物語コーポレーションの焼き肉チェーン「焼肉きんぐ」は、2024年3月から春期間限定の「CAMPフェア」を開催。同フェア内のメニューにまるか食品(群馬県伊勢崎市)のインスタント焼きそば「ペヤング」が入っていることが話題を呼んだ。なぜ焼肉きんぐはペヤングと、このCAMPフェアを仕掛けたのか。背景には、次世代の顧客の獲得に対する危機感がある。 【関連画像】焼肉きんぐでペヤングを食べる醍醐味はアレンジ。写真はペヤングに、イカ焼、厚切り豚カルビ、焦がし醤油のコーンバターを載せた様子 「焼肉きんぐでペヤングを食べているなんて、持ち込みかと勘違いした!」 こんな内容の投稿がX(旧Twitter)で相次いだのは、2024年4月。「このようなバズり方は予測していなかった。若干ネガティブな捉えられ方で勘違いされたことに驚きつつ、ポジティブな反応に向かうことに期待を込めていた」と話すのは、物語コーポレーションデジタルマーケティング部の髙戸啓輔氏だ。 焼肉きんぐ公式Xは、反響があった投稿にリプライしたり、ペヤングを焼肉きんぐのメニューでアレンジした様子をポストする「#きんぐでペヤング」キャンペーンの投稿をリポストしたり、ユーザーの声にポジティブな姿勢で寄り添った。 「SNSでは、焼肉きんぐで、普段とは違うペヤングの食べ方をすることの面白さを伝えたい」と高戸氏。「お客様の数だけ楽しみ方があるので、『他の人はそう楽しむのね』と思ってもらえるように、普段から意識している」と明かす。 焼肉きんぐでペヤングを食べられることが順調に拡散され、関連投稿のインプレッション数は累計1000万回以上、関連動画の再生数は累計150万回以上を記録。24年5月13日時点で、店舗で提供されたペヤングは5万食を突破した。 では、焼肉きんぐでペヤングが食べられる状況はそもそもどうやって生まれたのだろうか。 ●ペヤングコラボとCAMPフェアの誕生秘話 「ペヤングのまろやかなソース味は、うちの焼き肉と一番相性がいい」と確信するのは、商品開発歴13年、物語コーポレーション商品開発部部長の加藤裕治氏だ。 CAMPフェア内で、焼肉きんぐの商品を使った焼きそばアレンジ企画をやろうという話が挙がった時は、主要な焼きそばを一通り食べ比べた。そして、ペヤングに着目。「まるか食品の役員に直接話を持ちかけた。狙い撃ちだった」と加藤氏は語る。 同氏は、「ペヤングさんが普段からSNSを面白く使っていることも決め手」だったと言う。「結局、味だけでは売れない。仕掛けも上手にやっていかないといけないので、一緒に面白いことができそうなペヤングさんにお願いさせてもらった」とのことだ。 実は、焼肉きんぐとしてCAMPフェアを開催するのは2回目。ただし、22年3月から開催した1回目はCAMPフェアではなく、「焼肉は自由だ! ~キャンプ編~ 」としていた。 フェアメニューの企画責任者、物語コーポレーション開発企画部部長の霜山北斗氏は、「春から夏にかけて支持される期間限定フェアを企画したいと思っていた時、新型コロナウイルス禍ではやりだしたキャンプに注目した。キャンプと焼き肉の親和性が高いと感じてはいたが、思いっきりキャンプ感を出してしまうのも、焼き肉を専門としている焼肉きんぐとしては悩ましく、1回目は直接的な表現を避けた」と話す。結果、「(1回目は)正直、注文数も微妙だった」とも打ち明ける。 一方で、「キャンプをやってみたいけど、なかなかやりづらいと思っている人が多いことも感じていた。焼肉きんぐでキャンプを疑似体験できたら、お客様は喜んでくれるのではないかと思った」と霜山氏。社内での熱いプレゼンテーションを経て、2回目はキャンプ要素を直接訴求することに決め、キャンプ場でイメージ動画を作るなどして、CAMPフェアに振り切った。
焼き肉食べ放題で焼きそばを食べる意味
焼き肉食べ放題中に焼きそばを食べるというアイデアは斬新にも感じる。それには、どのような意味があるのだろうか。 霜山氏によると、焼肉きんぐでは「グランドメニューのメインターゲットは30~40代のファミリー層、期間限定フェアのメニューはセカンドターゲットの10~20代のこれから親になり得る人たちというように、明確に区分けしている。期間限定フェアの狙いは、焼き肉目当てだったお客様が今後焼肉きんぐを想起するきっかけの一つになることで、お客様の来店頻度を早めることだ」。実際に、秋に行う「韓国フェア」の期間中は、10~20代の客層が増えることが分かっている。 ただし、食べられる飲食店が限られている韓国料理をそろえた韓国フェアと違い、どこでも食べようと思えば食べられる商品が並ぶCAMPフェアについては「フェアがきっかけで来店するお客様は、ほぼいないと言っていいと思う」と霜山氏は話す。 