酒類販売大手の「やまや」と連結子会社の居酒屋チェーン「チムニー」は、10月29日、居酒屋チェーン「つぼ八」を買収すると発表した。
つぼ八の親会社、日鉄住金物産(持株比率:97.8%)から、やまやが53.8%、チムニーが34%の株式を11月30日付で取得する。買収の狙いは、販路の拡大と人材確保だ。運営はチムニーに任せる。
やまやはイオングループで酒類・輸入食品のディスカウント店を全国330店舗(10月末現在)展開し、チムニーを2013年末に子会社化している。
チムニーは海鮮居酒屋「はなの舞」「さかなや道場」などを全国に747店舗(9月末時点で直営344、フランチャィズ店279、食堂運営の受託を行うコントラクト店92カ所など)を展開する。
■つぼ八が買収されたのは「予想外だった」
一方で、老舗居酒屋チェーンの「つぼ八」が売却に踏み切ったことについては、業界関係者の間に「予想外だった」と驚きが広がっている。
つぼ八は“居酒屋の神様”こと石井誠二氏が1973年に札幌市琴似で創業した企業だ。1982年に商社の伊藤萬(後にイトマンなどを経て日鉄住金物産に吸収合併)と合弁で「つぼ八東京本社」を設立、直営・FCで全国展開を始めた。
石井氏が社長の時代にモンテローザ、ワタミがFCに加盟し、つぼ八のビジネスモデルを学んで独立、日本を代表する居酒屋チェーンに成長した。つぼ八が居酒屋業界の歴史に遺した足跡は大きい。
だが、創業者の石井氏が伊藤萬に追放されるという事件が影を落とす。さらに1991年に発覚したイトマン事件でつぼ八の経営は迷走した。
店舗も1980年代~1990年代の酎ハイ流行を追い風に、居酒屋ブーム最盛期には200席以上もある大箱の総合型居酒屋「つぼ八」を展開。2000年にはFCを中心に全国550店舗まで拡大したが、これが頂上だった。
その後、2008年9月に発生したリーマン・ショックと、デフレ時代に出現した「全品270円均一」業態による激安均一価格戦争の勃発で劣勢に立たされた。客単価2000円台が主戦場となり、客単価3000円以上の「つぼ八」は、客離れに見舞われた。
つぼ八は、店舗閉鎖などのリストラを経て、2010年6月には新業態「ホルモン焼肉 伊藤課長」を投入し反転攻勢をかけた。
追い打ちをかけるように、2011年3月の東日本大震災で、大箱の収益源である宴会需要が激減、収益悪化と高齢化からFCオーナーの脱退が始まった。
つぼ八ではFCオーナーの脱退を食い止めるために、大箱のつぼ八に「伊藤課長」の併設をすすめ、複合店として集客力を上げる工夫をするなど、守りに追われた。それでもFCオーナーの脱退による減収減益に歯止めがかからず、再浮上する体力は失われていった。
今回つぼ八が、やまや・チムニーグループに売却した時点では、店舗数は最盛期の半分ほどの241店舗(直営52、FC国内175・海外14)まで縮小。8割がFC加盟店で、FCオーナー数は約140人まで減っていた。
■FCオーナーの高齢化と脱退という問題
経営コンサルタントの王利彰氏は、つぼ八が売却に追い込まれたのは、「モスバーガー」(運営モスフードサービス)と同じで、「FC加盟店オーナーの高齢化が大きかった」と話す。
「個人経営店と同じでFCオーナーが高齢化し元気をなくしていたことがつぼ八の最大の問題でした。しかも後継者に恵まれず、FCを脱退するケースが増えていたのです」
古き良き時代のFCビジネスは高齢化と後継者不足という、個人店と同じ問題にぶつかり、縮小を余儀なくされているのだ。
筆者は『居酒屋チェーン戦国史』という新著の中で、居酒屋チェーンの栄枯盛衰の歴史を詳しく解き明かした。
しかし本当の狙いは居酒屋業界にはM&A旋風による淘汰・再編が起こり、勢力図が塗り替わることを伝えることにあった。その中でもやまや・チムニーグループは居酒屋業界の再編に熱心に取り組んできた。
2017年6月にも「チムニー」は、「八剣伝」「酔虎伝」などを運営する「マルシェ」と資本・業務提携を結んだ。チムニーは東京を中心とする関東圏に、マルシェは関西圏や郊外に店舗数が多く、補完関係にあった。
