「加熱したのに、なんで!?」カキフライでノロウイルスにあたる意外な理由

Q. 「カキフライでノロウイルスにあたることがある」って本当ですか?

Q. 「カキフライでノロウイルスに感染することはありますか? 同僚が『カキフライにあたった』と、昨日から会社を休んでいます。生牡蠣の食中毒リスクは有名ですが、加熱した牡蠣にあたるなんて聞いたことがありません。私も牡蠣が大好きなので、気になっています」

A. 残念ながら可能性はあります。安全性の高い牡蠣選びと調理が重要です

秋本番、牡蠣(カキ)のおいしい季節になりました。牡蠣の味わい方にはいろいろな形がありますが、筆者は「カキフライ」が好きです。ふんわり軽やかなフライをサクッとかむと、ぷりっとジューシーでクリーミーなおいしさが口に広がりますね。

筆者は若いときに生牡蠣を食べてノロウイルスに感染したことがあります。感染性胃腸炎により激しい嘔吐(おうと)と下痢が数日続き、本当につらかったです。しばらくは怖くて牡蠣が食べられませんでしたが、気がつけば、また牡蠣のおいしさに魅了されています。

ノロウイルスは熱に弱いので、加熱すれば感染リスクは減ります。「生牡蠣」ではなく「カキフライ」にすれば、牡蠣も安心して食べられると思っている方が多いでしょう。しかし、残念なことに油断はできません。カキフライにしても、ノロウイルスに感染してしまうことがあるのです。少し長くなりますが、その理由を解説します。

まずは大前提として、「ウイルス」とは何かを理解しましょう。よく「ウイルスを“殺す”」という表現を耳にしますが、そもそもウイルスは、カビ(真菌)やバクテリア(細菌)とは違って、生き物ではありません。主に核酸とタンパク質で構成された、ただの有機物体です。元が命なき物体なので、「殺す」というのはおかしな話なのです。

「細菌」のような生物は、私たちの手などの表皮上でも、放置すればどんどん増殖します。しかし「ウイルス」は手に付着しても、増殖しません。繰り返しになりますが、生き物ではないからです。

ウイルスが増えるのは、鼻や喉、眼、あるいは消化管の粘膜などから私たちの体内に侵入し、さらには細胞に入り込んだときです。私たちの細胞が誤ってそのウイルスを複製し、増やしてしまうのです。死んだ人間の体にウイルスが侵入してもウイルスは増えませんが、生きた人間の体に侵入したときにウイルスが増えるのです。つまり、ウイルスを増殖させているのは、生きて活動している私たち自身であり、それによって起きるのが、ウイルス感染症です。

そしてノロウイルスは、自然界にたくさん存在しています。海の中も同じなので、海産物には多少なりとも、常にノロウイルスが含まれている可能性があります。ただし、どこにでもいるわけではないので、特定の海域でとれた海産物を検査してノロウイルスが基準値以下であれば、その海域は安全と判断されます。安全性が確認された海域でとれたものを選ぶことで、食中毒のリスクは減らせます。

しかし、海産物の中でも「二枚貝」には特段の注意が必要です。二枚貝は、エサのプランクトンを食べて栄養を摂ったり、呼吸したりするため、1個体あたり毎日200~400Lもの海水を取り込んでは出しています。もし海水にノロウイルスなどが含まれていたとすると、この過程で体内にノロウイルスがどんどんたまっていく性質があるのです。特にノロウイルスがたまりやすいのは、中腸腺(ウロとも言う)で、私たち人間の体で言えば、胃や肝臓などの内臓に相当します。貝の体内にある、いわゆる「黒い部分」が中腸腺です。