そこで、今回のCAMPフェアでは、「ペヤングに『好きなものを入れてアレンジしてね!』というメッセージを伝えることで、食べ放題の価値を最大限楽しんでもらいたいと考えた」(霜山氏)。 そのメッセージを伝えるために、冒頭のSNSはもちろん、店舗でも細やかな工夫を欠かさない。 霜山氏は、「うちみたいな訴求ができる注文用タッチパネルは、実はあまりないんですよ」と胸を張る。焼肉きんぐの注文用タッチパネルは、商品をポスターのようにレイアウトした画像を画面全体に表示し、その中で気になる商品の画像をタップすると注文画面に遷移する、フリーレイアウト式のもの。 一般的に思い浮かべる注文用タッチパネルのように、区切られた枠の中に商品画像を配置するボタン式とは異なり、個々の商品画像に大小をつけたり、画像から画像に矢印を引いたりすることができる。「お薦め商品を強調するために、導入当時からこだわっていた注文用タッチパネルだったが、商品のアレンジを訴求するのにもぴったりだった」と霜山氏は語る。 一方で、髙戸氏は「普段は商品をアレンジした様子を投稿するSNSキャンペーンはやらない。100分の食べ放題で忙しい中、商品のアレンジを考えて、作って、写真を撮って、投稿するという行動はあまりお客様にやってもらえないと考えていた」と話す。 それにもかかわらず、想定を上回る投稿数を得られたのは、「アレンジを前提とした打ち出し方がお客様に伝わったからと言えるだろう」との見方を示した。
焼き肉食べ放題業界に対する危機感
今回のCAMPフェア、前述した韓国フェアを含め、焼肉きんぐでは期間限定フェアに積極的だ。その背景にあるのは、食べ放題業界に対する危機感だ。 霜山氏は「22年ごろ、このまま同じターゲットに訴求していると、業界の衰退につながる。次世代の顧客の育成に取り組む必要がある」と感じ、10~20代をターゲットに期間限定フェアに注力し始めた。 そもそも、「焼肉きんぐは創業当初から食べ放題のイメージを変えようとしてきた。創業当時食べ放題といえば、『安かろう悪かろう』。おいしくない、元が取れない、ビュッフェスタイルで慌ただしいというイメージが一般的だった。そんな中で焼肉きんぐは、おいしくて、圧倒的な品ぞろえを低価格で楽しめて、席で注文ができる店づくりを目指してきた」と霜山氏は語る。 食べ放題の悪いイメージを払拭できたと焼肉きんぐが判断したのは19年。次は、食べ放題としての価値をワンランク上げることを計画した。 加藤氏は「同じ価格帯の焼き肉店とどう差別化するかを必死に考えた。米国に自分で行って肉を探し、どのように切って、どのようにお店に卸して、どのように盛り付けるかをイメージした」と当時の苦労を振り返る。そして行き着いた結論が「四大名物」メニューの投入だ。 20年3月に発表した焼肉きんぐの四大名物のラインアップは、「きんぐカルビ」「鬼ポンで食べる大判上ロース」「ガリバタ上カルビ」「ドラゴンハラミ一本焼き」。加藤氏は「ワンランク上の食べ放題を感じてもらうために、塊のお肉や断面が大きいお肉を名物に設定。それらを豪快に焼いて食べる非日常感を、ファミリー層に楽しんでもらいたかった」と話す。 その上で注力し始めたのが、次世代の顧客となる10~20代に向けた仕掛けだ。期間限定フェアを企画したり、新感覚デザート「ぐるぐるまぜてね きんぐスロッピー」で様々な製菓メーカーとのコラボをしたり、焼き肉以外の要素も楽しめるようにした。 並行して、焼き肉を楽しみたい人ももちろん引き付け続けたい。焼き肉以外の要素を拡大すると同時に、四大名物を五大名物に進化させた。 ●焼き肉専門店として譲れないもの その時々で新たなチャレンジをしつつも、変わらないのは「“焼き肉で”お客様を絶対に満足させる」という意思だ。 霜山氏は「お客様に通じるかどうかはさておき、どんなに人気の期間限定メニューでもグランドメニューには入れない、遊び心ある商品には牛肉を使わないなど、業態開発本部の中では明確に線引きしている。あくまでも、グランドメニューの焼き肉を楽しみにしている人に満足してもらうことが優先。焼き肉専門店としての業態を崩さないようにしている」と語る。 「もうけたければ、原価率の高い牛肉にこだわった五大名物なんてやらない方がいい」とした上で、「でも、焼き肉専門店の本質は、カルビ、ロース、ハラミ、タンなどの主要牛肉商品をどれだけ自信を持って提供できるか」だと霜山氏。「売れる、売れないよりも、お客様が喜んでくれることをやりたい」との意気込みを語った。 焼肉きんぐが焼き肉専門店としてプライドを持って丁寧にブランディングし、焼き肉もそれ以外もそれぞれ楽しめるようにしているからこそ、焼肉きんぐで食べるペヤングもおいしく感じるのかもしれない。