アルツハイマー病の兆候を見分ける10のリスト 大好きなゲームの遊び方を忘れたら要注意

人生100年時代の最大の脅威の1つが、脳の健康を損ねることだろう。そんな中、脳の健康維持に役立つ、科学的に実証済みの10のルールをまとめた本が翻訳出版された。

ジョン・メディナ博士による『ブレイン・ルール 健康な脳が最強の資産である』だ。博士の既刊本は、世界累計で100万部を突破しているという。同書の内容を紹介した「ベストセラー脳科学者が強くダンスを推す理由」「脳科学者が教える良質な睡眠のための9の習慣」に続き、今回は、同書からアルツハイマー病について取り上げよう。

「物忘れがひどい」「人の名前が出てこない」──。年齢を重ねるにつれ、自分は大丈夫だろうかと不安になる人も多いかもしれない。高齢化社会において、たびたび話題になる「認知症」。その原因はまだ解明されておらず、治療法も存在しない。

しかし、いたずらに不安に駆られていると、そのストレスが健康を損なうことにもつながってしまう。そこで、脳の機能について知り、いかに健康な脳を保つかを探究しようと提唱しているのが『ブレイン・ルール』のジョン・メディナ博士だ。まずは、認知症とは何なのか、それを知ろう。

■「長いお別れ」アルツハイマー病

認知症にも、レビー小体型認知症、パーキンソン病、前頭側頭型認知症といった種類があるが、その中でも最も凶悪で、高齢者の認知症の原因の80%を占めるともされる最大のものが、アルツハイマー病だ。

アルツハイマー病は人生を段階的に破壊していく。その経過には個人差があるが、軽度では徘徊と人格の変化が起き、中度では記憶喪失と混乱が増え、他者への依存度が高まる。そして、重度になると人格が崩壊し、他者の助けがなければ生きられなくなり、やがて死に至る。発症から死ぬまでは平均4~8年かかるとされ、「長いお別れ」とも呼ばれる病気だ。

アルツハイマー病は、世界に莫大な負荷をかけている。2016年の患者数はアメリカだけで540万人、介護費用は2360億ドルで、この数字は2050年までに3倍に膨らむと見られているという。

にもかかわらず、病気そのものについてはあまり解明が進んでいない。症例がさまざまあり、確定診断する検査法もないのだ。

そこで知っておきたいのが、アルツハイマー病なのか、それとも単に老化でもうろくしているだけなのかを見分ける基準だ。メガネを置き忘れて探し回ることと、スラックスをはき忘れて人前に出てしまうことは、話が別なのである。

■アルツハイマー病の10の兆候

メディナ博士は本の中で、それを見分ける最善のリストとして、アルツハイマー協会が示す「アルツハイマー病の10の兆候」を紹介している。その内容を、ここで簡単にまとめておこう。

【1】日常生活の妨げになる記憶喪失
たまに忘れるのは心配ないが、頻繁に大切な約束を忘れたり、メモや付箋に異常に頼る、同じことを何度も尋ねるなどの記憶喪失は注意。

【2】慣れているはずの作業ができなくなる
オセロやモノポリーなどの名前が「ほら、あれ、あれだよ」とすぐに出ない程度は大丈夫だが、大好きだったそのゲームの遊び方までわからなくなっていたら問題。いつも通っていた道順を忘れるなども要注意。

【3】話し言葉や書き言葉に問題が生じる
ちょっと単語や漢字を忘れるぐらいは大丈夫だが、どんな単語も浮かんでこなくなり、言葉につまったり、話についていけなくなったり、何を話していたのかを忘れるなどは注意。

【4】ものの置き場所を間違える、来た道を引き返せなくなる
置き間違えは誰にでもあるが、香水を冷蔵庫に入れてしまうなど、異常な間違いには注意。また、アルツハイマー病の患者は、物を失くした際に、誰かが盗んだと責めることもある。

