これだけで済まない欧米金融不安「次の危機の芽」 不動産ファンドの資金流出が投げ売りを招く

アメリカのシリコンバレーバンク(SVB)破綻から1カ月が経過しようとしている。第2次リーマンショックをはやし立てるムードが強かった当初と比較すれば、金融市場は平静を取り戻しつつあるように見えるが、依然として「次の危機の芽はどこにあるのか」といった警戒心は漂っている。

この点、アメリカではオフィスやホテルなど商業用不動産(CRE:commercial real estate)に内包されたリスクは常々指摘されている。

特にCREへのローンを束ねて証券化した商品である商業用不動産担保証券(CMBS)の価格急落を指摘する向きは多く、これを抱える機関投資家の損失拡大から危機が伝播するのではないかとの懸念が根強い。

SVB破綻以降、アメリカの中堅・中小銀行の経営不安が高まっているが、商業用不動産の多くがこうした銀行群からの融資に依存しており、懸念は簡単に消えそうにない。

欧州ではECBが異例の警鐘

実はこうした問題はアメリカだけではなく欧州も同様に抱えており、最近では中央銀行自らがその危うさに警鐘を鳴らしている。

ECB(欧州中央銀行)は4月3日、「ユーロ圏不動産市場における投資ファンドの強まる役割」と題し、過去10年で急拡大したファンドによる商業用不動産投資が金融安定のリスクになるとの論説を発表した。

現状、複数のユーロ加盟国で不動産投資ファンド(REIF:real estate investment funds)が強い影響力を有しており、当該国の不動産市況悪化に伴ってREIFも不安定化する展開が懸念される。

ECBは急成長したREIFが「流動性のミスマッチ(the liquidity mismatch)」に直面し、これが金融不安定の種になる可能性を指摘している。不動産ファンドの多くが投資家の払い戻し請求を認めるオープンエンド型ファンドとして資金調達しているため、不動産市況への懸念が高まれば、非常に早く・大きな規模の資金引き出しに直面することが懸念される。

バランスシートの観点から言えば、顧客からの預り金である負債の流動性は非常に高い。

同時に、不動産ファンドは大量の解約に応じるため保有資産の売却に踏み切る必要があるが、資産の性質上、商業用不動産は容易に売却できない。つまり、バランスシートにおける資産の流動性は低い。

流動性が低い資産を急いで売ろうとすれば当然、投げ売り(fire sales)となり損失は広がりやすくなる。しかし、流動性の途絶はファンドとしての「死」を意味する。これを回避するために損失を被っても売りをやめるわけにはいかない。

こうして流動性のミスマッチがファンドの経営難や破綻を引き起こし、金融安定に影響が及ぶというのが目下、ECBの懸念する展開である。SVB破綻以降、「次の危機の芽」として商業不動産を指す論調は増えていたが、中銀自ら明確に指摘するのは珍しい。

不安定化の相互作用でシステミックリスクに

ECBによれば、ユーロ圏の商業用不動産市場に占める不動産ファンドの割合は2012年の20%から2022年には40%にまで倍増し、無視できない存在感を放つようになっている。

こうした不動産ファンドの存在感を踏まえれば、商業用不動産(CRE)市場の不安定は不動産ファンドの不安定化に直結し、不動産ファンドの不安定化もまた、CRE市場の不安定化に直結するという相互依存の関係が見出せる。当然、CRE市場にエクスポージャーを持つ銀行や証券などの金融機関も存在し、それらの経営不安にもつながってくるだろう。

こうしてCRE危機がシステミックリスクをもたらす「次の危機の芽」という理解になる。

金融機関経営の不安定化は、貸出厳格化などの信用収縮を通じて実体経済を下押しするため、始点と終点を見れば「商業用不動産市場の崩壊→ユーロ圏景気の減速」といった展開を懸念するに至る。ECBはSVB破綻やクレディ・スイス再編などの域外イベントを背景に、こうした展開が現実化する可能性を見据え始めているようだ。

ちなみに、ECBはアメリカの大手資産運用会社ブラックストーンの不動産投資信託(REIT)である「ブラックストーン・リアル・エステート・インカム・トラスト(BREIT)」が最近、急増する解約請求を制限しなければならなかった例を挙げ、類似の事案が今後も増えてくる可能性を指摘している(英国でもそのような光景が出始めていることを指摘している)。

当然、こうして窮地に陥ったファンドは流動性確保のため保有不動産の売却はもちろん、資金調達にも勤しむため、市場全体の資金調達コストは押し上げられる。後述するように、それは将来的な利下げ可能性を高める話になる。

部分的に現実化しつつある危機

ユーロ圏において商業用不動産(CRE)と不動産ファンドは過去10年で猛烈な伸びを示してきた。すでにCRE市場のシェアが10年で倍増したことは言及したが、絶対額で見た場合、不動産ファンドの純資産総額は2012年から2022年の10年間で、3230億ユーロから1兆40億ユーロへ3倍以上に膨らみ、うち80%がオープンエンド型(つまり常時解約可能)という。

この所在地を国別に見た場合、不動産ファンドは5つの加盟国(ドイツ、ルクセンブルク、フランス、オランダ、イタリア)に集中している模様だが、直接的に不動産投資をする形態以外に債券など金融商品の形態で保有している場合もあるため(ECBによれば30%程度)、商業用不動産や不動産ファンドの不安定化がこれらの国々だけで限定されるとは限らない。

