インターネット掲示板「2ちゃんねる」の書き込みを基にした物語『電車男』が誕生からちょうど20年。物語の舞台にもなった東京・秋葉原は、親しみをこめて「アキバ」と呼ばれ、電気街、そしてオタクの街として時代と共に変貌を遂げてきた。
だが今や、アキバにその面影はない。11月上旬、とあるXのこんな書き込みが注目を集めた。〈未だにオタクの街と思い込んでる田舎者と歌舞伎町で稼げない落ちこぼれコンカフェ嬢と大黒PAで見向きもされないダサい車のオーナーが集う街 それが秋葉原〉――。
なぜ秋葉原は「オタクの街」から、ただの治安が悪い無個性の街へと《衰退》してしまったのか。
「秋葉原に行ったことがない」オタクも
筆者は仕事で10~20代の若者と交流があるが、アニメ・漫画好きのいわゆる“オタク”に話を聞くと「秋葉原に行ったことがない」という人が珍しくないので、驚きを隠せない。
2000年代、秋葉原はオタクの街として脚光を浴びた。筆者は現在39歳だが、おそらく同世代であれば秋葉原にそんなイメージを抱く人は多いだろう。建築学者の森川嘉一郎氏は秋葉原を“萌える趣都”と呼んだが、間違いなくオタクにとっての聖地であった。
ところが、現在の10~20代のオタクは、10人中7人くらいは秋葉原にはほぼ行かないか、一度も行ったことがないと話す。「秋葉原ってオタクの街なんですね! 知りませんでした」と、言われたこともあった。
かつて、美少女ゲームの発売日になればショップの前に行列ができ、休日のホコ天ではカメラ小僧たちがコスプレイヤーやアイドルの撮影に興じていた。そんな秋葉原のイメージは年々薄れつつあるようだ。
今月のはじめ、休日に秋葉原駅に降りてみた。とにかく目についたのは外国人観光客の姿である。そして、メイド服やコスプレ衣装をまとった客引きがやたらと目に付く。
「お兄さん、チラシだけでも貰って~」と声をかけてくるのは、コンカフェの客引きだ。コンカフェとはコンセプトカフェのことで、メイドカフェなどもこれに含まれる。「AKIBAカルチャーズZONE」の横に客引きの女性が並ぶ光景は、新宿歌舞伎町のトー横前を思わせる。
筆者はいにしえのタイプのオタクなので、客引きの雰囲気を見るだけで、「この子たちは絶対にオタクじゃないだろうなあ……」とわかる。実際、「好きなアニメはなんですか?」と何人かに聞いてみたところ、マニアックなタイトルを挙げる人は、まったくいなかった。挙がるのは誰でも見ているポピュラーなタイトルばかりで、“オタクのライト化”を象徴しているように思えた。
公式志向と二次創作の衰退
さて、10~20代のみならず、私の周りにいるいにしえのオタクたちの間からも、「最近は秋葉原に行ってない」という声が聞かれる。いったいなぜ、秋葉原離れが進んでいるのか。
最大の理由は、ネット通販の発達により、別に秋葉原に行かずともグッズや本を購入できる点が挙げられる。秋葉原に店舗を構えるショップはほとんど通販を行っている。通販でも店舗ごとに特典がつく例も多いし、わざわざ交通費をかけていく必要がなくなったのだ。
2000年代の頃の秋葉原は、『ドラゴンクエスト』でいう“出会いの酒場”のような場としても機能していた。例えば、コミックマーケットの後は秋葉原に集まり、購入した“戦利品”を披露し合ったり、オフ会を開催する流れがあった。
しかし、近年は推し活文化の広がりで、ライブやコンサートなど、オタクが集まれる場は格段に増加した。敢えて秋葉原に行く理由がなくなってしまったのである。
当時、アニメやゲームのキャラの絵がそこらじゅうにあふれている場所はほとんどなかった。ところが、秋葉原に行けば絵に囲まれる空間があったため、オタクは高揚感が得られたのである。
今では、アニメグッズはコンビニでも当たり前のように置いているし、100円ショップでも販売されている。静岡県の沼津市のように、アニメの舞台になった地方都市にはキャラの絵が溢れている。オタク文化がニッチなものではなくなったのも、秋葉原の存在感が低下している要因だろう。
コミックマーケットも高齢化が進んでいるとされる。巨大な店舗を構えていた同人誌ショップ「とらのあな」が秋葉原から撤退したように、若いオタクは二次創作や同人誌に関心がなくなっている印象を受ける。
ネットでは二次創作は相変わらず盛んであるが、むしろ近年のオタクは“公式”志向が強い。現在、20年前とは比べ物にならないほど公式のグッズが販売されるようになり、二次創作にお金を払う文化は衰退しつつあるのかもしれない。
オタク文化は池袋へと移り…
むしろ、オタク文化は秋葉原以外の街のほうが盛り上がっているようだ。その筆頭が池袋だろう。
2023年春にリニューアルされた「アニメイト」本店は、オタクから家族連れまで多くの人でにぎわう観光名所となった。また「池袋ハロウィンコスプレフェス」は日本最大級のコスプレイベントとして定着している。対する秋葉原では、池袋に比肩するような大規模なイベントが開催されていないのである。
筆者はかつて美少女ゲームを買うために秋葉原に何度も通ったし、コミケ帰りにオフ会に参加してきた思い出があるので、秋葉原からオタクのイメージが消えつつあることに寂しさを覚える。
しかし、肯定的にとらえれば、そうした変化も秋葉原らしいといえるかもしれない。森川氏ら多くの研究者が述べているように、秋葉原は時代によって町のイメージが変わり続けてきた歴史があるのだ。
闇市が催されていた時代もあれば、家電製品、パソコン、オタク文化……などなど、世代によって様々なイメージを持っているのが秋葉原なのである。現在の秋葉原は“インバウンドの町”なのかもしれない。
そして、10年後の秋葉原はどんな町に変わっているだろうか。昨今、昭和・平成レトロがブームになっている。個人的にはもう一度、美少女ゲームの文化が盛り上がり、2000年代のような秋葉原が出現してほしいと願うのであるが。