働き盛り層の「うつ」の一因には、心理的なストレスだけでなく、睡眠不足があります。また、多忙を極めるうちに生活習慣が乱れ、運動不足にもなりがちです。睡眠と運動が足りないと、ホルモンバランスが崩れ、メタボリックシンドローム(メタボ)などを招きます。30〜50歳代の「うつ」気味な方には、生活習慣病の合併が少なくありません。
膠着状態に陥ったカラダとココロ
ある企業の総務部に勤めるシンゴさん(52歳)は、過労と不眠から「うつ」に陥り、さらにメタボ(肥満、境界型糖尿病)を合併していました。半年ほど前からメンタルクリニックに通い、抗うつ薬により不眠とうつ気分は少しだけ改善しましたが、引き続き、「頭がスッキリしない」状態が長引いていました。毎日の食事も不規則で、ストレスから「ドカ食い」してしまうため、うつだけでなくメタボの方も「 膠着 状態」に陥っていました。そんなシンゴさんが、本来の健康を取り戻すきっかけは、うつ病に対する薬の調整などではありませんでした。
精神科医: いかがですか。毎日、お忙しいですか?
シンゴさん: はい、相変わらずですね。
精神科医: 睡眠や気分はどうでしょう。
シンゴさん: 以前よりも眠れるようになりましたし、仕事も問題ないんですが……、頭がスッキリしません。
精神科医: やっぱり食べ過ぎちゃいますか。
シンゴさん: ええ、間食もしますし、ラーメンとかカツ丼とか、ドカッといっちゃいます。
精神科医: うーん……お休みの日は、何か運動できていますか?
シンゴさん: 運動らしい運動はやっていません。もっぱらテレビや映画を楽んでいるんですが、その合間に、甘い物やビールなど、つい何か飲み食いしてしまって。このままじゃいけないことはわかっているのですが……。
精神科医: 頭ではわかっているのですね。ただ、直近の検査データでは、脂質も血糖値も、そろそろ要治療レベルです。
シンゴさん: 自分の心がけが甘いことも理解してはいますが……、いったいどうしたらいいでしょうか。
精神科医: 最近、メタボの方への「教育入院」というものがあるんです。2〜4週間ほど、内科に入院して、食事制限と運動療法を行うものです。
シンゴさん: 入院ですか! それなら効果がありそうですね。でも、仕事を休めるかな。
精神科医: シンゴさんの場合、メタボの状態とメンタル面の不調がリンクしていることは間違いなさそうです。そろそろ本気で減量にトライしてもいい状態です。まずは奥さんと会社の保健師さんか産業医に相談してはいかがですか。会社にお手紙を書きましょうか。
シンゴさん: そうですか。妻にも相談してみます。
退院後に仕事が楽に感じられる
奥さんとも話し合い、会社にも相談した結果、シンゴさんは思い切って疾病休暇を取得し、3週間の「教育入院」に踏み出すことになりました。効果は明らかで、退院後、奥さんと一緒に外来に来られたときには、心身共に見違えるほどの変化が見て取れました。
精神科医: スマートになられましたね。いい感じじゃないですか!
シンゴさん: おかげさまで、6kg落とせました。血液検査も「及第点」みたいです(笑)。
シンゴさんの妻: いい機会をありがとうございました。今は家でも、私が入院中と同じ1400キロカロリーに制限しています。
シンゴさん: 最初、入院中の食事が物足りなくて苦労しましたが、1週間で慣れました。2週目になると、だんだんと頭もスッキリしてきて。退院後、仕事が楽に感じるようになりました。
精神科医: よかったですね。運動もいろいろと?
シンゴさん: 入院中は、アームプレス、腹筋、レッグプレス、自転車こぎなど、1時間のプログラムを午前と午後に1ラウンドずつ。退院しても、週に3回ジムに行って、インストラクターさんに指導してもらっています。
精神科医: そうですか。これからも続けていきましょうね。
シンゴさん: はい。このムードで行けそうです!
適度な運動は「幸せホルモン」を促す
運動不足は、心身ともに巡り(代謝)の悪さにつながります。それが長引くことで、うつとメタボを引き起こしたのですから、ある程度「うつ」が回復すれば、今度はちゃんと運動してみたらいいだろう、という発想が生まれます。厚生労働省からも、肥満・メタボに対する運動プログラムが推奨されており、運動と食生活の改善により現体重の約3〜5%の減量が目標となります。シンゴさんの場合は、約90kgだった体重が6kg減量し、それを維持しているため、見事に身体面は回復傾向にあります。そこから「頭もスッキリしてきた」という言葉通り、膠着状態だった「うつ」からも回復できたのです。
やはりカラダとココロは持ちつ持たれつの相互的な関係にあるわけです。
さらに、適度な運動は、ストレス解消に役立つ「幸せホルモン」の分泌を促すという報告も多くあります。特に、ココロブルー(うつ傾向)の改善に重要なセロトニンやドーパミンが、運動によって活性化されれば、メンタル面で大きなアドバンテージを得ることができます。そして何よりも、多忙な毎日、「こんな生活していると健康に悪い……」と思い煩うよりも、「今は健康にいいこともできている」と実感できる方が、ハッピーになれることは間違いないでしょう。(小山文彦 精神科医)