バーモ・ネフタリ、バーモ・ネフタリ」、昨年からいるグレゴリー・ポランコに対して「エールコーヒー、エールコーヒー」と、耳底に残って離れないような中毒性のある声援を送っている。この応援を聞くために、外国人観光客も大挙して来ているようだ。
ロッテの執行役員事業本部長だった荒木重雄氏は「野球にそれほど興味がない観客をファンにするために、ロッテは『応援』をコンテンツにした」と話した。まさにそれが功を奏したといえよう。 楽天の楽天モバイルパーク宮城は、開場から74年。楽天が本拠地にしてから何度も改装しているが、この球場も老朽化が目立つ。内野席からの「視界の悪さ」も気になるところだ。 この球場は、東京ドーム、エスコンフィールドとともにキャッシュレス決済で現金が使えないが、年配の観客が戸惑う風景がよく見られる。また楽天はチケットのダイナミックプライシングを導入しているが、他球場に比べて入場料は割高感がある。今季は後半、追い込みで観客が入り、昨年の1万8868人を大きく上回る2万3132人が入ったが。それでも動員率は74%だ。スター不在の地味なチームでもあり、決め手に欠くという印象だ。
■夏場は厳しい西武のベルーナドーム 最も深刻なのは今季、パ・リーグで大差をつけて最下位に沈んだ西武だろう。観客は平均2万1601人、動員率は68.5%だった。チームの低迷に加え、屋外球場に屋根を取り付けた本拠地ベルーナドームは6月以降、湿気と強烈な暑さに見舞われる。2021年に大改修をして客席は快適性を増したが、この蒸し暑さは耐えがたいと思う。球場には巨大なファンが設置され、風を送っているが、空調がない「半屋外」ドームは、夏場に野球を観るには厳しい環境だ。
■猛暑の時期の屋外球場で快適性に差 冒頭で紹介した通りNPBの観客動員は、トータルでは2019年を0.5%上回ったが、パ・リーグが103.4%と増加したのに対しセは98.3%と届かなかった。阪神、巨人が本拠地の「客席数」を減らしたことが大きいが、それに加え今年に限っては「猛暑の時期の屋外球場での観客動員が伸び悩んだ」ことがあると思われる。 7月から9月中旬まで連日猛暑日が続いたが、屋外球場での観戦は非常に厳しかった。特にマツダスタジアムや横浜スタジアムは、陽光から逃げ場がない印象だった。また前述のとおりドーム球場でもベルーナドームでの観戦も苦しかった。
屋外球場を本拠とする球団が4つのセ・リーグが、2つのパよりも伸び悩んだのは、その影響もあるだろう。 ただし、阪神とロッテは、どちらも「熱狂」を売り物に屋外のハンデを乗り越えて観客を増やしたといえる。 2023年のエスコンフィールドHOKKAIDOは、涼しく、美しい環境で試合を観戦することの「快適さ」を改めて感じさせた。 他球団の本拠地球場は「快適性」という点で大きく見劣りする。酷暑の夏が常態化し、拡大する中で、今後のプロ野球観戦は「快適さ」が、大きなキーワードになってくるのではないか。
広尾 晃 :ライター