商業用不動産市場の不調はパンデミックによるリモートワークやeコマースの隆盛、その他行動様式の変化が真っ先に指摘されるものの、その終息と入れ替わるように主要国で利上げが行われ、資金調達コストが上昇し始めたことも無視できない。

上述したように、パンデミックに至る直前までは極めて速いペースで価格が上がっていたこともあり、「調整余地も大きい」と捉える雰囲気は強い。

過去1年で投資家における高値警戒感は一方的に強まっており、資金調達環境のタイト化もかなり進んでいる。市況の悪化を感じ取る投資家が多数となる中、直近では域外での金融不安も重なり、商業用不動産(CRE)を取り巻く環境はかなり悪化している。

2022年10~12月期、商業用不動産にまつわる取引がにわかに細っているというデータもあり、これに伴って価格も下がっている事実をECBは指摘する。

ここまで考えるとCRE危機は深刻化の余地をはらみながら、部分的にはすでに現実化しているとも言える。

カギはやはり「流動性のミスマッチ」

冒頭に述べた通り、危機が起きると想定した場合、やはり「カギとなる脆弱性(A key vulnerability)」は不動産ファンドに対する解約請求が押し寄せた際に直面する「流動性のミスマッチ」問題である。

「解約請求に対応するまでの期間」と「保有資産を現金化するまでの期間」を比較し、前者が後者より顕著に短い場合、ファンドは資金繰りに行き詰まる(流動性のミスマッチに直面する)ことになる。

現状、その危機にさらされやすい加盟国を特定するのは難しいものの、域内の金融安定を監視する欧州システミックリスク理事会(ESRB)の調査によれば、2021年7~9月期時点、オープンエンド型不動産ファンドの31%が流動性のミスマッチを抱えている。

特に、商業用不動産市場における不動産ファンドの存在感が大きいフランス、オランダ、アイルランドでは「オープンエンド型投信を抱えつつ現金バッファが小さい国」であるとしてその脆弱性が指摘されている(反対にイタリアやポルトガルが現金バッファの大きい国として紹介されている)。

実際、商業用不動産市場の雰囲気が悪くなるのに従って不動産ファンドへの資金流入は細っており、すでにオランダなど一部の国では大幅な純流出に直面している。不動産ファンドを取り巻く環境が一変しているのは間違いなく、ショックに対して脆弱性が増している状況が読み取れる。

一連の金融引き締めや3月以降続いている国際金融不安は、商業用不動産市場やそれを主戦場とする不動産ファンドにとって「泣きっ面に蜂」ともいえる動きであり、依然として利上げや量的引き締めを政策オプションから外せないECBは大きな葛藤を覚えていることだろう。

解約ストップは逆効果

多くの不動産ファンドが流動性のミスマッチに備え始めれば、資産売却と資金調達が盛り上がることになる。それは資産価格の下落と資金調達コストの上昇につながる。

ECBは今回の論説の結びとして考えられる政策対応を示している。現状、オープンエンド型ファンドには解約請求の停止という手段が与えられているものの、これはファンド経営の不安定化を宣言するようなものであり、いわゆるスティグマ(汚名)リスクを伴う。

よって、ファンド出資者に対しては解約コストや最低保有期間の導入、解約通知期間の長期化など、多様な流動性管理手段(LMT:Liquidity Management Tool)の導入をECBは提唱している。また、不動産ファンドに関してはそもそも解約が容易なオープンエンド型ではなくクローズド型しか認めないといった規制面からのアプローチもECBは言及している。

実際、構造的に流動性の低い資産(不動産)を抱える不動産ファンドの性質を踏まえれば、「解約のハードルを上げる」というのは本質的な一手ではあり、すでにいくつかの国では導入されているという。こうした規制傾向は今後、強まるものだろう。

しかし、目下、金融市場が注目するのは、”商業用不動産(CRE)危機”が注目される中、政策金利がどのような影響を被るのかだ。流動性危機におびえるファンドの挙動によって資金調達コストが押し上げられ、それがシステミックリスクに直結する可能性が見えている以上、中央銀行が何もしないことは考えにくい。

上述したような不動産ファンドの運営にまつわる制度的な修正は中長期的に進めていくのだろうが、それと同時に短期的には無リスク金利である政策金利を下げることも催促されやすくなっていくのではないか。

問題提起は利上げ幅縮小の布石?

現状ではCRE危機というフレーズが市民権を得るほどの事態にはなっていない。しかし、仮にそうなってしまえば、眼前のインフレを犠牲にしてでも利上げ路線の急旋回(例えば0.5%利上げから0.25%の利下げへ、など)を強いられるリスクはある。政策金利の急変動は市場にボラティリティをもたらし、要らぬ混乱を招く。

ECBが今回、このタイミングでCRE危機にまつわる問題提起を行ったということは、極めてわずかではあるが、引き締め路線のブレーキを踏む意図を持ちつつあるということなのかもしれない。

5月4日の政策理事会では0.5%から0.25%への利上げ幅縮小に注目したいところである。

唐鎌 大輔:みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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