ディスカウントストア「ドン・キホーテ」がシンガポールで大人気になっている。進出から5年足らずで12店舗まで拡大、在留日本人のみならず現地のシンガポール人の間でも歓迎されているというのだ。実際に店舗を訪ねて話を聞くと、日本の店舗とのコンセプトの違いや、人気の理由が見えてきた。(中国・ASEAN専門ジャーナリスト 舛友雄大)
おなじみのBGM、ただし海外での店名は「ドンドンドンキ」
シンガポールの人口は545万人。そんなコンパクトな国に進出した「ドンキ」が、わずか5年足らずで12店舗まで増える人気ぶりだ。今回訪れたのは、シンガポール東部に位置するショッピングモール「タンピネスワン」の中に入居する店舗。
一目見てまず驚いたのは、日本のドン・キホーテと違い、入り口から生鮮食品が陳列されているところ。まるでスーパーなのだ。日本でなじみのある2階建て以上の路面店ではないので、店舗自体はコンパクトだった。
店内ではおなじみのテーマソングが流れる。「ドンドンドンドンキー、ドンドンドンキー♪」。そう、日本と違ってサビの最後は「ドン・キホーテ」ではない。日本国内で「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は、海外では「ドンドンドンキ(DON DON DONKI)」の名前で出店しているためだ。モール内であることを考慮してか、日本と比べると若干音量が控えめだと感じた。現地でもこのテーマソングはすっかり定着したが、「洗脳のようだ」と苦笑するシンガポール人もいる。
旅行に行く代わりに、ドンキで日本の雰囲気を味わう
買い物を終えて店から出てきた若いシンガポール人カップルに話を聞いた。近隣住民とのことで、男性の方は「週に5日くらい来る」、女性にいたってはなんと「毎日来る」とのことだった。品ぞろえが現地のスーパーと比べてバラエティーに富んでいることが魅力とのことだ。女性のお気に入りは抹茶どら焼き。「季節ごとに商品が変わるんです。メロンもいいですよ」と話す。ただ見て回るだけでも楽しいという評価だった。
店内にはたくさんの商品が並ぶが、日本のドンキに比べると整然としているイメージ。日本の食材も、(シンガポールから見て)輸入食材の割には比較的手頃な値段である。品ぞろえには確かに圧倒された。青果や肉、魚がずらりと並ぶ。お菓子など加工品も豊富に取り扱っている。具体的には、中トロマグロパックが19シンガポールドル(約190円)、あぶりサーモン寿司ミックス16シンガポールドル(約1600円)、巨峰22.80シンガポールドル(約2200円)といった具合だ。シンガポールで特に人気なのがモモやイチゴだという。
進出してまもなく、ドンキが男性用の大人のおもちゃ「TENGA」を売り出し、一時姿を消し、その後復活したことがシンガポール独立系メディアに報じられた他、店舗ごとに内装のテーマが違うので、「今度は祭りだ」「次は旅行だ」などと話題は尽きない。
他の客にも話を聞いてみると、別の人気の理由が見えてきた。シンガポール人は日本に旅行で行った経験がある人も多く、コロナ禍で日本に行けないので替わりにドンキで日本の雰囲気を楽しんでいるのだ。
シンガポール在住日本人の生活を変えた
現地に長く住む日本人にも好評だ。ある専門職の男性は「(ドンキは)在シンガポール日本人の生活を変えましたよ」と話す。
売っている商品が店舗によって違うため、シンガポール中心部に位置する自宅の近くにある3店舗を「これを買うならこの店、あれならこの店」と通うのだそうだ。「これだけ密集しているところは日本にはない」とも。確かに計算してみると、シンガポールではすでに約45万人当たり1店舗と、25万人当たり1店舗の東京23区と遜色ない密集度となっている。
左党のこの男性は、ドンキで買った刺し身をお酒のつまみにするようになった。「最近では、本わさびまで売るようになったんですよ」と興奮気味に話す。
これには隔世の感があった。筆者は2014年~2016年、いわば「ドンキ前」にシンガポールに住んでいたのだが、当時は刺し身を出すようなまともな日本食レストランに行くと100シンガポールドル(約1万円)は下らないというイメージがあった。日系のラーメン店やカレー店に行っても軽く20シンガポールドル(約2000円)近くするのだ。
海外ドンキのコンセプトは「ジャパンブランド・スペシャリティストア」
ドンキの現地での人気ぶりはすさまじく、今でも週末型の店舗ではピーク時に「20分以上レジ前に行列ができることがある」ほか、「ドンキ出店によるモールのトラフィック増を家賃減に向けた交渉の材料としている」(ドンキ関係者)ほどだ。
ある日本からの投資に詳しいシンガポール人経済官僚は、ドンキの店舗は青果品から客を入れ込む動線がすごいと評価していた。シンガポール人が加工品を受け入れていることもドンキ人気に貢献していると分析する。ドンキはシンガポール華人にとってのおせちのような、旧正月の定番「ローヘイ」をも売り出した、と驚いていた。
日本の店舗とは違い、ドンドンドンキは「ジャパンブランド・スペシャリティストア」をコンセプトに現地化を徹底している。シンガポールで1000人いるスタッフのほとんどは現地の人たちで、日本人は十数人ほど。店長から、陳列をする人、仕入れをする人までローカルで、彼ら彼女らが自主的に、自分たちが欲しいものや食べたいものを商品として売り、価格設定の役割も担っている。
シンガポール進出の経緯
ドンキはどのような経緯からシンガポール進出を決めたのだろうか。
PPIHでシンガポールの事業を統括する町田悟史氏によると「もともと(同国に)出店する気はなかった」とのことだ。創業者の安田隆夫氏が2015年にシンガポールに移住する際に、現地の日本食品の高さに驚いたことが全ての始まりだったという。「これは何事か、ということで商売の火がついてしまってですね」と町田氏。
「逆に言うと、『なんでこんなに高いんだ』っていうのが正直な感想で、おそらくそこには価格の統一性みたいなのがあって。『ラクして』じゃないんでしょうけどね。(シンガポールは日系リテールにとって)売価が高くても売れるというような市場だったのかもしれないです」
安さの秘けつについて聞くと、輸送面でのコスト減が大きいそうだ。通常のルートであれば、青果物の輸送は新鮮度を保つために航空便を使うのが定石だが、ドンキでは大半を費用のより安い船で輸送している。「これから先は企業秘密で、ちょっと言えないです。簡単に言うと鮮度を保ちながら船でも持ってこられるという手法を取りました」。
2030年までに、海外売り上げ1兆円を目指す
かつては、シンガポールだけでなく、東南アジアの各地に日系デパートやスーパーが多数出店していたが、縮小・撤退した例が多い。大きな原因は、商品の値段が高すぎたり、それぞれの国の消費者ニーズを先取りできなかったからである。競合他社は現地(シンガポール)のサプライヤーを通して商品を展開するのが通例だが、ドンキでは日本側からの輸出とシンガポール側の輸入の両方を手がける、社内で「直接貿易」と呼ばれる手法で、中間マージンが売価に上乗せされるのを回避していると町田氏は説明する。
2017年12月のシンガポール1号店を皮切りに、ドンキはアジアでの出店を加速中だ。すでに、タイ、香港、台湾、マレーシア、マカオで計31店舗を展開している。2024年までに、シンガポールでは23店舗まで拡大し、アジアでの総店舗数を76まで増やす青写真を描く。
ドンキは2030年までに海外の売り上げを1兆円まで増やす目標を掲げている。日本のドンキからアジアのドンキへ。快進撃がどこまで続くのか注目だ。