「風評をばらまいているのは…」問われるマスコミの責任 伝え方の模索 #知り続ける

「風評被害」。福島第一原発事故を経験した地元局が幾度となく伝えてきたのがこの言葉だ。特に事故直後は放射線を巡る不確かな情報による買い控えが起き、福島の生産者は取引先が激減し、心無い言葉をかけられることも多かった。しかし、報じ続けるにつれてこんな声を聴くようになった。「風評をばらまいているのはマスコミ」。福島の食の現在地から風評被害の伝え方の課題を探った。 「死ぬまで福島にいます」広報役のキャリア官僚 貫く異例の働き方 #知り続ける

「福島のものは食べないほうがいい」当初の‘風評’

福島の桃 当時多くの消費者が安全性に疑念を持っていた

原発事故が起きた直後の2011年8月、福島県内の大学生らが県外に出向き、生産者を応援するため福島産の桃を売るイベントを開いたところ、こんな言葉を投げかけられたという。 「そんな所に住んじゃダメだ」「福島のものは食べない方がいい」 原発事故で広範囲に放射線物質が拡散した福島県では、放射性物質の検査で安全が証明されたものが市場に出荷される仕組みだ。しかし、当時は検査の数値が本当に正しいのかなど、多くの消費者が福島産の安全性に疑念を持っていた。

風評がもたらした農家の苦しみ

廃棄されたりんご(2013年)

妻や息子とりんごの栽培をしてきた、二本松市の果樹農家を営む男性(67)は、原発事故前は北海道から沖縄まで全国各地に贈答用として販売してきた。しかし、原発事故後は、検査で安全が証明されても、ほとんどの取引が停止した。原発事故の年に収穫した700トンのりんごのうち8割余りを廃棄せざるを得なかった。自宅の敷地に掘った穴にりんごを放り込んだ瞬間が瞼に焼き付いている。 「農家としては一番胸が痛かったね。リンゴを自分の手で処分するということは。一年間育ててきた作物を捨てるのは切なかったな。」 風評被害を知ってほしい―私たちが取材に行く度にかけられる切なる願い。もはや実害ともいえる現状を日々のニュースの中で伝えてきた。

海外輸入規制 こじあけた鍵は

桃の放射施物質検査(2011年)

風評被害を伝える上で避けては通れない課題が「海外の輸入規制」だった。最大で55の国・地域が行った福島県産食品などの輸入規制、2010(平成22)年度に152トンだった輸出量は震災後の2012年度には2.4トンまで減った。 しかし、今年度はシンガポールと米国が規制を撤廃し、欧州連合(EU)も緩和した。2月には県産農産物の大口輸出先だった台湾も緩和し、英国も早ければ今春の規制撤廃に向けた手続きに入るなどの動きがある。現在も14の国・地域は規制を続けているが、重い扉をこじ開けたのが「世界で最も厳しいレベルの放射性物質検査の徹底」だった。 福島県によるとこれまでに25万件を超える検査が行われ、野菜や果実は2013年度から、基準値(100ベクレル/キロ)を上回るものは出ていない。そうした蓄積されたデータが安全安心につながっていった。

「当初の風評は解決」別のステージへ

福島大学食農学類 小山良太教授

風評被害の現在地はどうなのか―福島の食と風評などについて研究を続けてきた福島大学食農学類の小山良太教授は「当初の風評被害は解決した」と分析する。同教授は前述の大学生の桃販売に同行した一人だ。 「原発事故から3~4年は福島産食品を避ける動きが目立ちました。例えばお年寄りが「自分は食べるけど子ども・孫には食べさせない」という声もよく聞きました。ただ今は消費者調査をしていても、事故当時に溢れた風評被害は無くなったと言っていいと思います。」 今年2月に消費者庁が全国約5000人を対象に行った調査でも、福島など東北産の食品をためらうと回答したのは約8%で過去最少となっている。ただ、小山教授は「この問題は別のフェーズに移った」と語気を強めた。 「3・11後に固定化した流通体制から福島県産が弾きだされてしまっているんです。市場の構造が変わってしまったことが今の問題です。消費者としても10年以上食べていないものをあえて手に取ろうと思うのか?「避けてはいないがあえて食べない」という層が増えているように感じます。」 福島県庁の担当者も「別の産地に割って入るほどの価値を見出さないといけない」と険しい表情を浮かべた。風評被害という言葉では表現し難い市場構造の問題があるのだ。

新たな懸念 マスコミの責任

政府は処理水を海洋放出する方針を発表する(2021年4月)

事故から10年以上が経過し、風評被害という言葉をニュースで用いる頻度は確かに減っていった。しかし、去年4月、再び各メディアの見出しに躍る出来事が起きた。福島第一原発の「処理水の海洋放出」の方針だ。炉心溶融(メルトダウン)を起こした燃料を冷やす際に出た汚染水を処理したもので、来春をめどに規制値の40分の1以下に薄めて海に放出する方針が決まった。 しかし、処理水が科学的に安全かどうかなど理解が進まないまま方針決定したことに、とりわけ漁業関係者の不信感を呼び起こした。福島県漁連会長は試験操業の努力を踏みにじる「築城10年落城1日」だと強く批判。各メディアは「漁業関係者は風評被害の再燃を懸念する」と度々報じた。すると県民や県外の人からこう指摘された。 「風評をばらまいているのはマスコミではないのか―」

「風評煽っている」報じ方に問題は?

