最狭部がドーバー海峡として知られるイギリスとフランスを隔てるイギリス海峡は2016年11月20日に、時速140キロメートルを超える猛烈な嵐に襲われていた。嵐の最中に、英国の送電網管理を行っているナショナルグリッドは、フランスとの電力輸出入用海底送電線の能力が突然半分になったことに気がついた。 【地図】破壊された海底インフラ 嵐の中で錨を下ろした船が流され、英仏間に敷設された海底送電線8本の内4本を切ってしまったのだ。フランスからの電力輸入に依存することが多い英国は、冬の電力需要期に原発1基分に相当する100万キロワット(kW)のフランスからの供給力を失い慌てることになった。 海底送電線、あるいは通信用ケーブルが切断される事故は、時々起きるとされているが、海底インフラの意図的な破壊は、そうあることではなかった。しかし、この数年で状況は変わった。 22年9月にロシアとドイツを結ぶ海底天然ガスパイプライン、ノルドストリーム1と2の合計4本のパイプラインの内3本が破壊された。当初犯人は不明とされたが、今年ドイツ検察がウクライナ人に逮捕状を出したと報じられた。 23年10月には、フィンランドとエストニアを結ぶ海底天然ガスパイプライン、24年11月には、バルト海のスウェーデン領海で海底通信ケーブル2本が損傷を受けた。どちらも中国船による破壊工作の可能性があると報道されている。 海底通信インフラが破壊工作の対象になるとすれば、日本も安全保障上データーセンターを自国内に設置することが必須だ。そうなると安定的電力供給が喫緊の課題として浮上する。 12月17日発表された第7次エネルギー基本計画(素案)は安定的な電力供給を実現可能な内容だろうか。
中国船の破壊活動が続く欧州
フィンランドの首都ヘルシンキ出張時の休日に港を散策していたところ、エストニアの首都タリンに向かうフェリーがあった。航海時間は3時間というので、思わず乗船しようかと思ったが、海が荒れて帰って来られなくなると仕事に差し障るので、見送った経験がある。 ヘルシンキとエストニア間には、ガスパイプラインと通信ケーブルが敷設されている。23年10月8日にフィンランドとエストニアを結ぶパイプラインが、ガス漏れを検知し停止した。 調査により中国のコンテナ船、”Newnew Polar Bear”が錨を下ろしたまま航行しパイプラインを破壊したことが、現場に錨が残っていたことから判明した。パイプラインと並行している通信ケーブルも切断していた。 フィンランドの閣僚は、全ての証拠が故意による破壊活動を示していると述べたが、中国政府は調査に協力せず、今年になり故意ではなく事故と主張した。 同じ10月8日に、スウェーデンとエストニアを結ぶ海底ケーブル6本中、4本が破損した。破損時に通過した船舶は“Newnew Polar Bear”とロシアの原子力貨物船“Sevmorput”のみであったことから、どちらかの船により切断されたと判断された。両船は、エストニアとフィンランド間の海底ケーブ切断時にも現場を通過していた。 切断が明らかになった後、両船は同じ航路を辿り、共に海底ケーブルとパイプラインが密集するノルウェー北部に向かったことから、ノルウェー軍が警戒についたと報道された。 今年11月17日と18日には、ドイツとフィンランドを結ぶ海底ケーブルとリトアニアとスウェーデンのゴットランド島を結ぶ海底ケーブルが破損した(図-1)。 同時刻に中国の貨物船“Yi Peng 3”が破損個所を通過しており、錨を下ろしたまま100マイル以上航行していたこと、また破損個所の近くで減速などの異常な行動をしたことから故意による破壊活動とされた。 12月になり、ロシアの諜報機関の指示により“Yi Peng 3”のロシア人船長が破壊活動に従事したと報道された。
安全保障と経済成長に不可欠な電力供給
日本も海外の多くの地域と海底ケーブルでつながっている。通常複数回線のケーブルが敷設されているので、事故による切断であれば大きな問題が起きる可能性は小さい。しかし、破壊活動は別だ。 海底ケーブルが破壊工作の対象になる可能性があるのであれば、生成AIの利用が防衛から交通部門まで社会のさまざまな分野で広がる中で、データーセンターの海外立地はできない。 データーセンターを国内に立地する大前提は365日、24時間絶えることのない安定的な電力供給だ。十分な電力供給は安全保障にとっても重要だが、経済成長を支えるためにも必須だ。 AIの高度化と急速な広がりによりデーターセンター向け電力需要量は急増するとみられているが、そこへの電力供給ができなれければ、データーセンターも必要とされる半導体製造工場も国内には立地できない。
AIの活用では世界の先頭を走り、世界のデーターセンターの約半分が立地する米国では、大手IT企業、GAFAMが自社のデーターセンター用に電力供給を独自に確保する動きを活発化させている。 米エクソン‐モービルなどの大手石油メジャーも、データーセンター用に電力を供給するため天然ガス火力の発電事業に乗り出した。