二枚貝のうち、ホタテの場合は、黒い部分が表面からでもよく分かりますし、たいていはその部分を取り除いて貝柱だけを食べますので、ノロウイルスによる食中毒が発生することはまずありません。それに対して、牡蠣の中腸腺は、ぷりっと膨らんだ部分の中にあります。生でもフライでも、食べたときの断面で、濃い緑色から黒に見える部分、そこが中腸腺です。これを取り除いてしまったら、もはや牡蠣を食べる意味がないというくらい食材としては必要な部分です。二枚貝の中でも特に牡蠣に注意が必要なのは、牡蠣の体のつくり自体が関係しているのです。

ノロウイルスは、核酸とタンパク質でできている物体です。加熱すれば変性して失活しますから、感染症リスクを減らすには、加熱調理が有効です。汚染された可能性がある食品については、85~90℃で最低でも90秒以上加熱することが望ましいとされています。しかし、この条件を満たすように牡蠣フライを作るのは、案外難しいのです。「アイスクリームのフライ」が可能なように、フライを揚げても、中の芯までは完全には熱が届きにくいです。

本当に汚染されていたとすれば、牡蠣の表面にウイルスが付いているのではなく、内部の中腸腺にウイルスが濃縮されているわけですから、フライの中心部分が85~90℃を超えて90秒以上経過する必要があります。この条件をしっかりと満たすと、中がかなり固くなります。率直に言えば、安全性を考えるなら、牡蠣のおいしさが損なわれるくらい揚げなければならないのです。

中が柔らかい牡蠣フライを食べたいのに、食中毒を避けるためには硬くなるまで揚げなければならない……。この悩みをどう解決すればいいでしょうか。以下の3つのポイントを、すべて押さえることが大切です。

1. 安全性の高い牡蠣を使う

第一に、安全性の高い牡蠣を使うこと。自分でとった牡蠣を生で食べるのは危険過ぎます。しっかりと検査された海域でとられた市販の牡蠣なら、まずこれだけでもリスクが下げられます。「生食用」として市販されている牡蠣は、衛生的な海水プールに牡蠣を入れて2~3日間「浄化」する処置をしてから出荷されていますので、さらにリスクは低いです。

2. 衛生的な調理を心がける

第二に、手洗いなどを欠かさず、衛生的な調理を心がけること。牡蠣そのものにノロウイルスが含まれていなくても、調理の過程で汚染されることもあります。また、調理された食材は問題ないのに、あなた自身の手にノロウイルスが付着していて、そのせいで感染することもあり得ます。トイレの後、調理前、食事前などに手洗いや消毒をするという基本的なことは常に忘れず行いましょう。調理者は調理器具が清潔かも注意してください。

なお、ノロウイルスは、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスとは違って、アルコール消毒では失活しません。手に付着していた場合、アルコールをスプレーして手もみしても無駄です。次亜塩素酸の濃い水溶液(いわゆる「ハイター」など)を使えば、失活しますが、皮膚が荒れてしまうので、手指の消毒にはお勧めできません。せっけんを使って丁寧に洗い、よく流し落とす方法が確実です。

3. フライの特性を理解する

第三に、直接食材を焼いたり煮たりするのと違って、実はフライは「熱が通りにくい」という特性を理解すること。高温で一気に揚げると、パリッとした食感が楽しめますが、中が半生なこともあります。安全性重視でカキフライを作るなら、むしろ油の温度は低めにして、ゆっくりと時間をかけて揚げるべきです。心配ならサンプルのフライを切ってみて、中の黒い部分(中腸腺の内部)までしっかり加熱されていることを確認しましょう。

なお、11月21日は「カキフライの日」です。11月は牡蠣がおいしくなる時期で、21は「フ(2)・ラ・イ(1)」の語呂合わせらしいです。怖いことをいろいろと書いてしまいましたが、いまの日本の食品衛生は比較的行き届いているので、過度の心配はいりません。

牡蠣の特性をよく理解したうえで上手な調理を心がけて、おいしく、さらに安全に、カキフライを楽しんでいただけたらと思います。

阿部 和穂プロフィール

薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。
(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))

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