処理水の話題になると口をつぐむ漁師も

同じ考えを持つ漁師に話を聞くことができた。それは処理水の問題を伝える際のメディアの課題を浮き彫りにする内容でもあった。 「風評被害というフレーズを出すこと自体が危ないという印象を与えているんだよ。どこかのメディアは科学的なことをまともに伝えずに風評、風評って書くからこの話は答えたくねえんだ。」 その漁師は処理水の話題になると口をつぐむようになった。 原子炉建屋内にある溶け落ちた核燃料・デブリに触れた水は高濃度の放射性物質を含んだ状態になる。汚染水はろ過や吸着で様々な放射性物質を取り除くことができるが、唯一取り除けないのが「トリチウム(三重水素)」だ。政府はこのトリチウムを含む水を国の規制値・6万ベクレル/リットルの40分の1以下、つまり1500ベクレル/リットル以下に薄めて海に流す計画だ。 地元局として処理水を巡る報道では科学的な性質と漁業者の懸念の両面を伝える。しかし、風評被害への心配を報じるだけで危険なイメージが沸くのではというのが前述の漁業者の言い分だった。さらにこんな指摘もあった。 「メディアによっては処理水を汚染水と表記するところもあるでしょ。風評を煽っているように見えるんだよね。」

「核廃水」表記の台湾メディア、第一原発「処理水」の現場へ

台湾メディアが伝えた記事

問題の水は「処理水」と表現されるが、あえて「汚染水」と表記する海外のメディアなども多く見られる。海外メディアの記事も今ではウェブ等で日本語版を読むことができる。 去年7月、私たちはある人物と福島第一原発構内へ取材に向かった。台湾の国営通信社でもある「中央通訊社」東京支局長として働く楊明珠(よう・めいしゅ)記者。中央通訊社は日本語サイトで処理水と見出しを打つも、中国語に翻訳すると「核廃水」というフレーズになっていた。 「台湾ではここから処理水を海に放出することに危機感がある。やっぱり太平洋はつながっていますからね。」 楊記者は原発へ向かう道中にそう語っていた。当時、台湾では処理水の安全性が担保されない限り、海洋放出の決定をすべきではないと日本政府に釘をさしていた。「核廃水」というフレーズは台湾にいる同僚記者が出稿したという。 楊記者は日本に駐在して15年が経つ。11年前の原発事故がもたらした被害と喪失の大きさを目の当たりして以来、東北に足しげく通っている。今回は世論を分断するリスクを孕む処理水の現状を取材して台湾へ伝えたいと防護服を身に纏った。

「核廃水」に変わる言葉は…

処理水を手に取る中央通訊社の楊明珠記者

事故を起こした原発建屋を眼前にしたあと、楊記者がふと足を止めた場所があった。「恐らく台湾のメディアは取材したことがありませんよ」と言ったのは「多核種除去設備(ALPS)」。汚染水を処理してほとんどの放射性物質を取り除く施設だ。汚染水が処理されていく過程を取材し、興味深くカメラのシャッターを切っていた。案内をした経済産業省の担当者は最後に念を押した。 「決して汚染水をそのまま流すのではなくてALPSで浄化されます。外部被ばくは自然界で受ける10万分の1の放射線のもの、これだけでもわかってもらいたい。」 担当者から説明を受けた楊記者は二度三度深く頷いた。帰りの車で「何がいいのかな?」と呟いている。帰京するために駅へ到着すると私たちにこう誓ってくれた。 「核廃水という名前に代わるものが無いか考えていました。処理されている過程を見ると私は「除核水」と報じようと考えているんです。少しでもネガティブなイメージを無くすように報道したいです。」

「風評被害」の伝え方…メディアの責務

福島第一原発に立ち並ぶタンク

食と風評について研究をしてきた福島大学食農学類の小山良太教授は、処理水の処分方法を議論する経産省の小委員会のメンバーにも加わっていた。福島で生産者と深い関係を築いている専門家にメディアの伝え方に問題はないかを問うとこう話した。 「処理水の科学的な知識を丁寧に伝えることはもちろん大事です。ただそれ以上に国民が自分事に捉えてもらう工夫がもっと必要ではないでしょうか?」 小山教授はそもそも福島第一原発で発電された電力は福島で一切使われずに、首都圏に送られていた過去を思い出してほしいという。 「一連の報道を見ると福島だけが向き合うような問題になっている雰囲気があります。それは違う。首都圏の皆さんが福島で生まれた電力を使っていた事実を丁寧に辿れば、首都圏のみなさんも自分事に捉える受け取り方ができるのではないか。メディアには国民全体で議論すべきという視点の問題提起をしてほしいと思いますね。」 風評をばらまいているのはマスコミー国や東京電力の情報発信はもちろん、報道機関も効果的な伝え方や正しい表現を追求する必要がある。原発事故という未曾有の逆境にめげず、筆舌しがたい努力を重ねた生産者がこれ以上苦しまないために、1人1人の消費者が正しい情報をもとに商品を選んでもらうために。 ※この記事は、福島中央テレビとYahoo!ニュースとの共同連携企画です。

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