フリージャーナリストの西田宗千佳氏によるレポート。メディアビジネスの中でも特にスマホとテレビの関係に焦点を当てて、最近の動向と今度の予測を解説する。
テレビからスマホに移った第一暇つぶしメディアの座
現在メディアに起きていることを簡単に説明するには、どこに視点を持っていくべきなのか。答えは単純。スマホだ。
過去、我々にとってもっとも身近で「暇な時、最初に触れるメディア」はテレビだった。今でも、50代以上ではそうした層が多い。だが、現在の10代・20代になると、暇な時、最初に手に持つのは、テレビのリモコンではなくスマホになった。
自宅に帰るとなんとなくテレビをつける、という人は多い。熱心に見ているわけではないがついていて、面白いものがあればそちらに目をやる。こうした 視聴形態は、テレビが日本の世帯でも当たり前のものになった1970年代以降、ずっと続いている。だが、スマホが「第一暇つぶしメディア」となると、テレ ビがついている必要はなくなる。ついていたとしても、そちらに目を移す頻度は減っていく。スマホが「第一暇つぶしメディア」の若者も、テレビを見ないわけ ではない。だが、なんとなく見るのではなく「見たい番組がある時に狙って見る」傾向が強くなった。
なんとなく流れているCMに心惹かれる、という経験は誰にでもあるはず。テレビを見ている時間が短くなる、テレビを意識するシーンが少なくなる、ということは、そうした広告との出会いも減ることに他ならない。
同じことはテレビメディア以外でも起きる。現在スマホ上では、「まとめサイト」や「ニュースアグリゲーションアプリ」が人気だ。いちいち各サイトにアクセスしなくても、そうしたサイトがニュースを収集し、まとめてくれることで、簡単に自分が興味のある情報だけを楽しめる。
この場合、見ているのはあくまで「まとめサイト」や「ニュースアグリゲーションアプリ」であり、記事をつくったニュースサイトではない。視聴時の広 告価値は、当然そうしたサービスの側に生まれる。これはなかなかに厄介なことだ。一カ所に人が集まるので、広告メディアとしてのリーチ力は高まるが、それ ぞれのメディアの記事の専門性から生まれるメディア特性に合わせた広告展開は難しくなる。ニュースサイト側は、本来得られる広告価値を失うことになり、 弱っていく可能性が高い。現状、アグリゲーションアプリについては、運営元とニュースサイトが提携し、得られた広告収入の一部を「記事ライセンス料」の形 で戻すことで成立している。
とはいえ、利益を吸い取りすぎると、必要な記事をつくってくれるニュースサイトが死んでいく。新聞などは有料モデルへの転換も進めているが、手軽さ重視のスマホ向けビジネスモデルとは馴染みが悪く、若干マスからは離れたビジネスにならざるを得ない。
番組が生まれる場所はますます多様化
所有者ベース:スマートフォン n=1275、タブレット端末 n=507
█ スマートフォン █ タブレット端末 █ スマートフォンとタブレット端末の差分
*「スマートフォン」と「タブレット端末」の差分=「スマートフォンの利用率」-「タブレット端末の利用率」
*ソーシャルメディア(Facebook、Twitter、LINEなど)
*まとめサイト(NAVERまとめなど)
*ニュースを見る(Yahoo!ニュースなど)
一方、番組制作機能については、テレビ局一極集中からの脱却が見え始めた。その主軸となりそうなのが、月額固定性の動画配信サービス「サブスクリプション・ビデオ・オンデマンド(SVOD)」だ。
9月2日に日本でサービスを開始する、世界最大の映像配信事業者「Netflix」は、特にオリジナルコンテンツ制作に力を入れている。アメリカで は、映画並みの予算をかけた本格的表現のドラマが主流だが、そこに投資を続け、『ハウス・オブ・カード野望の王国』や『センス8』など、テレビ発祥のドラ マに勝るとも劣らない支持を受ける作品も生まれた。日本ではまずフジテレビと提携、地上波では人気だった『テラスハウス』の最新作を提供する。
ライバルも負けてはいない。NTTドコモとエイベックス・グループが手がける「dTV」は、映画『進撃の巨人』やドラマ『みんな!エスパーだよ』な どの人気作品をテーマに、スピンオフ作品をdTV独占の形で配信する。日本テレビ傘下のHuluも、7月にオリジナル作品『ザ・ラストコップ』を配信、今 後も定期的に制作を検討している。
こうしたサービスは、ネットを使ってはいるものの、その本質は有料の衛星放送局と変わらない。しかも、加入のハードルはずっと低い。スマホやPCが 普及したからだ。月額料金も、衛星放送よりずっと安く、500円から1000円までの間だ。スマホファースト時代になり、集客動線が変われば、番組をどこ に出すか、という戦略も変化する。
“テレビよりもスマホを先に見る”、“情報はソーシャルネットワークやまとめサイトから得る”、そんな若者にリーチするためには、テレビ番組も放送 を飛び越え、ネットに出ていかざるを得ない。だから民放各社は、テレビ放送の見逃し配信を整備したり、有料配信にコンテンツ提供を進めたりしているのだ。
「どちらか」でなく「どちらも」が本質
とはいえ、テレビはいまだ巨大なメディアだ。ネット上の話題も、テレビから生まれたタレントのゴシップだったり、面白い番組の話であることが少なくない。
重要なのは、「スマホか既存メディアか」ではなく、「スマホも既存メディアも」とすることだ。
ある広告関係者はこんな例を話していた。飲料ビジネスで、ある企業がテレビに大量の広告を出稿した。するとライバル企業は、ライバルがCMを打つ時間に、ネットの検索連動広告に大量の出稿をしたのだ。
するとどうなるのか?多くの人は、テレビCMに誘引されて商品の情報を検索する。すると、検索連動広告に引っかかる率も高まり、結果、ライバルのCMを使って自社製品の認知も高まることに……。このやり方は、テレビとネットを一つのものと発想し、初めてて生まれるものだ。
メディアの変遷は“目玉”の争奪、その戦いの歴史とも言える。しかし、こと広告においては、メディア価値は複合的に判断すべきであり、認知度トップメディアだけで良い、というものではない。
スマホが優勢な時代とは、複数のメディアを人が渡り歩く時代になった、ということが本質なのだ。