記憶と商品ブランドの関係 ブランド・スキーマが鍵
かつて親しんだブランドを、消費者が長く愛し続ける理由を考えるためには、まずは記憶とブランドの関係性について考える必要がある。ブランドに関する知識は、記憶として人の脳の中に貯蔵されていく。その知識は「ノード」と呼ばれる認知要素が結び付き合うリンク構造を持っている。ノードにはブランドの属性やベネフィット、態度(好き・嫌い)など、商品・企業について連想されるワードが入る。そうした多様なノード同士が結び付き合い、一塊の知識構造を形成している。これをブランド・スキーマと呼ぶ【図表1】。
通常、企業が商品のブランド構築を考える際には、好かれていて、かつ競合商品からも差別化されており、さらに思い出されやすいといったブランド・スキーマの形成を目指す。なぜならば、そうした構造を持つ消費者ほど、企業のマーケティング活動に対して、好ましい反応をしてくれるからだ。たとえば、購入はもちろん、他者への推奨や、企業に改善点を伝達といった反応を示してくれる。
昭和時代において、親しんだブランドを消費者が継続的に愛する理由も、その脳の中に企業にとって好ましいブランド・スキーマが形成されていると考えられる。では、どのようなものが形成されているのか。
記憶研究の第一人者である心理学者のエンデル・タルヴィング氏によると、記憶のシステムは「エピソード記憶」「意味記憶」「知覚表象システム」「手続き記憶」によって構成されている。ここでは懐かしさと関係性の深い「エピソード記憶」と「意味記憶」に着目していく。
昭和に発売され、最近も手のひらサイズがヒットした「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を例に考えてみよう。エピソード記憶は、ファミコンをいつ(時間)、どこで(場所)、だれ(人)とプレイしたという情報が含まれる。例えば、青春時代に友人と一緒に盛り上がった経験や、好きな異性とプレイしたほろ苦い経験などである。
一方で、意味記憶は「ファミコンとはゲーム・任天堂の商品である」というような概念的な知識として想起される。実際に経験したことがないことでも、我々を取り巻く社会や文化の中で共有された知識に基づき、懐かしさが想起される。
たとえば、人気ソフト「ドラゴンクエストⅢ」を買うために徹夜で行列に並んだ消費者の映像をテレビで観ることで、「昭和時代に一世を風びしたファミコン」という知識が形成される。すると、昭和に生まれていない人も、復刻されたファミコンにどこか懐かしさを感じる。
アイデンティティ形成に深く結びついた記憶
心理学では、消費者がブランドなど、様々な事象に対して感じる懐かしさを「nostalgia(ノスタルジア)」と呼ぶ。ノスタルジアには甘さ、ほろ苦さ、幸福感、喪失感、後悔という感情が複雑に入り混じっている。
ノスタルジアは、「個人的ノスタルジア」と「歴史的ノスタルジア」があり、前者は自分が直接体験した出来事に基づく懐かしさで、後者は自分が直接体験していなくとも、過去の古き良き時代などに対する懐かしさだ。お気づきの通り、前者は「エピソード記憶」と、後者は「意味記憶」との関係が強い。
「個人的ノスタルジア×エピソード記憶」の枠組みでは、直接経験した自己と他者とのつながりに関する記憶が重要な意味を持つ。自己形成期である青春時代における、家族、友人、恋人といった他者との体験は誰にとっても掛け替えのない記憶であろう。この場合、かなり強固で特別な知識構造をもったブランド・スキーマが形成されている。特に青春時代の記憶は、アイデンティティ形成と密接に結びついているため、生涯に渡って残り続ける。これが青春時代に親しんだブランドを、人が生涯愛す理由だ。
「歴史的ノスタルジア×意味記憶」の枠組みでは、自己と他者の関係が間接的・擬似的に経験されることで懐かしさが生起する。映画『ALWAYS三丁目の夕日』における昭和の商店街に、当時を経験していない人もノスタルジアを感じるようなケースだ。これは社会学者のフレッド・デーヴィス氏が言う「歴史的な連続性」だ。同氏は、歴史的にあまりにも遠く離れた過去にはノスタルジアは感じないと指摘している。
例えば、現代人は縄文時代に対してノスタルジアは感じない。そう考えると、ある程度近い時代の歴史的(時間的)連続性のなかで、不連続が生じるとノスタルジアが引き起こされるのだ。たとえ、それがフィクションであったとしても「家族や共同体が存在した古き良き時代」という昭和へのイメージに対して、家族や共同体も壊れていくように感じると、ノスタルジアを感じてしまう。
人間(ホモ・サピエンス)は、他者と協力する能力で生き残ってきた生物である。進化心理学的に言えば、他者とのつながりを尊重できる心理傾向を持つ者が自然淘汰のなかで遺伝子を残してきた。ノスタルジアが昭和に対して喚起されるのは、つながりの生存的重要性がシグナルとして現われているのかもしれない。
企業はノスタルジアをブランド構築に役立てられる
ノスタルジアを活用してブランド構築するためには、ブランド・スキーマと「エピソード記憶」や「意味記憶」とのリンケージを明確化させることがポイントとなる。認知心理学的に言えば、消費者にその物事について考えさせることでノード同士のリンクは強くなる。ここでは、以下2つの方向性を紹介しよう。
「個人的ノスタルジア」の枠組みに基づくブランド構築では、主に既存顧客の再活性化を目指すことができる。この場合、自社ブランドがターゲット顧客の青春時代(昭和)にどのようなエピソード記憶に埋め込まれ、それに顧客が個人的ノスタルジアを感じているかを見ていく必要がある。とりわけ他者との関係性に注目して自伝的記憶に紐づいたエピソードを調べると良いはずだ。
これにより、どのようなノードを付け加えたり、強化したりすればブランド・スキーマが書き換えられるのか、有効な打ち手を検討できる。いわば生涯にわたって残り続ける記憶にブランドを一緒に刻むのだ。
「歴史的ノスタルジア」の枠組みに基づくブランド構築では、主に新規顧客の獲得を目指すことができる。ターゲット層がブランドを経験していない場合でも、意味記憶として知っている要素を突きとめ、そこを突破口に歴史的ノスタルジアを喚起させる戦略をとる。
また、実際には顧客の記憶の中に存在しない、ほろ苦い青春時代の物語を創造することも考えられる。ターゲットは、そのつくられた物語に埋め込まれたブランドと接することで、ユニークなブランド・スキーマを形成していくのである。