提携時点での展開店舗数は、イオングループ傘下のチムニーが直営・FCを合わせて746店舗、マルシェが463店舗だった。ともに一部上場の大チェーン同士であるが、この資本・業務提携はチムニーによるマルシェへの救済的M&Aに発展する可能性が高い。というのは、マルシェが苦戦しているからだ。
マルシェの主力ブランドである炭火焼き鳥チェーン店「八剣伝」は、最激戦区の焼き鳥業態ということもあって苦戦し、退店が続いていた。また大衆居酒屋「酔虎伝」、鉄板料理居酒屋「居心伝」も業態が陳腐化し、競争力を失っている。
ちなみにチムニーのマルシェへの出資額は8億円弱。チムニーは、老舗居酒屋チェーン「マルシェ」の創業者で筆頭株主の谷垣忠成氏から発行済み株式の約11.2%を取得した。11・2%にとどめたのはマルシェの直営・FC店舗の経営状況をよく把握したうえで、次の手を打つ考えだからだ。
チムニーとの提携でマルシェの業績が回復すれば、チムニーがTOB(株式公開買い付け)で買収する可能性が高い。そうなれば、店舗数1200店を超す巨大居酒屋チェーンが誕生することになる。
やまや・チムニーグループにとってはマルシェとの提携によって、当面、食材の相互供給や共同購買によるコスト削減、販路の拡大や、人材不足が深刻化する中で人材が確保できるなどのメリットなどが期待できた。
■マルシェとつぼ八には共通点がある
今回、つぼ八を買収したやまや・チムニーグループ。
マルシェもつぼ八もFC比率が高く、本部の売上高が小さいことが共通点だ。ちなみにマルシェの2019年3月期の売上高見通しは90億円、つぼ八の2018年3月期の業績は売上高75億7500万円(前年対比5・6%減)、営業利益1億1800万円(同24・8%減)となっている。
今後、マルシェやつぼ八と連携し、業績アップを図るキーマンはチムニー社長の和泉學氏だ。和泉氏は1990年、会長の岡田卓也氏(当時)の命令で、ジャスコ(現イオン)の子会社だったチムニーの再建社長に就いた。
その後食肉加工の米久に売却されるなど、筆頭株主が次々に代わるなか、米投資会社のカーライル・グループと提携、MBO(経営陣が参加する買収)を実施し、経営改革を進めた。2012年12月には再上場を果たしている。和泉をよく知る日本フードサービス協会(JF)顧問の加藤一隆氏は、こう話す。
「和泉さんは講演などを聞いていても、ステークホルダーなどに気を遣いながら話す慎重な人です。サラリーマン経営者ではあるが、創業者的精神にあふれた人物です。M&Aで経営規模が大きくなっても人材教育面などで能力を発揮し、居酒屋業界のトップになるという夢を実現していくと思います」
実は以前、つぼ八は阪神酒販グループのアスラポート・ダイニング(現、JFLAホールディングス)から、M&Aを持ちかけられたことがあるといわれる。やまやの最大のライバルである酒ディスカウント店「カクヤス」と業務提携関係にあるのが、阪神酒販グループだ。まだ機が熟していなかったのか、つぼ八はこの阪神酒販グループの申し出を断ったという。
今やイオングループをバックにしたやまや・チムニー連合は、マルシェとの提携・つぼ八との買収を成功させ、居酒屋業界最強のM&A軍団にのし上がって来た。
今後、居酒屋業界にはM&Aによる再編が進むのは間違いないと筆者は考えている。それは業界にM&Aの有力なプレーヤーが増え、虎視眈々と仕掛けているからだ。
やまや・チムニーグループを追撃するカクヤス・阪神酒販グループも、居酒屋業界のM&A戦略でこれからも火花を散らすだろう。
■居酒屋戦争は混乱の時代に突入
「日本外食新聞」(外食産業新聞社)元社長の坂本憲司氏は、こう話す。
「つぼ八がやまや・チムニーに買収されたとき、居酒屋戦争は“大城(大箱)”の時代が終わったと感じた。これからは“小城(小箱)”の時代に突入、群雄割拠する混乱の時代に入るだろう」
今後も、やまや・チムニーがつぼ八を買収したのと同じようなことが起こり、居酒屋業界の淘汰・再編劇が続くのは間違いないだろう。