最近、ゆうちょをはじめとして「銀行」の手数料の新設や改定が続いている。著書『決済インフラ入門〔2025年版〕』を刊行し、メガバンクの企画部に勤務し手数料についても詳しい宿輪純一氏が、銀行の立場から手数料改定の動きについて解説する。
銀行の経営と世の中の潮流
最初に申し上げるが、この銀行の手数料関係は、そもそも複雑で、各行によりさまざまで、全貌を簡潔に言うことは難しい。この複雑性により、結果として単純に比較ができにくくなっている。
また、とくに手数料は、新設・改定の時期の範囲や時期もさまざまである。例えば、今後、新設される口座に関しては、として、それ以前に開設された口座は対象外としたり、といった具合である。
いわゆる“教科書的”な銀行の経営モデルは預金を集め、貸出を行う、つまりは預金と貸出の金利差、いわゆる利ザヤをベースとしていた。それに加え、一般的には、長期金利のほうが短期金利よりも高いという“順イールド”の状況であったので、長期的に貸出を行い、短期的の預金を集めるとして、より金利差(利ザヤ)を広げるという形になっていた。
銀行収益というものは、すべての産業がそうであるように、まずは景気(経済成長)の影響を受ける。日本経済も低成長期が長くなり、日本銀行は量的緩和も行いマイナス金利も含めて超低利となり、長期金利も低下して利ザヤも縮小した。
以前の銀行では、経営上のコストのほとんどをこの利ザヤによる収益で賄っていた。最近の銀行経営の状況は、決していいとは言えない。いわゆるメガバンクは約4割を、地方銀行では約2割の店舗を閉鎖している。
4割の店舗を閉鎖するレベルの業界の経営状況はだれが見ても苦しい。そのような経営状況では、利ザヤで、どんぶり勘定のように、さまざまなコストをカバーしていたのも限度に達した。
さらに、日本経済、いや世界経済に、大きな潮流がある。ITが日々進歩してきていることをベースとした「キャッシュレス化」「デジタル化」(DX)である。日本では、安倍政権下で経済産業省中心に、まずは「キャッシュレス化」が推進された。
実はそれ以前にも1990年代から「ペーパーレス化」という政策が推進されていた。この政策の目的は、IT的にデータを保存するためというよりは、紙の消費というものが、森林を破壊=縮小することを問題視したものであり、それを防止しようとしたものであった。つまり、自然保護的な目的から始まったものである。そういう意味では、現在の環境問題(グリーン政策)と目的がほぼ同じである。
現金を扱いたくない金融機関
1.現金取扱手数料(新設)
キャッシュレス化・デジタル化の潮流では、その名のとおり、現金(紙幣・硬貨)や通帳などの“モノ”が、その対象となる。キャッシュレス化・デジタル化の最終的な形とすると、データ化し、中央集権的に管理する形である。
現金や通帳などモノの対応にはアナログ的なコストがかかる。そのため、銀行の業務も窓口→ATM→ネットバンキングとシステム化に改革が進んでいる。経営的に考えて、人の手を介する業務をなくしていくことが大事となっている。
「通帳」については、その最たるものであり、日本経済全体で、電子帳簿保存法も改正され、紙による記録の必要性は低くなっている。現在、各行によって条件もさまざまであるが、通帳発行には手数料を徴取する方針となっている。
みずほ銀行の場合には、通帳を発行しない口座を「e-口座」という。盗難・紛失の心配がなく、環境にも優しいとしている。先般のシステムトラブルの一因はこのe-口座への移行作業であった。
同様に「現金」(紙幣・硬貨)についても同様で、最近、新設されたゆうちょ銀行の現金取扱手数料もその方向である。しかし、形は各銀行によって少々違うが、実際には、銀行界ではゆうちょ銀行が最後尾の導入になる。
ゆうちょ銀行は昨年7月より公表していた。ゆうちょ銀行は2万4千店という店舗数のほか、もともと政府だったこともあり、公共性の点から影響が大きい。ちなみに「貯金」はゆうちょ銀行など、「預金」はそのほかの銀行が使用している用語である。例えば「貯金箱」とはいうが、預金箱とは言わない。
三井住友銀行などは「現金レス」の店舗を増やし、あおぞら銀行の店舗は現金の取扱いを行わない。現金というものは、そもそも盗難を始めとしてセキュリティーの問題があり、今後、減少していくものである。「ATM」の使用も現金使用と連動している。
2. 振込手数料(改定)
昨年10月に、銀行は振込手数料を改定した。それは昨年「銀行間手数料」の大幅な引き下げがあったからである。きっかけは、公正取引委員会の指摘からであった。決済システムは「全銀システム」を使用する。
この引き下げは、窓口、ATMそしてネットバンキングの順で安くなる体系にしている。この広がりの形が「K字」に似ているとも言われている。
銀行の中には、窓口での振込依頼について、逆に値上げをしようとする先もあったが、さすがにそれは金融庁に止められた。
手数料のサブスクが始まるか?
3. 口座維持手数料(新設)
先に述べた2つの手数料は1件ごとの手数料であったが、この口座維持手数料(三井住友銀行は「システム未利用手数料」という)は“期間”で収納する。この期間の概念は、とくにシステム費用の面から必要不可欠となっている。もちろん、さまざまな条件があり、全員、全口座に適用されるわけではない。アメリカなどでは一般化した手数料で日本では導入が遅れていた。
システムは、みずほのシステムMINORIの開発費用で4000億円となっており、開発に費用がかかるが、維持にも同様に費用がかかる。銀行システムの場合はとくにリテール口座関係の割合が高い。とくに最近では、マネーロンダリング(資金洗浄)関係の対応費用の増加が著しい。
そのため、使用されていない口座にかかるコストを負荷しようとするものである。もちろんそのベースのコストの原価計算が必要不可欠なのは言うまでもない。
ほかの手数料もそうであるが、手数料の新設や改定をするということは銀行にとって重大な決定である。それによって、顧客が離れる可能性もあるからである。そのため、基本的な考え方は、社会的な納得性と覚悟が不可欠となる。
通帳を発行している口座には、毎年200円の印紙税がかかる。そのため、みずほの口座数は3500万口座あり、年間70億円かかる。そこで、実際には使用されていない口座を削減しようという目的もある。
4. 新システム「ことら」
実は、3メガバンクと2つのりそなの5行を中心として、新しい決済インフラ「ことら」(小口トランザクション)が、今年の9月にリリースされる。高頻度小口決済という分野を対象とする。小口とはこの場合「10万円以下」の取引を指す。
この決済システムは、もともとはデビットカードのシステムをベースとして開発したので、早く、安く構築できた。この手数料は無料になる可能性がある。これは銀行関係で歴史的な事柄となろう。
宿輪 純一:帝京大学経済学部教授・博士(経済学)