データーセンターと原子力発電
AIの利用が拡大する一方、その能力も向上しているが、使用する電力量も増えている。ただし、今後の電力需要量の伸びについては、不透明な部分もある。 ひとつはGPU(画像処理装置)の能力向上だ。さらに電気信号に代え光を利用する光電融合技術による電力消費量の削減も予想される。 そんな予測はあるものの、データーセンターの電力需要量はやはり大きく増加するとの見方が米国では多い。 コンサルタントのマッキンゼーの今年9月のレポートは、30年の中間ケースのデーターセンターの電力需要を約6000億キロワット時(kWh)と予想している。米国の現在の電力需要量約4兆kWhの15%だ。 この電力需要量の増加を賄うためには、発電設備の新設が必要だ。発電設備からの距離によっては送電網の増強も必要になるが、送電網の増強には時間が掛かる。 問題を解決する方法の一つは、マイクロソフト、アマゾン、グーグルが相次いで発表したように原子力発電所の近くにデーターセンターを立地し、最短距離の送電にすることだ。 マイクロソフトは、閉鎖されたスリーマイル島原発1号機の再開による電力供給を20年間受ける計画だが、アマゾンなどは建設期間が短いと考えられる小型モジュール炉(SMR)をデーターセンターの隣接地に新設し、早期の電力供給を実現する計画だ。発表されている計画地は図-2の通りだ。 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が創業し会長を務める原子力スタートアップ企業のテラパワーは、今年6月米国50州の中で人口が最小のワイオミング州で最大出力50万kWのSMRを着工した。30年の完成時の供給先は今後建設されるデーターセンターの可能性がある。
発電事業に乗り出す石油メジャー
米国の石油メジャーは電力需要増をビジネスチャンスと捉えている。12月11日付けニューヨークタイムズ紙は、米石油メジャー最大手エクソンモービル初の発電事業を報じた。 エクソンモービルは、データーセンターに天然ガス火力による電力を供給すべく用地を手当てし、需要家候補と交渉を開始している。 5年以内に発電を開始し送電網にはつながずにデーターセンター専用に電力を供給する。送電網を利用しないので、事業開始までの時間が短くなる。 排出される二酸化炭素を捕捉し地下に貯留する装置も設置するとしているので、熱心に温暖化問題に取り組み低炭素電源からの電気を優先的に購入するGAFAMに電力を販売する可能性が高そうだ。発電規模は150万kW。建設地点は公表されていない。 エクソンモービルに次ぐ米石油メジャーのシェブロンも送電網につながない発電事業を検討中と明らかにしている。データーセンターの建設スピードを睨んだ発電事業だ。 欧州系石油メジャーの動きは異なる。英BPは米東海岸の洋上風力事業から撤退した。シェルも、洋上風力発電事業への新規投資を中止し、石油、ガス事業への投資に振り向けると発表した。欧米石油メジャーの方向は異なるが、より収益性の高い事業へシフトしている。
この事業にも課題がないわけではない。設備供給と工事を進める人材だ。米国では発電関連設備が不足し始め、納期が延び始めている。関連設備を供給する企業の株価が大きく上昇した。 たとえば、今年GEから分社化されたタービンを製造するGEベルノバの株価は、4月1日の142.02ドルから12月17日に328.34ドルまで上昇している。 日本は安全保障上必要とされる発電設備を新設できるのだろうか。設備と人の問題に加え、支援制度の問題もありそうだ。
第7次エネルギー基本計画を実現可能か
12月17日に経済産業省は、第7次エネルギー基本計画の素案を発表した。日本の電力需要は、2000年頃まで成長していたが、その後伸びが止まり10年頃からは減少期に入った(図-3)。 第6次エネルギー基本計画では、この電力需要減少を反映し、30年度の電力需要の減少が想定されていたが、データーセンター、半導体工場新設、電化の進展を反映し、第7次エネルギー基本計画では40年度の発電量は、23年度の9854億kWhから1.1兆から1.2兆kWhに増加するとされた。 40年度の電源の内訳は、原子力20%、火力30%から40%、再生可能エネルギー(再エネ)40%から50%だ。23年度9.8%の太陽光発電が22%から29%に、1.1%の風力が4%から8%に大きく増える想定だ(図-4)。 再エネについては、電気料金上昇と引き換えに固定価格買取などの制度により導入を進めることは可能だろう。一方、安定的な電力供給に必要な原子力の目標を達成し、維持するためには設備の建て替え、新設も視野に入れる必要がある。 自由化された市場では将来の電気料金について予見性が失われ巨額な設備投資は実行されない。投資を支援する制度の創出は待ったなしだ。 設備新設を支援する制度がなければ、建設は進まず、設備も人材も日本から失われ、やがて国の安全保障も脅かされる。数値目標を掲げるだけでは意味はない。実現への道筋を示す必要がある。
山本隆三