【5】計画を立てたり、問題を解決したりするのが難しくなる
レシピ通りに料理を作ったり、家計の予算計画を立てるといったことが次第にできなくなるのは赤信号。集中力が低下し、日常のタスクに異常に時間がかかることもある。

【6】判断力の衰え
アルツハイマー病になると意思決定能力が急速に衰え、お金に関する決定、歯磨き、身だしなみまであらゆることがうまくできなくなる。

【7】仕事や社会活動をやめる
仕事や、よく馴染んで楽しかった社会活動をやめてしまうのは、初期の兆候とされる。認知症を自覚し、それを人に知られたくないために引きこもってしまうケースは少なくない。

【8】気分と人格の変化
気分の変化も1つの兆候。妄想を抱きがちで、不安や恐怖心が強く、過剰反応が増えたり、感情が乱れやすいなど気分と人格の変化がある。とりわけ、不慣れな環境にいるときの反応は激しい。

【9】視覚映像と空間的関係がわかりにくい
高齢になると視力が衰えるが、アルツハイマー病では視覚認知力が失われる。距離、色、コントラストや、物と物との空間的位置関係がわからなくなる。

【10】時間や場所の混乱
一時的に曜日を忘れたり、散歩中に自分のいる場所が一瞬わからなくなるのは異常ではないが、真夜中に近所を徘徊し、自分がどうやってそこまで来たのかがわからず狼狽するのは異常。

アルツハイマー病の原因解明を目指して、これまで数々の研究が行われているようだ。最有力は、アミロイドβというタンパク質の蓄積が発症の役割を果たしているという「アミロイド仮説」である。

アミロイドβの破片が脳内に蓄積され、やがてプラークと呼ばれる塊となって、ニューロン(神経細胞)を破壊するのではないかという。だが、この仮説をもとに10億ドルを投じて開発されたプラーク除去の治療薬は、効果を認められず挫折してしまった。プラークがあっても発症しない人もいれば、プラークがないのに発症する人もいるのだ。

長年にわたり680人近い修道女を調査し、死後に寄付された脳を研究した有名な「修道女研究」によれば、プラークだらけで、紛れもないアルツハイマー病の脳であったにもかかわらず、生前に症状が出なかった女性がいたという。その女性は、101歳まで、若い修道女に混じって働き続けていたそうだ。

その後の研究で、認知症の症状がない人でも、その30%は脳にアルツハイマー病特有のタンパク質の破片が蓄積していることがわかったという。アミロイド仮説は崩壊してしまったのだ。

■ヒントは言語能力にあった?

だがメディナ博士は、アミロイド仮説を諦めるのはまだ早いと言う。修道院には、若い修道女たちが書き記した自伝が保存されているが、その自伝と彼女たちの老後を研究すると、20代のときに書いた文章と、老後のアルツハイマー病発症率に相関関係があったというのだ。

「言語的密度」「複雑さ」「一文に含まれるアイデアの数」などを解析すると、ある基準よりも言語能力が低かった修道女の80%がアルツハイマー病を発症。反対に、言語能力の高かった修道女で発症した例はわずか10%だったというのである。

メディナ博士は、これだけでは何とも言えないが、と注意したうえで、アルツハイマー病による脳の損傷は実は誰も予想しないほど早い時期に始まっており、症状が現れたときにはすでに手遅れの可能性があると指摘。アミロイド仮説は正しいが、プラーク除去の薬で治療するには症状が進行しすぎていたのではないかと考察している。

現在は、アミロイド仮説を応用した「アルツハイマー予防構想」と呼ばれる共同研究プロジェクトも行われているようだ。この取り組みは希望をもたらし、極めて明るい光を当てるという。

1つの角度にとらわれず、諦めずに解明は続けられているのだ。メディナ博士は言う。「脳の世界には他にも探究すべき明るい領域があり、実際、喜ぶべき理由がある」。この機会に、視野を広げて、長い人生を明るく過ごすためにも、脳の健康について学んでみてはどうだろう。

泉美 木蘭:作家・ライター

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