「奴隷でした」ワンマン理事長暴走、チェック機能も働かず 宮城の社会福祉法人で不正相次ぐ

宮城県内の社会福祉法人で、栗原市の「まりやの郷」、仙台市青葉区の「グラディーレ」と、理事長による資金流用などの不正疑惑が相次いで明らかになった。いずれも評議会、理事会、行政のチェック機能が働かず、ワンマン理事長の暴走を止められなかった。介護や育児、障害者福祉といった公益の担い手として税制優遇を受け、多額の補助金を得ている社会福祉法人の在り方があらためて問われている。
(編集部・勅使河原奨治、栗原支局・鈴木拓也)

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【グラディーレ】

勤務実態ないのに月75万円報酬

 「奴隷でした」

 仙台市青葉区の社会福祉法人「グラディーレ」理事長(64)による不適切会計疑惑で、事務を担った法人幹部が背景を語り始めた。

 勤務実態のない理事長に毎月75万円の報酬を支払い始めたのは2021年10月だった。運営する特別養護老人ホームの利用者が集まらず、サービスを始めた18年から厳しい経営が続いている中だった。

 赤字を追及され「満床になりました」とうそをついたことがきっかけだった。「だったら報酬を払え」。要求を断れなかった。

 役員報酬規定は週2日以上かつ月8日以上の出勤で報酬を支払うとしている。複数の職員が「理事長を一度も見たことがない」と証言する一方で、報酬の支払いは続いた。群馬県に自宅のある理事長からは時折、「いま仙台にいる。営業している」と、電話がかかってくるだけだったという。

 仙台市が昨年実施した一般監査で「お盆や正月の月も同じ回数の出勤になっている」と報酬の支払いに疑問を投げかけられたこともあった。

 「うそをついてその場を繕った」。実際は法人幹部が理事長に代わってタイムカードを定期的に打刻していた。

 法人幹部が異論を挟めなくなったのは、理事長のハラスメントともとれる執拗(しつよう)な態度が原因のようだ。

 「昼夜を問わず携帯電話が鳴った。出なければ怒られた。質問され、右と答えれば左と指示され、上と答えれば下と言われる。常に否定され、罵声を浴びせられた。声を聞くのが苦痛で1秒でも早く電話を切りたかった。心がぼろぼろになり、何でも指示に従ってしまった」

 理事長による計1650万円の報酬不正受給、計約1700万円の架空取引の両疑惑が報じられ、幹部は決心した。

 「暴走を止められなかった責任は自分にある」。仙台市が施設に特別監査に入って2週間後の9月18日、臨時の理事会を開き、理事長を解任した。

名ばかり理事会、評議員会 本人も任命知らず

 社会福祉法人の経営を担う理事会も、運営のルールを決める評議員会も、仙台市青葉区のグラディーレでは機能不全に陥っていた。

 「何の話してるんですか。知りません」。設立時の2016年から23年まで理事だった女性(79)は怒りと困惑を交え、関係を否定した。学識経験者として施設を見学したことがあるだけだという。

 「名前を貸しただけ」。仙台市の元小学校長(76)は、福祉関連のコンサルタントから「一切迷惑はかけない」と頼み込まれ、了承した。署名や押印した記憶はなく、評議員に任命されたことも知らなかった。

 同じく設立当初から評議員に名を連ねた男性(82)の場合、名簿の生年月日がでたらめだった。3人とも一度も理事会、評議会に出席していないと証言しており、法人の運営や経営には全く関与していなかった。

 他の理事や評議員のメンバーを探ると、コンサルの妻、理事長の知人、理事長が経営する別法人の社員で固められていた。法が禁ずる親類、取引関係者による支配には当てはまらない。法人関係者は「法の抜け道、常とう手段」と明かす。

 仙台市は、法人の設立を認可する際、理事や評議員の印鑑証明や履歴書などの提出を義務付ける。同意なしでの名前の使用や流用は容易ではない仕組みになっているのだが…。

 市健康福祉局総務課の菊池久美子課長は「手続きを説明して了解を得て選任されているはずだ。名前を貸す行為は、職責を果たしていないことになることへの注意も必要だ」と話した。

