県立精神医療センターと合築して富谷市への移転を県が検討していた東北労災病院(仙台市青葉区)に関し、県は、労災病院を運営する労働者健康安全機構(神奈川県)と今後も移転を見据えた協議を続ける方針を示した。ただ、東北労災がある地元の反発は根強い。機構の経営状況は厳しく、県との話し合いの先行きも不透明なままだ。
村井嘉浩知事は21日開会の県議会11月定例会で、機構の「経営判断」として「協議に時間がかかる見通しとなった」と述べた。
全国で約30の労災病院を運営する機構がホームページで公開している2023年度の収支報告書によると、機構は約72億円の純損失を計上。東北労災の純損失も約4億9000万円に上った。
経営状況の悪化を背景に、多額の移転費用や富谷市での需要の見極めに時間を要し、県と機構の協議が進んでいない。機構の担当者は「議会での知事の発言は把握していない。協議中の事項でもあり、今後の方針などについての意見は差し控えたい」と話した。
精神医療センターの名取市での建て替えが決まった21日夕、労災病院の移転に反対する「東北労災病院を守る会」のメンバー11人が労災病院を訪問し、病院の山下和則事務局長らに現地での病院存続を求めた。
非公開の会談は約1時間。病院側から「機構が決めることなので、何も答えられない」との回答があったという。守る会の小玉高弘事務局長は「計画の前提であるはずの精神センターとの合築がなくなったのであれば、移転を断念し、現地に残すべきだ」と話した。
医療福祉関係者「やっと患者の不安なくなる」
村井嘉浩知事が県立精神医療センター(名取市)の富谷市移転計画を撤回し、名取市内で建て替える方針を表明した21日、移転に反対した医療福祉関係者は「やっと患者の不安がなくなる」と安堵(あんど)した。仙台医療圏4病院再編構想の公表から撤回まで3年2カ月かかり「現場無視の政策を猛省してほしい」と県への不信感を募らせた。
県精神科病院協会長で県精神保健福祉審議会委員の岩舘敏晴さん(72)は「当事者にとって良い結果。精神医療や保健、福祉、当事者が団結して県に訴えてきた成果だ」と話した。
精神障害者のくらしと医療を考える仙南ネットワークの小泉潤代表(77)は「患者自ら反対運動を頑張って体調も崩した3年だった」と振り返った。「最初から『移転ありき』で現場を見なかった。計画は無理に無理を重ねたものだったと言わざるを得ない」と改めて批判した。
精神医療センターの移転を巡り、患者団体や専門家は、通院患者の大半が県南部に住んでおり、代わりとなる基幹病院もないとして、一貫して反対を訴えてきた。
県内のある精神科医は「公立の精神科病院が診療圏から移転するという日本で例のない政策が掲げられた」と断じる。県の計画は何度も修正を迫られ、そのたび批判を浴びた。
名取市内で建て替えが順調に進むか不安も残る。県は県有地を候補地とし、市内で仙台赤十字病院(仙台市太白区)と統合予定の県立がんセンター(名取市)の跡地が有力視される。新病院の開院は2030年度で、がんセンター跡地が空くまで6年以上ある。
精神障害者らでつくる「みやぎユーザーズアクション」事務局の高橋隆一さん(60)は「(老朽化した施設を建て替える)議論がゼロベースに戻ったとも言える。どんな病院にするか、県は当事者も交えて意見を取り入れてほしい」と望む。
4病院再編構想に賛成の立場だった名取市の山田司郎市長は「人口減少で地域医療の再編はやむ得ないこと。(統合新病院ができ、精神医療センターが残るのは)市にとって最もいい答えが出た」と述べた。
富谷市長、冷静に受け止め「仕方ない判断」
村井嘉浩知事の県立精神医療センター建て替え表明について、若生裕俊富谷市長は「(名取での建て替えを妥当とする)県精神保健福祉審議会の全会一致の決議を知事も無視できない。仕方ない判断だ」と冷静に受け止めた。
若生市長は、村井知事が東北労災病院の富谷市移転に向けた協議を継続する方針を示した点に注目。「急性期を担う総合病院が富谷に必要というのが原点。市として労災病院の誘致を続ける。県も労働者健康安全機構との協議をしっかり進めてほしい」と語った。
市は昨年11月の市議会に明石台地区の新病院建設候補地約4万5000平方メートルの取得費約14億円を計上した予算案を提出し、成立。今年2月に地権者と売買契約を交わし、所有権移転の手続きを進めている。
仙台市長「患者らの意見踏まえた」
村井嘉浩知事による名取市での県立精神医療センターの建て替え表明を受け、郡和子仙台市長は21日、談話を発表し「患者や県民、医療従事者らの意見を踏まえた判断」と肯定的に受け止めた。
センターを富谷市に移転する構想について、仙台市は6月、県との事務レベル協議で、精神疾患患者らが地域で暮らせるよう医療や福祉、介護が連携する「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム(にも包括)」を損なうなどとする見解を示していた。
郡市長は協議後の市議会6月定例会で「さまざまな懸念、疑問が払拭されないまま県が進めるのであれば、反対と言わざるを得ない」と県に再考を促していた。