川崎重工業が開発を進めている「液化水素運搬船」の商用化に向けた計画が進んでいます。同社はすでに液化水素を格納する貨物タンク(CCS)の技術開発を完了しており、大手海運会社の日本郵船、商船三井、川崎汽船は国際的なサプライチェーンの構築に向けて、川重グループと協力することを明らかにしています。2023年9月28日には、液化水素の受け入れ基地が置かれる川崎市と川崎重工との間で連携協定が結ばれました。
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川崎重工が開発する16万立方メートル級液化水素運搬船のイメージ(画像:川崎重工業)。© 乗りものニュース 提供
川崎重工の執行役員で水素戦略本部長の原田英一氏は「水素社会を本当に実現していくためには、当社の持つ液化水素関連の技術と、自治体のエネルギー政策や周辺立地企業の取り組みが一体となって実装を進めていくことが不可欠だ」と強調します。
政府は今年6月、水素基本戦略を改定し、今後15年間で官民合わせて15兆円を投資する計画を取りまとめました。2040年までに年間1200万トンとする水素の導入目標を新たに設けるなど水素社会に向けて取り組みが加速しています。
川重「世界初の水素運搬船」からの動き 次は「世界最大」
川崎重工は世界に先駆けて2021年に液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」(タンク容量1250立方メートル)を建造。さらに舶用の液化水素貨物格納設備として世界最大の容積を誇る4万立方メートル級の液化水素タンクを4基搭載した16万立方メートル級の大型液化水素運搬船を開発し、日本海事協会(NK)からAiP(基本設計承認)を取得しました。
搭載する液化水素タンクは川崎重工が開発した新構造のCCS「CC61Hタイプ」で、外部からの侵入熱を低減できる球形状を採用し、内外二層構造による二段階の断熱によって高い断熱性能を実現するとしています。試験用タンクを用いた各種検証は終わっており、計画通りの断熱性能が得られることを確認しました。
発電機として搭載する水素焚き二元燃料(DF)エンジンも日本海事協会からAiPを取得しており、現在のエネルギー輸送の主役である大型LNG(液化天然ガス)船の主力船型(容量17万立方メートル)に匹敵する輸送能力を持つ船の建造へ着実に前進しています。
どれくらい安くなるのか?
川崎市の福田紀彦市長は「今回の協定の大きなきっかけとなったのは、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のGI(グリーンイノベーション)基金事業で、液化水素サプライチェーン商用化実証の受け入れ地として川崎臨海部が選定されたことだ」と背景を説明します。
「液化水素サプライチェーンの商用化実証」は川崎重工子会社の日本水素エネルギーと岩谷産業やENEOSが共同で取り組んでおり、現在、建設工事や実証運転の開始に向けた技術調査が実施中です。その中で液化水素の出荷地として豪州ビクトリア州ヘイスティングス地区が、受け入れ地として水素需要のポテンシャルや港湾確保の観点から川崎市川崎区が選ばれています。
実際、川崎市には多くの企業や発電所が立地している上、同市とENEOSなどが行った調査では、京浜臨海部で年28~38万トン程度の水素需要が見込みまれるとしています。扇島から羽田方面や横浜方面へ伸びる水素パイプラインの構想も検討中です。
連携協定を締結する川崎市の福田市長(左)と川崎重工の原田英一水素戦略本部長(深水千翔撮影)。© 乗りものニュース 提供
実証事業では商用化水準となる水素供給量年20万トン以上の実現を見通すために必要な大型設備として、液化水素運搬船や、川崎臨海部に設置する5万立方メートル型液化水素タンクなどを川崎重工が供給。水素の製造、液化、出荷、海上輸送、受け入れまでを実証を通じて行い、水素の供給コストを2030年には現在の約3分の1に相当する30円/Nm3(ノルマル立法メートル。気体の体積の単位)まで引き下げることを試みます。これは、現在のガソリンよりも大幅に手頃な価格で水素が充填できるようになるといえます。
「川崎重工が持つ水素を作る、運ぶ、貯めるというところ、そして私達の使うというところ。こういった一連のサプライチェーンを構築していく大きなパートナーになっていくことが今回の協定の最大の意義だと思っている」(福田市長)
水素の拠点は東西2か所に? 進むサプライチェーンの構築
2023年9月には日本郵船、商船三井、川崎汽船が日本水素エネルギーの子会社であるJSE オーシャンへ第三者割当増資で資本参加し協業することで合意。2024年までに世界初の大型液化水素運搬船における安全で効率的な運航、将来性のある海上輸送事業スキームの検討を共同で実施し、商用規模の国際水素サプライチェーンにおける液化水素の海上輸送確立を目指すとしています。
川崎重工はこのほか関西電力とも協業を行っており、こちらでは兵庫県姫路市での液化水素受け入れに関する調査・検討が実施されています。
日本水素エネルギーの子会社、JSEオーシャンへの出資イメージ(画像:日本水素エネルギー)。© 乗りものニュース 提供
「日本におけるカーボンニュートラルは当社のみでは実現しない。国内だけではなく、海外を含む様々な自治体や企業との協力により、実現に近づけることができる」(原田本部長)
カーボンニュートラルに向けた鍵となるエネルギーとして位置づけられている水素。大型の液化水素運搬船が東京湾に現れる日は意外に近いのかもしれません。