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【まりやの郷】

不正流用2億4000万円の末に…経営破綻で事業廃止

 「社会保険料の滞納が1億円を超え、支払いが困難になった」

 昨年11月、オンラインで開かれた宮城県栗原市の社会福祉法人「まりやの郷」の理事会。突然、男性理事長(48)が経営の実態を告白し始めた。画面越しに聞いていた理事の一人は耳を疑った。

 帳簿上、社会保険料は毎年計上されていたはずだった。「何に使ったのか」。理事の追及に、理事長は曖昧な答えを繰り返すだけだったという。

 その後、代理人弁護士からの通知で理事長による約2億4000万円の不正流用が判明した。理事6人のうち常勤は理事長夫妻の2人しかいなかった。理事は「自営業的な運営で、外部のチェックが入らない状況だった」と振り返る。

 まりやの郷の原点は1995年に始まった小規模グループホームで、創業したのは理事長の父親だ。義母をみとった経験から在宅介護の限界を痛感していた。自宅を開放し、「介護の駆け込み寺」として要介護の高齢者を温かく迎え入れた。

 父親が2011年に亡くなり、長男が跡を継いで理事長になった。いつの頃からか歯車が狂い、遅くとも18年には法人の資金を自分の口座に移し、一部は車や時計、家電製品などの購入に使っていたという。

 法人は経営破綻に追い込まれ、今年6月に特別養護老人ホームやデイサービスなど市内5施設の事業を廃止した。寝たきりの高齢者を含む利用者79人は施設移動などを強いられ、従業員約70人も解雇された。

 理事長の仕事をチェックする立場だった理事は歯がゆさを募らせる。

 「通帳の開示を求めても応じず、何もできなかった。これを防ぐには、大規模な社会福祉法人に外部監査を義務付ける現行基準の範囲拡大や、罰則強化など制度の見直しも必要ではないか」

自治体監査でも異常事態見抜けず

 栗原市は今年3月、社会福祉法人「まりやの郷」の定期的な一般監査に入った。既に法人内部では社会保険料の未納が深刻化し、事業廃止が目前に迫っていたが、異常事態を見抜くことはできなかった。

 監査に基づく指摘は文書指導5件、助言2件。市の「指導監査実施結果調書」には、具体的な指導内容が記されている。

 「評議員会の議事録が作成されておらず(中略)速やかに作成すること」「会計処理全般で、伝票と証憑(しょうひょう)について、その関係を明らかにしてきちんと整理すること」

 ずさんな運営体質が垣間見えるものの、運営に重大な問題や不祥事が発生した場合に行う特別監査には至らなかった。法人は一般監査直後の4月、従業員らに事業廃止を通知。その後、理事長の不正流用も発覚した。

 国は2017年、社会福祉法人の制度改革に伴い、行政の指導監査ガイドラインを策定した。チェックポイントや指摘基準を統一して指導監督機能を強化したとするが、内実は資料や記載内容の確認にとどまり、不備があれば改善を求める程度だ。

 市社会福祉課の小野寺正和課長は「法人の運営や事務手続きが適正に行われているかを確認するのが監査で、不正を発見するのが目的ではない。ガイドラインに沿う指導はできるが、それ以上のことは難しい」と限界を口にする。

現行制度は不正可能な仕組み

[関川芳孝・大阪公立大名誉教授(福祉経営論、福祉法制論)の話]現在の制度は、制度や経営に精通する者からみれば、不正に資金を流出させることも、可能な仕組みになっている。チェックすべき評議員、理事、監事は理事長との人間関係で成り立っていることが多く、運営の仕方によっては、けん制機能が形骸化しかねないウイークポイントがある。2016年の社会福祉法改正後は、法人に不正があった場合、評議員や理事にも法的責任が及ぶようになった。名前だけ貸すことは、ひとつ間違うと損害賠償責任も問われかねないリスクがあることを知ってほしい。行政も理事、評議員の責任について情報発信し、周知することが必要だ。

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