「8時間睡眠」神話はウソ 「眠り」にまつわる勘違い

「春眠暁を覚えず」の季節を迎えます。厳しい寒さが続きましたから、暖かい日が増えると余計に心地よく、眠気に誘われる人が多いのではないでしょうか。

ただ、暖かい布団から出るのが億劫になって、夜は眠れずにリズムが悪くなり、睡眠不足になる人もいるはずです。どうすればうまく睡眠不足を解消できるでしょうか。

睡眠障害の専門家に「よく眠るコツ」を取材して、月刊 『文藝春秋』(2018年2月号) に記事を書きました(「寝る時間より『起きる時間』を決める」)。今回は、そのエッセンスを中心に紹介したいと思います。

寝る時間より「起きる時間」を決めることが大事

まず大切なのが記事のタイトルにある通り、「起きる時間を決めること」です。寝不足の人は「とにかく早く寝て、十分な睡眠時間を確保しよう」と考えがちです。ですが、それよりも決まった時間に起きることのほうが大切です。なぜなら、そのほうが睡眠覚醒リズムを整えやすいからです。

朝日を浴びると、覚醒と精神の安定に不可欠な神経伝達物質「セロトニン」が体内で分泌されます。そして、これを材料として夜、睡眠ホルモンと呼ばれる「メラトニン」がつくられます。このメラトニンによって、目覚めてから16~17時間後に睡眠のスイッチが入ります。たとえば朝6時に起きたなら、夜の10~11時には眠くなる。寝不足にならないためには、このリズムを狂わせないようにすることが肝心なのです。

休日には、どうしても寝だめしたい人が多いでしょう。寝不足が蓄積して、健康を損なうとされる「睡眠負債」を返すためにも、休日にしっかり寝ておくことは大切です。ですが、できれば休日も同じ時間に起きるよう心がけ、朝寝坊するとしても1~2時間以内にとどめたほうが、睡眠覚醒リズムを狂わせないですむとされています。

ぐっすり眠るための遮光カーテンにも落とし穴が……

快眠のためには「光を上手に利用すること」も大切です。睡眠不足の人では、寝室を暗くするために「遮光カーテン」を使っている人も多いのではないでしょうか。ただ、遮光カーテンだと朝日が目に入ってきません。ですから、専門家によるとカーテンを10センチメートルほど開けて眠るのがお勧めだそうです。

また、夜眠る前の光も重要です。読書などをするために、布団に入って蛍光灯をつけて過ごす人もいるのではないでしょうか。しかし、明るい光が目に入ると入眠時間が遅れてしまいます。寝る1時間ほど前から室内の灯を電球程度の明るさに落とし、できればテレビなども見ないで過ごすようにしましょう。

布団の中でのスマホの光は安眠の敵

最近では、スマホやタブレットを持つ人が増えて、布団の中でネットサーフィンやゲームをして過ごす人も多いはず。ですが、これも目にかなり強い光が飛び込んできます。寝不足で悩んでいるなら、テレビもスマホも早めにスイッチを切ってから、布団に入るようにしてください。

また、アルコールは寝つきをよくしますが、睡眠が浅くなり夜中に目覚めること(中途覚醒)が増えます。ですから、睡眠薬代わりにアルコールを飲むという考えは捨ててください。もちろん、夕方以降のコーヒーや緑茶もカフェインの作用で入眠を遅らせ、中途覚醒を増やすのでよくありません。専門家によるとよく眠れないと感じている人は、コーヒーや濃い緑茶を飲むこと自体やめたほうがいいとのことです。

ある進学校の「昼寝実験」の結果は……

睡眠不足になると、どうしても日中に眠たくなります。そのため、つい長時間昼寝をしてしまい、夜眠れなくなる悪循環に陥りがちです。人間はお昼の2~4時頃に眠気が強くなる体内リズムを持っていますから、昼寝をすること自体は悪いことではありません。

ですが、30分以上眠ってしまうと深い睡眠が出て、夜眠りにくくなります。ですから、昼寝をするとしても高校生や大学生では10~15分、働き盛りの人は15~30分にとどめてください。深く眠らないで目を閉じるだけでも、画像として入る情報量が減り、脳を休めることができるそうです。

取材させていただいた久留米大学神経精神医学講座の内村直尚教授によると、進学校として知られる福岡県立明善高校(久留米市)では内村教授の指導のもと、昼休みの後半15分間を「午睡(ごすい)タイム」としたそうです。あまり深く眠ってしまわないよう、椅子に座って机に伏せて寝る姿勢をとり、BGMにモーツァルトの曲を流しています。

生徒たちを対象にしたアンケートの結果 によると、昼寝ができた人ほど夜の睡眠が規則正しくなり、昼間の眠気が軽くなって、授業に集中できるようになったそうです。全国の学校や企業でも、採り入れてみてはいかがでしょうか。

高齢者ほど夜更かしをしたほうがいい

一方、時間のある高齢者ではつい昼間ウトウトする時間が長くなり、夜眠れなくなる人が多いのではないでしょうか。「キョウヨウ(今日用)とキョウイク(今日行く)」と言いますが、できれば日中は用事と行く場所を作って、活動的に過ごしたほうが眠りやすくなります。昼寝をするとしても30分程度、長くても1時間までにとどめましょう。

また、早寝早起きが美徳とされてきたせいか、高齢者では早々と布団に入って、夜中に起きてしまう人が少なくありません。しかし、睡眠時間は年をとるほど短くなり、65歳以上になると平均6時間ほどしか眠れなくなります。

ですから、夜中に起きないためには、高齢者ほど夜更かしをしたほうがいいのです。テレビでは、夜中に若い人向けのバラエティ番組を流す傾向が強いように思います。ですが、むしろお年寄りが夜長を楽しく過ごせるように、高齢者向けの番組を編成したほうが世のためになるかもしれません。

「8時間睡眠」神話のウソ

かつては「8時間睡眠」が最も長生きで、理想的と言われました。しかし、人間にはロングスリーパーもいれば、「寝ているところを見たことがない」と言われる明石家さんまさんのように、ショートスリーパーもいます。専門家によると、朝起きて、疲れが取れて、昼間の活動に差支えなければ、その人の睡眠時間は十分足りているそうです。

睡眠不足で健康や精神に不調が出てきたり、「夜いびきがひどくて、呼吸が止まっている」と家族に言われたりした人は、睡眠時無呼吸症候群などの可能性があり、医療の助けが必要です。そうした場合は睡眠障害の専門医の診察を受けてください。

ですが、睡眠不足でも健康に過ごせているなら、あまり不安になり過ぎないようにしましょう。心配も不眠の種になるからです。うまく「快眠術」を活用して、心地よく「春眠」を楽しんでください。

タイトルとURLをコピーしました